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第18話 頑張ったご褒美



 入浴後、青葉は神様の力でパパッと材料もなしに再びきつねうどんを作ったのだった。


 昨日の夜も今日の朝も食べたばかりだが、若干出汁の味付けが変わっていて、やはり一気に口にかき込みたくなってしまうぐらいの見事な美味しさであった。


 そんな夕食を終えて俺は自分の部屋に戻ろうとしたのだが、青葉に呼び止められた。


 「あれ? もう寝られるんですか?」

 「いや、勉強だよ。新学期が始まって早々からテストだからな」

 

 主要教科だけの復習のようなテストだが、俺は悪い点を取るわけにはいかないのである。くるみに格好がつかないから……と、今まではそんな理由で勉学に励んでいたのだが、今となっては惰性のようなものである。


 「では、私が勉強を教えてあげましょうか?」

 「別に良いけど、お前ってそんなに頭良いのか?」

 「おっと、この私を舐めないでいただきたいですね。お任せください、私は縁結びだけでなく学業成就の神様にだってなれるポテンシャルは持っているはずですから」

 「それは頼もしいな」


 まさか縁結びの神様が学業成就のご利益も持っているとは思わなんだ。

 

 早速俺の部屋へ移動し、テストに向けて色々な教科を復習していたのだが──。




 「どうして神様になってまで勉強しないといけないのでしょうか」


 俺が勉強に使うテキストをひと目見た瞬間、青葉は諦めたのだった。


 「今すぐ学業成就の神様の看板下ろせよ」

 「大体ですね、私みたいに力の弱い神がご利益を掛け持ちすることって難しいんですよね。例えばハルさんを世界随一の天才にしようとすると、おそらくハルさんは生涯にわたってパートナーを持つことが出来なくなってしまうでしょうから。あ、ハルさん、そこの答え間違ってますよ」

 「いや一応答えはわかるのかよ」

 「勿論です。これでも私、生前は由緒ある女学校に通っていたのですよ? 今で言うミッションスクール的な学校に」


 神様がミッションスクールに通ってるとかちょっと意味がわからないだろ。しかし、まだまだ女性の社会的地位が低かったあの時代にちゃんと教育を受けていたとは、流石は名家のお嬢様。

 そんなお嬢様が何故「どうして覗いてくれないんですか!?」とかのたまう縁結びの神様に成り果ててしまったのだろうか。


 「いかがですか、大正浪漫に咲き誇る百合の花のような女学生とのラブロマンス、とてもワクワクしませんか?」

 「女学生の格好になってから出てこい」

 「なるほど。ハルさんはコスプレでのプレイがお好み、と」

 「俺の勉強の邪魔をするなら出ていってくれないか?」

 「いえいえ、ハルさんの邪魔をしようとは一ミリも考えておりませんよ。私にはハルさんにエールを送ることしか出来ません。フレー! フレー! ハ! ル! さん!」

 「ちょっと静かにしてくれないか」


 その後、青葉は俺の傍らで静かに応援していたが、ときたまアイスココアを持ってきてくれたり肩を揉んでくれたりと、彼女なりに俺の勉強を手伝ってくれていたのだった。





 二時間程経って集中力も途切れてきたところで、今日の勉強は打ち切り。青葉が持ってきてくれたアイスココアを飲んでいると、ずっと俺の勉強机の側でソワソワしていた青葉が口を開いた。


 「あ、今日はもう終わりですか?」

 「大分疲れてきたからな。もう良い時間だし」

 「では少しだけよろしいですか? 明日の天気をお伺いしたいんですけど」

 「俺の占いを天気予報代わりにしようとするな」


 俺を体の良い天気予報士だと思っている輩は学校にも何人かいるが、それでも結構当たるのである。学校に雷が落ちるって予言じみた占いもしたことあるし。


 

 結局、青葉というキツネの神様は、本当に縁結びという元々のご利益以外はあまり強大な力を行使することは出来ないらしい。いや、色々ご飯を作ってくれたり、自分が学生として転校してきても違和感がないぐらいに先生達を洗脳させたり書類を偽造できるぐらいにの力は十分強力だと思うが、流石に勉強を教えることは難しい、というかそこに力を使いすぎると縁結びの力が弱まってしまうようだ。


