第13話 今まで通り、ではなく
「私、この度転校してまいりました狐島青葉と申しますっ。趣味はいたずら、特技は料理、好きな食べ物は油揚げです。ハルさんとは遠い親戚なんですよ。よろしくお願いしますね」
「あぁどうも。俺はハルの助の心の友、猪巻修治って言います」
「何が心の友じゃ」
多くの生徒達が集まるカフェテリアの一角で、俺達は三人でテーブルを囲んでいた。青葉と修治がお互いの自己紹介をしている中、色々とツッコみたいところはあるのだが、俺は自分の目の前に置かれたでっかい箱を凝視していた。
「なぁ、青葉。これは何だ?」
「はて、ハルさんにはこれがネブライザーや遠心分離機にでも見えるのでしょうか。ねぇ、人がせっかく愛情込めて用意してあげたのに失礼だと思いませんか猪巻さん」
「全くもってその通りですよ青葉の姉御」
どうしてコイツらは出会ったばかりなのに息の合ったいじりが出来るんだ。
「じゃあ修治。お前にはこれが何に見える?」
「うん、どう見てもおせちが入ってそうな重箱だな」
「えぇ、その通りですよ。さぁ早く召し上がれ♪」
俺の目の前に置かれた箱は、三段の重箱だ。なんか漫画とかアニメに出てくるお金持ちのお嬢さんがこんな弁当箱を持ってくる描写は見たことがあるような気はするが、やっぱ神様という存在も同じベクトルにいるのだろうか。
とても高校のカフェテリアには現れることのないような代物の出現に、見てくれの良い青葉の容姿もあってか、周囲の生徒達がチラチラとこちらの方を見てくるような気がする。
しかし逃げるわけにもいかないので、俺は大人しく重箱の蓋を開いたのだった。
「……うわぁ。すげぇ」
修治が思わずそう言葉を漏らしたのも無理もない。
一番上の重箱に収まっていたのは、油揚げのベーコンチーズ焼きだとか、油揚げと豚肉の味噌炒めだとか、油揚げの肉詰めだとか、とにかく肉を中心としたガッツリとしたおかずだった。
二段目には、卵を油揚げで包んだ包み焼き、油揚げとピーマンの炒め物、油揚げと小松菜のおひたしなど、野菜を中心としたヘルシーなおかずが入っていた。
そして一番下には、いなり寿司がギッシリと詰まっていたのであった。
「なぁ、ハルの助」
「どうした?」
「お前、良いお姉さんを持ったな」
そう言って修治は俺の方をポンポンと叩いた。
なんか、俺はこのキツネの神様からの愛を思い知ったような気がするよ。
「さぁ、どうぞ召し上がってくださいな」
青葉が俺に眩しい笑顔を見せてくるので、俺はまずいなり寿司を一つつまんで頬張った。次に肉詰め、肉炒め、おひたし、チーズ焼き、サラダ……なんだこれ、箸が止まらない。
箸が止まらないんだがぁっ!?
「お、おいハルの助!? そんな一気にかき込むと喉に詰まるぞ!?」
「箸を止めずにいられるかこれが!」
「フフ、ハルさんのお口に合ったようで何よりです」
青葉の料理のレパートリーがきつねうどん以外にも存在したことが意外なのだが、こんな油揚げまみれのメニューだというのに全然飽きることのない、むしろさらに食欲を増幅させる美味さ。大量のいなり寿司だって中の酢飯にごまだとかひじきだとかわさびが混じっていて、ちゃんと飽きが来ないように味付けも工夫されている。
この神様、油揚げ料理の神様でもあるのか……!?
「青葉先輩、俺もちょっと食べてもいいですかね?」
「勿論OKと言いたいところですが……これはハルさんのために愛情込めて作りましたので、ハルさん以外には食べてほしくないですねぇ」
「だとさ。頑張れ、ハル」
この重箱を全部食べきったら俺の胃がはち切れるんじゃないかと修治は心配してくれているようだが、そんな彼の心配をよそに、俺は油揚げ料理を口にかき込み続けたのだった……。
「おぉ……うっぷ」
食いすぎた。腹がはち切れそうだ。今の俺は赤ずきんを飲み込んだオオカミぐらい腹がデカくなっていることだろう。
「お前凄いな」
「一月は何も食べなくて良いぐらい食った」
「あ、せっかくですしデザートも用意すればよかったですね。気が利かなくてすみません」
油揚げを使ったデザートって何? スポンジの間に生クリームと油揚げを挟んだケーキでも作る気か? それとも油揚げソフトクリームとか?
