第15話 青葉の家族
俺が青葉を連れてきたのは、真っ黒なカーテンに覆われて中の様子を見ることが出来ない不気味な部屋、オカルト研究部の部室だった。
「ハルさんはオカルト研究部に所属されているんですか?」
「所属してるっていうか、無理やり入らされたんだよ」
俺の占いがオカルト扱いされるのは癪だが、まぁ占い自体がスピリチュアルなものだし、要素的には似ている部分も多いだろう。それにここの部室は黒い遮光カーテンで外界の光が遮断されているから、いかにも占いっぽい雰囲気を出せる空間でもある。
「今日は部活お休みなんですか?」
「ていうか、全員が部室に集まること自体少ないからな。大体UFOとかUMAとかお化けを探しに出かけてるし、そもそも俺はオカルトのジャンルが違うんでな」
俺もオカルトには多少の興味はあるが、部活に精を出すほど熱中しているわけでもなく、他の部員とは若干距離を置いている。それでも俺がオカ研の部員をさせられているのは、文化祭での客寄せのためだろう。
俺が合鍵で扉を開くと、なんか禍々しい人形だとか心霊写真が部室の壁に飾られていたり、分厚い魔術書が並んだ棚があったりと、何かとホラーな空間が広がっていた。俺の占いを受けに来た人は大体この光景を見てビビるものなのだが。
「おぉっ。これは中々邪気を感じますね。私の前では無力同然ですが」
と、平気そうにしているキツネの神様。コイツに怖いものなんてきっとないだろう。
そして、そんな暗い部室の一角に、さらにカーテンで囲まれた空間がある。カーテンを開くと、いかにも占いに使いそうな水晶玉とランプが置かれた机と、向かい合わせに並べられた椅子があった。
俺は手前の椅子に座るよう青葉に促し、カーテンを閉めてこの空間を外界から閉ざす。
まぁ、わざわざこんなことしなくたって占いは出来るんだが。
「これで、やっと二人きりになれましたね……」
と、席についた途端、意味深な表情を浮かべながら青葉が言う。俺はコイツを占うために来たはずなんだがな。神様相手に占うってのも恐れ多い話ではあるが。
「どんなに良い結果が出ても悪く言ってやるからな」
「あぁっ、冗談です冗談です。是非良い結果が出るようにお願いします」
そう頼まれても、結果を決めるのは俺じゃない。別に悪い結果が出たところで、それを避けるためだったり少しでも被害を減らすためののアドバイスだって出来るわけだし。
「なんだか、こういうシチュエーションってドキドキしませんか?」
真っ黒なカーテンに囲まれ、ランプの仄かな明かりに照らされた空間をグルッと見回しながら青葉が言う。
「おい、その手の動作やめろ。左手で輪っかを作って右手の人差し指を突っ込んだり抜いたりするんじゃない」
相変わらず人をからかうのが好きらしい神様を放って、俺は机の下に置かれていた抽選箱を持って机の上に置いた。
「あれ? 水晶玉は使わないんですか?」
「これは雰囲気づくりのために置かれている小物だ。俺が使うのはこれだから」
「おみくじみたいなシステムなんですか?」
「ちょっと違うぞ。じゃあ青葉、この箱の中に手を突っ込んでくれ」
「何かいやらしいものが入ってたりしませんよね?」
「中に入ってるのは大量の紙切れだから、掴めるだけ掴んで机の上に広げてくれ」
中に変なものが入っているわけでもないのに青葉は恐る恐る抽選箱の中に手を突っ込んで、掴んだ大量の紙切れを机の上にドバッと広げた。三センチ四方の紙切れにかかれているのは「あ」から「ん」までの五十音と濁点や半濁点に小音、あとは「1」から「0」までの数字である。それぞれ十枚ずつぐらいは入っているから、全体だとかなりの枚数だ。
そして、青葉が机の上に無造作に広げた紙きれの山を、俺が見やすいように整理している様子を、青葉は神妙な面持ちで見つめていた。
「なんだか、占いが始まるとは思えませんね」
「よく言われるよ」
俺は占いを趣味にしているわけじゃない。手相とか風水とか占星術とかタロットとか、そういう知識は皆無に等しい。
誰に言っても信じてもらえないだろうから公言していないが──いや、くるみだけは知っているが──俺は、相手を見ればなんとなくわかってしまうのである。この紙きれの山は、より占いを正確に行うための触媒のようなものに過ぎない。
「じゃあ、何を占ってもらいたいんだ?」
準備を終えて俺が青葉に聞くと、彼女は顎に人差し指を当てながら、んーっと考え込んでいた。
「では、まずは小手調べにですね。私の家族がどのような人達だったか当てることは出来ますか?」
「お前、俺を占い師じゃなくて超能力者だと勘違いしてないか? まぁ出来なくはないが」
