第14話 話題の占い師、狐島葉瑠
変化を恐れてはいけないと俺は自分に言い聞かせているつもりだが、俺がくるみに告白したことをきっかけに、俺の日常は変わってしまったわけだ。俺がくるみに告白していなければ、あのキツネの神様が俺の恋人として家に訪ねてくることもなかっただろう。
だが、そういった関係の変化というものは、例え自分が何もしていなくても、外から無理やり強いられることだってあるのだ。俺が、突然家族を失ってしまった時のように。
誰かに変えられるぐらいなら自分が、と……勇気を出したあの時の自分が、未だに恨めしい。
「お~いハルの助~」
放課後、修治が真っ先に俺の席へとニコニコしながらやって来た。
「なぁ、俺はこれから彼女とデート行くんだけど、せっかくだからお前も一緒に来ないか?」
修治は俺がくるみに振られたことを知らないから決して悪意はないのだろうが、今だけは五回ぐらい崖から突き落としてやりたい気分だ。ダブルデートならともかく、彼女とのデートに男友達を連れて行くような奴がいるかね。
「悪いが遠慮させてもらうよ。俺はただお前らの手引きをしてやっただけなんだし」
「そうか? せっかくだし猫塚先輩も誘ってダブルデートに行かね?」
俺は筆箱からシャーペンを取り出して、俺の机に手をついていた修治の右手の甲に突き刺してやった。
「あおぉぉん!?」
「何度も言ってるだろ、俺とくるみは付き合ってなんかないって」
俺とくるみのことをよく知っている友人達は、俺とくるみがさも交際関係にあるかのように扱ってくる。これまでは、俺もくるみもお互いに人目をはばからずベタベタしていたからだろう。
以前なら、周囲からいじられるくらい距離が近かった俺達は……まだ近くにいるはずなのに離れ離れになってしまったかのような気分だ。
「それにな、修治。お前、せっかく出来た彼女のことをないがしろにしてると幻滅されるぞ。お前はもう少し相手に興味を持ってやれ」
「お前のそういう忠告、マジで当たるから気をつけるよ。他になんか助言ない?」
「そうだな。今の恋を長続きさせたいなら、時に非情になることも大切だ」
「何だ、その怖い忠告」
と、いつもなら修治とこうして駄弁っている途中で、くるみが二年の教室にまでやって来て一緒に帰ろうと誘ってくる頃合いなのだが……俺が昼休みに誘っても断られてしまったわけだ。
「あ、ハルさーん!」
くるみの変わりに現れ、廊下から俺にブンブンと手を振っているのは青葉だった。修治も青葉の存在に気づいて、ニヤニヤしながら言う。
「おい、お前のお姉ちゃんが迎えに来たっぽいぜ」
「アイツは姉ってわけじゃねぇんだよ、ただの遠い親戚だ」
あまり青葉に目立たれても困るので、俺はさっさと支度を済ませて青葉の元へと向かった。
「さぁ、一緒に帰りましょうか。それともデートに行っちゃいますか?」
「帰るぞ」
俺が冷たくあしらっても、青葉はニコニコと上機嫌に微笑みながら俺の隣を歩く。遠い親戚という設定とはいえ、噂の美少女転校生と一緒にいるだけでかなり視線を感じてしまうから、一刻も早く学校を抜け出したい。
「あ、あの、狐島君っ!」
青葉と一緒に廊下を歩いていると、急に後ろから女子生徒に声をかけられた。見ると、黒髪のショートカットの女子が何やら落ち着かない様子で佇んでいた。確か、隣のクラスの竜崎だったか。
「竜崎か。どうかしたのか?」
「あ、えっと、その……ほら、夏休みが始まる前に、狐島君に占ってもらったでしょ? その、イメチェンした方が良いのかなって」
去年、俺は竜崎と同じクラスで、多少は会話も交わしたことのあるぐらいの、友人というにはちょっと遠いかなというぐらいの関係だった。
ただ、夏休み前までの彼女は、今よりもずっと髪が長く、目が隠れてしまいそうなぐらい前髪も長くて、そしてメガネをかけていて、言ってしまえば根暗な女子という印象だった。
だが、夏休みが始まる直前に俺は竜崎から相談を受けて、色々アドバイスをした結果、それを忠実に実行した竜崎は今の姿になったのだ。恥ずかしがり屋な部分は変わらないようだが、以前と比べると大分印象は違って見える。
「それでね、狐島君の言う通り髪を切ったりメガネをコンタクトに変えたり化粧品も変えたらね、そ、その……好きな人から、似合ってるって、可愛いねって褒めてもらえたんだ」
そう語る竜崎の笑顔はとても幸せに満ち足りているようで、俺は何度も彼女のような表情をした友人達を目にしてきた。
言うなれば、恋の熱に浮かされている少年少女の、ありのままの姿なのである。
「良かったな、竜崎。連絡先とか交換出来たか?」
「う、うんっ。本当にありがとう、狐島君」
「別に良いよ、それぐらい。また何かあったら、何でも相談してくれて構わないから」
「うんっ。それじゃあね」
そう言って竜崎は俺にペコリと頭を下げて、タタタッと廊下を弾むようなステップで駆けていったのだった。
竜崎には好きな人がいて、俺は竜崎の恋路が上手くいくように相談にのっただけだ。これから先どうなるかもわからないのに、今の時点で上手くいったからってわざわざお礼なんていらないのに。
と、どういうわけか俺の周囲にいる人間の恋路は上手くいっているわけだが、自分だけはそうではないわけで。修治や竜崎達が悪いわけではないが、なんだかむず痒い思いだ。
そして、俺と竜崎の会話を黙って見守っていた青葉が、不思議そうな表情で口を開く。
「あの、ハルさん」
「なんだ?」
「貴方は、童貞のくせに恋愛相談にのってるんですか?」
「童貞は余計だろ」
そんなガチめの顔でそんなこと聞いてくるんじゃない、流石に傷つくんだぞ童貞だって。確かに、意中の人に振られてしまった俺が誰かの恋愛相談にのるなんておかしな話かもしれないが、これにはわけがある。
「なんか、俺の占いは良く当たるって評判なんだよ。なんかそれが噂で広まって、色んな奴から相談を受けるんだ。恋愛事だけじゃなくて、勉強とかスポーツのことだとか、人によっちゃ進路相談しに来るからな」
俺が占いを始めたきっかけは、奇しくもくるみだった。俺が何気なくくるみにアドバイスしたことがあまりにも上手くいくものだから、くるみがそれを友達に紹介して、俺が彼らの相談に応じて占ったら何かと上手くいってしまい、口コミでどんどん広がっていってしまったのだ。
「なるほど、意外な特技ですね。じゃあ私のことも占ってくれませんか?」
「え? お前は自分のことぐらい自分でわかるだろ」
「いえいえ、私とて決して万能ではないんですよ。ハルさんの占いの腕がどれだけのものなのか見てみたいんです」
「そうか。じゃあ帰ってから──」
「いえ、せっかくですし学校でやりましょう!」
と、学生という身分に気分が浮かれているらしい神様のために、俺はゆっくり占いが出来る部屋に彼女を案内したのだった。
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