 大体、受験生に大人気の学問の神様である道真公だって、彼が直々に顕現して勉強を教えてくれるわけじゃない。現代の日本語が通じるかも怪しいぐらいの時代の人だぞ、特に英語なんか教えられるわけがない。




 まだ寝るにはちょっと早い時間だし、暇潰しにゲームでもしようかと俺は考えていたが、青葉はニコニコと微笑みながら、俺のベッドに腰掛けた。


 「さて、私はハルさんの勉強のお役に立つことは出来ませんでしたが、頑張ったハルさんにはご褒美が必要ですねっ」


 アイスココアを用意してくれたり肩を揉んでくれたりしてくれるだけで十分助かっているのだが、青葉は自分の太ももをポンポンと叩いた。青葉はまだ制服を来たままなので、スカートと黒のハイソックスに挟まれた絶対領域が輝いている。



 「さぁ、どうぞハルさん!」


 

 そう言って青葉は両手をバッと広げ、俺を受け入れる準備は万全だとアピールしている。

 


 これはつまり、大抵の男なら一度は憧れる膝枕というもので。



 俺の視線の先には、おそらく一度触れたら忘れられなくなってしまうような、奇跡のような感触の綺麗な太ももがあるわけで。



 俺の心には多少の葛藤があったが、そんなことがどうでも良くなってしまうぐらい彼女の太ももには不思議な魔力があるように思えて、俺は吸い込まれてしまうかのように、彼女の太ももの上に頭を乗せてベッドに寝転がったのであった。




 「いかがですか? このピッチピチの麗らかな乙女の太ももの感触を素肌で感じる気分は。さぞ昇天してしまいそうな気分に違いないでしょう、そうでしょう、えぇそうに違いありません」




 俺は何も答えていないのに、青葉は勝手に自分の質問を自己完結させてしまう。今にも昇天してしまいそうなのは間違いない事実ではあるが、こんな状況でも青葉は軽口を叩いてくれるから、なんとかギリギリ正気を保っていられるのである。



 そして、もう一つ。

 健全な男子なら誰しもが憧れるようなこの状況を、素直に堪能出来ていない自分もいる。



 

 『よく頑張ったね、ハルくん』




 俺の一つ年上の幼馴染であるくるみは、小学校高学年になったあたりからよりお姉さんとしての自覚が芽生えてきたのか、事あるごとに俺の頭を撫でて褒めてくるのだった。


 しかし、くるみが中学に入ってからは、それが少しずつ変わっていった。



 『ほら、勉強頑張ったら私が膝枕してあげるから!』



 思えば、いつの頃からくるみは俺に対して大胆になったように思えて……いや、それは俺が意識し過ぎているだけか。

 くるみと青葉の太ももを比べると、どちらかというとくるみの方が寝心地が良かったように思える。それは多分、相手との関係性によって生じる微妙な差に過ぎないのだろう。


 お互いの家で勉強会を開くと、くるみは俺にご褒美として料理を振る舞ってくれたり、膝枕してくれたり……青葉が言うように、時間という俺達にはどうしようも出来ない舞台装置が、いつの間にか俺とくるみの関係を変えていたのだろうか。


 

 「ところでハルさん。一つお聞きしておきたいことがあるのですが」

 「明日の天気は雨だぞ」

 「そういうことではなくてですね。ていうかわかるんですねすごいですね。それはそれとして、ハルさんは自分の運勢や未来を占うことは出来ないのですか?」

 「いや、やろうと思えば出来るが」


 俺の占いはよく当たると評判なだけで、俺自身はこれを趣味にしているわけではない。相談されたら応じるだけというスタンスだ。だから好き好んで自分のことを占おうとは思っていない。


 当然、不幸な出来事に遭った俺の事情を知っている青葉なら、こう疑問に思うはずである。

 


 

 「では、どうしてハルさんはくるみさんに告白する前に、自分の運勢を占おうと思わなかったのですか?」




 きっと、俺のことをよく知っている修治達がくるみとの件を知ったら、青葉と同じような疑問を持つはずだ。


 

 「俺は、自分の人生を占いなんかに左右されたくないんだ」


 

 という、俺の意地があるだけだ。もし告白前に俺が自分のことを占って、告白に失敗することを知っていたなら対策を練っていたことだろう。


 あるいは、くるみが俺のことをどう思っているのか、それもある程度は知ることが出来たはずだ。ただ、俺のしょうもないプライドが邪魔をしているのである。



 「それは、結果を知ってしまうのが怖かったから、ではなくてですか?」



 と、青葉は痛いところを突いてくる。


 もし、告白前に自分を占って、くるみに振られると結果を知ってしまったら。

 俺は素直に対策を練ることが出来ただろうか?