「出来なくはないんですね、驚きです」
何かの相談かと思っていたのに、予想外の相談、というか質問をされてしまった。一応そういう情報を探ることは出来なくはないが、それを知ったところで俺にどうしろという話である。
さて、青葉の家族がどんな人だったか当てろとのことだが。
俺は机の上に並べられた文字を見ていき、目に入った文字を自分の手元に運んでいく。ある程度集まったら、それらの文字を組み合わせていくつかの単語を作っていくのだ。そして出来上がった単語を元に、それらの要素が何を意味しているのかを考えるのである。
脳トレみたいな遊びではあるが、これが俺にとっては一番しっくりくるやり方なのであった。
……思えば、人の前世を見るような占いもあるにはあるが、俺はそういう相談を受けたことはない。だから、いつもの占いじゃ中々見られない単語が作られていく。
じつぎょうか、きょうじゅ、がか、じょがくせい、ぶし……武士!? どんな時代だこれ、明治とか大正ぐらいか?
かんとうだいしんさい……かんとうだいしんさい!?
見つけた単語を元に俺は頭の中でそれぞれを繋ぎ合わせて、青葉の家族構成を構築していく。考えれば考えるほど、本当にそうなのかと疑いたくなってしまうが……一応結果は出たので、青葉に伝えてみる。
「……お前、すんげぇお嬢様だったんだな」
「あら、よくご存知ですね」
「父親は大学教授か?」
「はい。帝国大学にて医学を教えていましたね」
「父方のおじいさんは、どっかの大藩の身分の高い武士だな?」
「そこまでわかるんですね、驚きです」
「母親は、なんか金融関係の実業家の娘?」
「はい、母方の祖父はとある銀行の頭取でした」
「で……弟か妹がいた?」
「はい、妹が一人」
俺の的中率すご、我ながら怖くなってくる。こういう占いは初めてやったけど、一つピースがはまると後はわかりやすい。当時の世相を考えると、所謂華族とかの生まれのお嬢様なのらしい、コイツは。
……コイツが? マジで?
「凄いですね、ハルさん。びっくりしちゃいました、このままだと私の恥ずかしい過去まで全て丸裸にされてしまいそうです」
「ていうかお前、人間だったの?」
「はい、そうですよ。別に珍しくはないではないですか、人間が神様として祀られることも」
確かに菅原道真とか平将門とか崇徳上皇とかを祀る神社もある。大体は怨霊を鎮めるためだが、まさかコイツは怨霊だったわけじゃないよな?
「でも、お前って明治とか大正ぐらいの生まれってことだよな? あの稲荷神社に祀られてるの、確か千年ぐらい前の人じゃなかったのか?」
「あぁ、私はその方の気まぐれで神様になったんですよ。何せ、元々いた神様も消滅しかけていたので。私もつい最近までは消えちゃいそうでしたけどね」
俺やくるみがよく通っていた蒼姫稲荷神社は、その名の通り蒼姫という千年ぐらい前にいたらしい人物を祀っているわけだが、あんなに朽ち果ててしまったから消えてしまったのだろうか? コイツが神様になってもあまりご利益はなさそうだが。
「ですが、神である私から見てもハルさんの占いは凄まじいものですね。もしかしてハルさん、半分ぐらい神様なんじゃないですか? 神様のハーフとか」
「んなわけあるか、俺の両親は普通の人間だったはずだ。で、お前の家族構成はなんとなくわかったところで、他に何かあるか?」
「あぁ、そうでしたそうでした。ではですね……私の両親と妹が、私のことをどのくらい愛していたか、わかりますか?」
これまた難しい質問だな。愛していたか愛していなかったか、という二択なら占うのは簡単なのだが、そういう尺度が測りにくいのはこっちも答えるのが難しい。そういうのは本人がどう感じているか、という問題だからなぁ。
「ちなみにハルさんは、どうやって占っていらっしゃるんですか? 何やらひらがなや数字が並んでるだけですが」
「ランダムに文字を見ていって、目に入ったやつをどんどん回収するんだ。で、ある程度集まったらその回収した文字から単語を作って、それから推理していく感じだ」
「なるほど。ランダムに集めているのにちゃんと単語が作られて、しかもそれが的中するなんて凄いですね」
と、俺の占いにキツネの神様も関心しているらしい。
自分の占いの結果を信じられないわけではないが、このキツネの神様が元々超がつくぐらいのお嬢様だったというのが信じられない。
そして、また文字を集めてそれらを元に単語を作っていくのだが……。
おとこ、おとこ、おとこ、おとこ、おとこ……何この強い主張。俺はポーカーとかスロットでもやってるのか?