これまでの人生でトップクラスに豪勢だったかもしれない昼食を終え、まだ青葉と話したがっている修治を引き剥がし、俺は青葉の首根っこを掴んで誰もいない空き教室へと連れ込んだ。
ここなら人目を気にせずに話をすることが出来るが……。
「私をこんなところに連れ込んで、一体どうされるおつもりですか?」
と、彼女は意味ありげに笑ってみせるのである。今は時間が無いのでわざわざツッコミを入れずに、俺は本題に入る。
「なぁ、どうして学校に来たんだ? 家で留守番してるんじゃなかったのか?」
俺は確かに家を出る時に青葉に見送られたはずだったのだが、どういうわけか転校生として学校でも登場しやがったのだ。
すると青葉はすっとぼけたような表情をして口を開く。
「えぇ、確かにハルさんはおっしゃいましたね、大人しくお留守番するようにと。そして、絶対に余計なことはするなと。つまり……裏を返せば、それは余計なことをしても良いという指示ではなかったのですか?」
そうだ、この神様はこういう奴だった。人の言葉を良いように解釈しやがって。いや、そもそも俺のような人間ごときが神様に命令しようだなんていう考え自体が間違っていたのかもしれない。
「お前、手続きとかどうしたんだ?」
「それはまぁ、神様の力とか幻術を使って洗脳とか現実改変を色々」
「お前、そんな事もできるのかよ……」
「しかしエネルギーを消費してしまうので、できるだけ使いたくはないんですよ。しかしハルさんと同じ学校生活を送るためなら仕方ありませんのでっ」
「その制服はどうやって用意したんだ?」
「これも私がチチンプイプイと唱えれば簡単に用意できちゃうんです」
と、青葉はセーラー服のスカートの端をつまんで、クルクルと回ってみせた。今すぐ俺のジャージを返せ。洗わずに。
「んで、なんでお前は先輩として転校してきたんだ? どうせ色々小細工出来るなら、俺と同じクラスにでも来ればよかっただろ」
「それも考えてはみたのですが、どうやら貴方は年上の方が好みらしいので」
……確かに俺が好きな人は先輩だけども。
「というわけで、これからは毎日一緒に登下校しましょうねっ。勿論、愛妻弁当も毎日作ってあげますので」
と、青葉はウキウキした様子で俺の手を握ってきたのだった。
「……ありがとな」
一応弁当も作ってもらったし、彼女とて善意で俺の世話をしてくれているのだ。失恋でショックを受け、そして家族のいない俺が寂しくならないように……そんな気遣いを感じると、傷心気味の俺はすぐに絆されそうになってしまうのだった。
空き教室を出て、青葉と並んで廊下を歩く。三年に眉目秀麗の転校生がやって来た噂は学校全体に広まっているのか、すれ違う生徒だけでなく立ち話をしていた生徒ですらも青葉の方に目をやってしまうのである。
いや、ちゃんと事前に親戚という設定を作っておいて良かった。じゃないと俺の恋人だとか妻だとか恥ずかしげもなく言いそうな奴だからな、このキツネの神様は。
「なんだか良いですね、今どきの学校生活というのも」
「年齢がバレるぞ」
「失礼な。たかが百年ぐらいですよ」
「ババアがよ……」
コイツってそんな年上だったのか。確かにあの神社に祀られてる神様ならそのぐらいだろう。いくら年上好きとはいえ、そんな上の年代を好きになることはない。見た目は全然それっぽくないけど。
そんな話をしながら廊下を歩いていると、上の階へと続く階段が見えてきた。三年生の教室は上の階にあるため、青葉とはここでお別れになるのだが──。
「あ、ハルくん」
俺達の前に現れたのは、猫塚くるみ。
顔を見たいと思っていたが、一番顔を合わせづらい、俺が恋した幼馴染だ。
「く、くるみ……」
くるみと顔を合わせたのは、昨日神社で話して以来だ。なのに久々に会ったかのような感覚で、俺達はお互いに一度目を合わせたものの、ほぼ同時に目を逸らした。きっと、くるみもあまり俺と顔を合わせたくなかったに違いない。
