第20話 少しだけ変わった日常
「いやー、今日は凄い雨だね。せっかくの雨だし外で踊ってみようかと思ったんだけど、こはくに怒られちゃった」
と、俺の左隣を歩きながらくるみはケラケラと笑う。朝っぱらから何をしようとしているんだ、コイツは。
昔、本当に大雨の中傘も差さずに俺と一緒に踊って風邪を引いたことがあるから、こはくは本気で彼女に怒っただろう。俺も仲良く風邪引いてたし。
「その気持ち、とてもわかります。本当はいけないとわかっているのに、いえわかっているからこそ、ついついやってしまうものなんですよね。たまには非日常感というのを味わってみたくなる、それが人間という生き物の性なのですから」
と、俺の右隣を歩きながら青葉がウンウンと頷く。
俺、雨に打たれながら踊りたい二人組に挟まれてるんだけど、同意しないといけないのか? この大雨の中、タップダンスでも踊れっていうのか?
俺が戸惑っている中、先に答えたのはくるみだった。
「うん、そうだよね。流石にさ、法律とか社会倫理に触れるようなことはダメだけど、ダメって言われたらやりたくなっちゃうんだよね。神話とか童話に出てくる見るなのタブーみたいにさ、見ちゃダメって言われたら見たくなっちゃうもん」
「そういう時、くるみさんは覗かれるんですか?」
「相手にもよるけど、ハルくんに言われたら絶対覗くよ」
「なんでだよ」
「私も同じです」
「同意するな」
同じ学年、さらには同じクラスになったからか、意外とくるみと青葉は親しく話しているが、その間にいる俺はどうも心が落ち着かない。
きっと傍から見れば両手に花という状況なのだろうが、俺にとっては、軽く触れるだけで大爆発を起こしそうな爆弾に挟まれているような落ち着かなさなのである。
「ね、ハルくん」
「な、なんだ?」
不意に話しかけられて、平静を装っているつもりでも声が上ずってしまう。
「もしさ、私が見ちゃダメとか言ったら、ハルくんはちゃんと守ってくれる?」
なんだ、その質問。
いつもはバカらしいと思いつつ答えるところなのだが、今の俺にはどうしても意味深な質問に聞こえてしまう。きっと、彼女にそんな意図はないはずなのに。
「ハルさんは意気地なしですので、覗き見るような勇気もなく、一人で悶々と妄想するだけでしょう。生まれたままの姿のくるみさんのお姿を……」
「お前が答えるんじゃない」
先に青葉が答えてしまったが、確かに俺は青葉の入浴中や就寝中を覗き見なかったという実績がある。いや、それが当たり前の世の中であってほしいんだがな。
勿論入浴中や着替え中のくるみを覗いたことも無いはずなのだが、くるみは俺にドン引きした様子で口を開く。
「ハルくん、一体どんなことを考えるの……?」
「おいくるみ、なんだその顔は。せめてくるみだけには俺のことを信じてほしいんだけど」
「大丈夫ですよハルさん。年頃の男性の考えそうなことは私達にだってわかるものです。ハルさんは私やくるみさんが宇宙を戦場にして戦う大型ロボットのパイロットだと考えているのでしょう」
「方向性が違うだろ」
「ハルくんも私達と一緒に戦えば良いんだよ。ハルくんってシンクロ率高そうだし」
「それは違う大型の化け物だろ!」
くるみと青葉は昨日出会ったばかりのはずなのに、どうしてこうも息を合わせて俺を手駒に取れるのだろうか。こうして三人で一緒に話していると、案外くるみと青葉って似ているのかもしれないと感じるが……。
「ってわけでさ、放課後も雨が降ってたら一緒に踊らない?」
「こら、くるみは受験生だろ。風邪引いたらこはくに角が生えるぞ」
「うぐっ。確かにそれは怖いかも」
「ではハルさんが私と踊れば問題ないのでは?」
「俺は踊りたいわけじゃないんだよ。それに今日はバイトがあるから無理だ」
俺がそう答えると、青葉が驚いた表情で俺のことをジッと見つめてきた。俺がせこせことバイトしてるの、そんなに意外か?