 俺がくるみに告白するという行動に踏み切れたのは自信があったからだ。その自信は結局ただの勘違いだったわけだが、振られる可能性が高いと知ってしまうと俺は告白に踏み切ることも諦めていたかもしれない。



 「それも大いにある」



 俺がそう正直に答えると、青葉にとってその答えがおかしかったのか、彼女はフフッと笑っていた。


 「大丈夫ですよ。それは決して恥ずかしいことではありません。人間誰しも、何かを怖がったり恐れたりすることなんて当たり前なんですから。特に、ハルさんのような特殊な境遇の方なら尚更です。私には怖いものなんて何もありませんけどね、なんてったって神様ですから」


 と、青葉はフフーンと胸を張って言う。俺には寂しがり屋っぽく見えるがな、お前のことも。



 「なぁ、俺からも一つ良いか?」

 「はい、なんでしょうか? 私のスリーサイズなら上から8……」

 「俺の家族は、五年前に神隠しに遭ってるんだ」


 俺が一言そう告げると、流石にふざけて良い雰囲気ではないと悟ったのか、青葉は口をつぐんだ。


 「五年前の冬に旅行に出かける途中で、車ごと行方不明になってる。車とか衣服とか何の痕跡も残ってないんだ、それで、同行してたはずの俺があの稲荷神社に一人ぼっちで現れたから、神隠しって騒がれたんだ」


 青葉はあの稲荷神社の神様なのだから、多少は五年前の神隠し騒動を知っているはずだ。


 「お前は、俺の家族の行方を知らないか?」


 俺一人だけが神社に現れた理由についても何か知っているはずだと思ったが──。




 「残念ですが、私はその件については存じ上げておりません」




 果たして、青葉のその発言は信ずるに値するものか?



 以前の俺は神隠し騒動だなんて大げさだと思っていたが、こうして俺の前にキツネの神様が現れたのだから、その神隠し説にも若干の信憑性が生まれてしまっている。


 だが、今の俺には青葉を信じることしか出来ない。彼女を疑ったところで、俺にはそれを追及することも出来ないからだ。



 「ハルさんは、やはり寂しいですか?」



 ここで悲しくないと言えたら、それはきっと立派なことなのかもしれない。



 「そりゃ、いた方が良かったに決まってるさ」



 俺とて、俺なりに大人の階段を登っているつもりだ。五年前に神隠しに遭った家族がどこかで生きているかもしれないだなんて、そんな夢物語をいつまでも信じていられるほど子どもではない。


 ただ、少しでも痕跡が出てきてくれたら、どれだけ気が楽になることだろうか。ましてや、生きてくれていたら……と、たまに考えてしまうのである。


 「ハルさんは、強いお方ですね」


 と、青葉が俺の頭を撫でる。

 一体俺のどこをどう見たらそんなことを言えるのか、俺にはさっぱりわからない。


 俺は弱い。だから、心のどこかで今も家族の無事を祈っているし、くるみのことも諦められないし、この素性の知れない神様に甘えてしまっている。俺の深層心理は、常に誰かの温もりを求めているのだ。



 「大丈夫ですよ、ハルさん。私の膝枕なら、きっと良い夢を見られるでしょうから」



 青葉がそう言いながら俺の頭を撫でると、不思議と睡魔が襲いかかってくる。これも彼女を神様たらしめる力の作用なのだろうか。



 「ハルさんは、決して一人なんかではありません」



 俺にそう優しく語りかける青葉も、俺と同じように、理不尽な事態に巻き込まれて家族を失っている。

 だから、例え神様とはいえ、青葉も寂しかったに違いない。



 「私が、貴方についていますから……」



 青葉も、一人という環境が寂しいのだろう。青葉が直々に俺の恋人になってくれたのは、それもきっかけの一つだったに違いない。


 そう、今はそういうことにしておいておこう……。

 


 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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