いつもなら、どちらかが何か話を振って、下校する頃には忘れてしまうような、特に意味があるわけでもない四方山話をするところなのだが、どう話しかければいいかわからず、どんな表情をすればいいのかもわからず、でも無言のまま立ち去るわけにもいかず、お互いに黙ったまま、胸の痛みを増幅させるような悠久の時間が過ぎ去ったように感じられた。
「どうされたんですか、お二人共。まるで初めての夜を共に過ごしたカップルのような反応をしちゃって」
俺とくるみの間に流れていた静寂を破ったのは青葉だった。例え神様が相手だろうともぶん殴ってやろうかとも思ったが、空気の読めない青葉の発言を聞いたくるみは思わず笑いだしてしまっていた。
「いや、びっくりしちゃったよ。まさかハルくんにこんな綺麗なお姉さんがいただなんて」
「姉じゃなくて、遠い親戚だから。急に押しかけてきたから俺もびっくりしてるんだよ」
「でも、なんだか安心しちゃった。ハルくんのことを気にかけてくれる人が身近にいてくれたみたいで」
くるみも家族を失った俺のことを気にかけてくれていて、忙しい身なのに俺の身の回りの世話を喜んでしてくれていた。それはきっと、俺のことが好きとかそういうのじゃなくて、身寄りのない子どもを哀れんでのことだったに違いないだろうが……くるみのその口ぶりは、俺の気のせいじゃなければ、まるでもう自分の役目は終わってしまったかのような寂しさを感じられるものだった。
このまま俺が何もせずにいると、今までずっと側にいてくれたくるみがどこか遠くへ消えてしまいそうに感じられて、俺はくるみに言う。
「なぁ、くるみ。今日、一緒に帰らないか?」
しかし、くるみは首を横に振った。
「ごめん、ハルくん。今日、用事があるんだ。また今度、ね?」
「あ、あぁ……わかった」
「そ、それじゃ」
そう言ってくるみは俺にぎこちない笑顔を向けた後、俺達の前から去ってしまった。
昨日、くるみは俺の告白を振って、それでもなお、今まで通りの関係でいようと言ってくれたが、俺とくるみの関係は明らかに変わってしまっていた。
その変化は、俺とくるみのぎこちない会話を聞いていたらしい周囲の生徒の反応を見れば十二分にわかるものだ。
そして、その現場を一番近くで見守っていた青葉も例外ではなく、階段の前に突っ立っている俺の肩をポンポンと叩いて、無邪気な笑顔を浮かべていた。
「振られちゃいましたね」
「うるせぇ。手が出るぞ」
「きゃー怖い。では、私もこれにて失礼しますねっ」
そう言って上の階へ続く階段を登っていこうとした青葉を俺は呼び止めた。
「待て、青葉。お前ってくるみと同じクラスなのか?」
「はい、そうですが」
コイツ、よりにもよってくるみと同じクラスに入ったのか。運命のいたずらか、あるいはこの神様の気まぐれか。
「今日、くるみはどうだった?」
「さぁ、どうでしょう。私は何せ、普段の彼女を存じ上げないものですから。ですが……こころなしかボーっとしているようで、心ここにあらずという様子でしたねぇ」
今、くるみは一体どういう気持ちなのだろう? まだ俺にチャンスはあるのだろうか?
それとも俺は、くるみの心を惑わせてしまう存在なのだろうか?
「……わかった。すまないが、くるみのことを気にかけてやってくれないか。お前の愉快な話術で、くるみのことを笑わせて欲しい」
「そうお願いされてもやる気が出ませんねぇ」
「わかった。じゃあ絶対にくるみを笑わせるなよ? 絶対だからな? 変なことするんじゃないぞ?」
「はい、かしこまりました。大人しくしときますね~」
と、青葉はウキウキした様子で階段を登っていったのだった。
……本当にあの神様に任せて大丈夫だろうか。
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