「ハルくんね、書店でアルバイトしてるんだよ。お客さんと接してる時のハルくん、いつもと全然違うからびっくりしちゃうよ、まるで別人みたいだもん」
「俺はいつだって人当たり良いだろー」
「アッハハ、ハルさんったらとてもおもしろい冗談をおっしゃいますね。そんなギャグセンスをお持ちならコメディアンを目指すのはいかがでしょう?」
俺はわざとらしく大笑いする青葉の脇腹を小突いてやった。ついでにくるみの脇腹も小突いてやった。
「じゃあさ、ハルくん。今日も遊びに行って良い?」
「冷やかしだけならよしてくれ」
「えー。でもこはくもいるんだから冷やかしじゃないもーん。迎えに行くだけだもーん」
俺のバイト先には、くるみの妹であるこはくもいる。今日も同じシフトで、俺とこはくの微妙な仲を気遣ってか、大体くるみが迎えに来てくれるから三人で帰ることとなる。
「あ、では私も遊びに行っていいですか?」
「俺の仕事場は遊びに来る場所じゃねぇんだぞ」
「いえ、勿論ハルさんのお迎えのためですよ。ハルさんがお仕事されてる姿、是非見てみたいですし」
「そうだよハルくん。これは遊びじゃないよ、立派な社会見学なんだから」
そうやってよってたかって俺に問い詰めてくるのやめろ。なんだよその一体感は。
「わかったよ、好きにしてくれ」
「わーい、やりましたねくるみさん。ビデオカメラでも持っていきましょうか」
「私がお弁当作ってくね。あとビニールシートとメガホンと……」
「なんだよ、その子どもの運動会を見に行くようなテンションは!」
という風に年下の俺をいじるのが楽しくてしょうがないらしい二人に挟まれている俺は、この状況にどうしても違和感を覚えている。
くるみに振られてから、俺はなんとなくくるみと顔を合わせるのが億劫だったし、今日のようにいつもは毎朝迎えに来てくれるくるみだって昨日は代わりに妹のこはくを寄越したぐらいだったのに、今日はかつての日常が戻ってきたかのように思える。
本来はいなかったはずの、青葉というキツネの神様はいるが……。
いや、違う。
青葉が一緒にいてくれるから、俺もくるみも、多少のぎこちなさは感じながらも、こうしていつものように話すことが出来ているのだろう。今まで通り、幼馴染として。
そう思うと、俺はますます青葉に感謝しないとだな……と、俺がそんなことを考えていた時。俺達の側の車道を走っていた大型車が大きな水たまりを踏もうとしていたので、車道側を歩いていたくるみの腰に腕を回して、サッと歩道側に引っ張った。
「わ、あわわっ」
やはり大型車が水たまりの上を踏んだ時、まぁまぁな水しぶきが歩道まで飛んできて、さっきまでくるみが歩いていた場所にまでかかったのだった。
「ほら、くるみはいつもボーッとしてるんだから、気をつけろよ」
「う、うん、ありがと。でもハルくんに水しぶきがかかっちゃったね」
「ちょっと足が濡れたぐらいだ。危ないから俺がそっち歩く」
「いえ、お待ち下さいハルさん」
と、俺はスマートにくるみを歩道側に誘導しようとしたのだが、何故か青葉に止められてしまった。
「ハルさんが真ん中にいないと、私とくるみさんでサンドすることが出来ないではないですか」
何を言ってるんだ、このキツネの神様は。いい加減神様って地位を捨てろ。
「そうだよハルくん。ここは誰もが憧れる特等席なんだから、このチャンスを逃しちゃいけないよ」
何を言ってるんだ、この幼馴染は。青葉みたいなことを言うんじゃないよ。
息を合わせて俺をいじってくる二人に挟まれて、俺は呆れたように溜息をついてしまったが、俺を左側からサンドしているくるみが、俺に優しく微笑みかけて言う。
「ありがとね、ハルくん。やっぱり気が利くね」
「言われるまでもない」
伊達に、俺はくるみの幼馴染をやっているわけじゃない。
年上だからとお姉ちゃんぶっているけれど、実はおっちょこちょいだったり天然だったりするくるみを、俺はずっと側で見てきたのだ。
俺は、そんなくるみのことが好きになったんだから……。
◇
「よぉハルの助! 今日の俺のラッキーカラーって何?」
教室に入って席で支度をしていると、修治がいつものように俺の肩を殴りながら元気に挨拶してきた。
「空五倍子色だな」
「なんだよそれ、仰向けとかうつ伏せの仲間か? 多分だけど、そんな色の服も小物も持ってねぇんだわ」
「じゃあ諦めろ」
「そんな突き放すような占いがあるかよ!」
こんな陰鬱とした雨雲に覆われて外は真っ暗だというのに、今日も今日とて修治は明るい奴だ。
だがそんな元気さとは裏腹に、ラッキカラーを手に入れられない修治にはアンラッキーな出来事が待ち受けてそうだなと思っていると、修治は俺の隣の誰もいない机に腰掛けて言う。
「そういえばハル、今日は両手に花だったらしいな。どっちが正室でどっちが側室なんだ?」
「生憎、どっちも違うんだ」
「じゃああの二人はただの妾ってことなのか!?」
「どういう発想なんだそれは」
結局、俺は生徒玄関までくるみと青葉の二人と一緒だったわけで、三人で仲睦まじく登校していた様子は多くの生徒に目撃されているのだ。元々俺とくるみの仲の良さは知られていたし、昨日転校してきたばかりの青葉がそこに加われば、ますます話のネタになるのだろう。
「あと、ハルって猫塚先輩の妹とも仲良いんだろ?」
「面識はあるが、仲良くはない」
「でも昨日、一緒に来てただろ? あの二人で両手塞がってるんだから、あの子は足で挟むのか?」
「肩車だな」
「俺は?」
「椅子」
「それは光栄なこった」
右手には青葉、左手にはくるみ、そしてこはくを肩車して、修治の上に座る。よし、完璧なフォーメーションだな。
いや、んなわけあるか!
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