他にも色々単語が出てきたから俺の占いが何を言わんとしているのか大体わかったが、言葉にしていくのが難しい。
「あー、まずは父親なんだが……」
「どうですかどうですか?」
「男子が欲しかった……そうだ」
「なるほど。私の父はずっと、どこから養子を迎え入れようか悩んでおりました」
「でもお前のことは、どんな家に嫁がせても恥ずかしくない、立派な娘だと思っていたらしいぞ」
「あらまぁ、そんなことは言ってくれそうにない堅物なメガネだったんですけどねぇ……」
青葉とか相手に伝えるのが凄く難しい感覚だが、凄く男! 男! 男!っていう主張を強く感じるのだ。時代も時代だから後継ぎが欲しいというのは中々に切実な願いだったのかもしれない。
「で、お前の母親なんだが。言うことを聞いてくれないお転婆な娘に手を焼いていたらしい」
「なるほど。私の母はよく私のことを叱りつけてきましたね、とても怖かったです」
「でも、お前が病気した時は街中の医者や薬屋を訪ねて回ったりいくつもの神社にお参りして回ったりと、やっぱり母親としてお前のことを大事に思ってくれてたみたいだぞ」
「あらまぁ、母ったら足を悪くしていたのにそんなことを……」
昔は今ほど医療が発達していたわけではないから、ちょっとした怪我や病気が命取りになる可能性もあったのだ。だから治してくれそうな医者を探し回って、そして最後は神様を頼るしかなかっただろう。コイツの母親が、大雪が降る中で神社にお参りしている姿が見える。なんか俺まで泣きそうになってくる。
「で、お前の妹なんだが。お前からのいたずらにかなり迷惑していたらしいな」
「なるほど。あの時代に死んだフリどっきりは少々やり過ぎましたかね」
「でも、お前の妹であることを誇りに思っていたらしいぞ。いや、憧れとも言うべきか。姉のようになりたいと強く憧れて、日々励んでいたらしい」
「あらまぁ、あの子ならきっと私みたいになれたでしょうにね……」
まぁ、全てを見ることが出来たわけではないから俺からはっきりしたことは言えないが。
おそらく、人間だった頃の青葉は、傍から見れば何不自由ない毎日を送っていたのだろう。本人がどう思っていたのかわからないが……どうして彼女はわざわざ、自分の家族のことを占ってもらおうと考えたのか?
『じゃあ、貴方も私と一緒なんですね』
青葉は俺と同じように、子どもの頃に家族を失っている。奇しくも、俺と同じ家族構成だ。
そして、青葉が何故家族を失ってしまったのか……その顛末は、彼女に聞かずとも俺にはわかってしまう。さっき見えてしまった、関東大震災という単語、いや出来事によって、青葉の人生は変化を強いられたのだ。
それはもう、聞くまでもないことだ。
俺の占いの結果を聞いていた青葉の、これまで俺に見せてこなかった優しげな笑みが、それを物語っている。彼らが生きていた頃には気付けなかった愛情というものを、彼らが失ってから、ようやく思い知ったのだろう。
俺と同じように……。
青葉もまた、愛に飢えているのだ。
彼女が俺の恋人として現れたのは、彼女が縁結びの神様というのもあるのだろうが、愛情というものを感じたかったのかもしれない。
とまぁ、青葉が人間だった頃の過去を知ってしまった俺は、割と動揺を隠せずにいるのだが。
ただ一つだけ、俺には気になったことがあった。
「なぁ、お前の知り合いに画家っていたのか?」
最初に見えた、画家という単語。青葉の家族に画家はいないようだが、それでも画家らしき人が青葉の日常のかなり近いところにいたはずなのだ。
すると、青葉は俺にニコッと微笑んで言う。
「きっと、私の許嫁だった方だと思います」
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