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第12話 私のことをどう思っているんですか?



 俺は小学生の時からくるみと一緒に登校することが多かったが、くるみの妹であるこはくも一緒だった。俺やくるみが進学する度に学校では会わなくなってしまうのだが、今は三人とも同じ高校に通っているから三人で登校することも少なくなかった。


 「驚きでした。まさかハル兄さんにあんな親戚の方がいるなんて」

 

 朝っぱらから盛大な合唱コンクールを開催しているセミ達に囲まれて、俺の隣を歩きながらこはくは若干不機嫌そうな声色で言う。俺と話している時のこはくは大体こうだ、中々に嫌われている。


 「俺もいきなり家に訪ねてきたからびっくりしたんだよ」

 「おいくつなんですか?」

 「ん? そういえば知らないが……多分年上なんじゃないか?」

 「どうしてそんなことも知らないんです?」

 「いや、だから突然のことで俺も気が動転してるんだよ」


 そういえば青葉って何歳の設定なんだろうか。あの稲荷神社に祀られてる蒼姫って人は言い伝えだと千年ぐらい前の時代の人物らしいから、年上にも程があるんだが。そういうところも決めておかないとややこしくなりそうだな。


 「青葉さんの学校はどちらに?」

 「それも知らない」

 「……ハル兄さんは青葉さんの何をご存知なので?」

 「むしろはっきりとわかるのは名前ぐらいしかないな」

 「よくそんな人を家に上げましたね……」


 流石に家に神様がやって来ましたなんて言っても正気を疑われるだろうからな。青葉のキツネの耳と尻尾を見せたら信じてくれるだろうが、それはそれでさらに話が面倒なことになってしまうだろう。

 俺達を取り巻く環境を考えれば……な。





 俺達が通っている高校は徒歩圏内なので、夏だろうが冬だろうが関係なく、よほどの大災害に見舞われなければ、俺はくるみやこはくと一緒に歩いて登校する。何の変哲もない団地群を抜けると駅前の大きなショッピングモールが見えてきて、そこからさらに登った丘の上にどでかい校舎が見えてくる。


 くるみがいれば、二十分から三十分ぐらいの登校時間の間でも会話が途切れることもないのだが、俺とこはくの関係は微妙なのだ。一応こはくとも長い付き合いになるのだが、未だにくるみという存在がいるから一応知り合い、という微妙に遠い間柄のような感覚なのである。


 正直、昨日の今日でくるみと一緒に登校しても微妙にぎこちない空気になっていたかもしれないが、こはくと二人きりという状況よりかはマシだったかもしれない。俺、未だにこの子に対してどんな話を振れば良いのか正解がわからない。

 

 そして、くるみが俺と一緒に登校しないという異常事態に、彼女の妹であるこはくが不思議に思わないはずもなく。




 「昨日、お姉ちゃんと何かあったんですか?」


 

 

 横断歩道の赤信号で止まったタイミングで、こはくはそっぽを向いたまま俺に聞いてきた。こはくの口ぶりを聞くに、くるみから昨日の件を聞かされていないようだが、きっと帰宅後のくるみの様子を見て異変を感じ取ったに違いない。



 「俺、くるみに告白したんだ」



 俺は、昨日の出来事を正直にこはくに伝えた。



 「んで、振られた。今まで通りいようって」



 くるみから直接聞かされていないにしても、こはくもなんとなく気づいていたことだろう。昨日、くるみの誕生日に俺が彼女と遊園地に行って、帰宅後のくるみの様子を見ていれば、何が起こったのか想像に容易かったに違いない。



 「やっぱりそうだったんですね」



 こはくはハァと溜息をついた。完全に呆れられているようだ。


 「お姉ちゃんが貴方のような人を好きになるはずがないじゃないですか」

 「うん、違いないな」

 「お姉ちゃんがハル兄さんに優しくしていたのは、それは好意なんかじゃなくて、ただの哀れみですよ」


 子どもの頃の俺達は、年齢の違いなんて関係のない親しい友達のような関係だったが、俺の家族が神隠しに遭ったのをきっかけにくるみの俺への接し方が変わったのだ。以前よりお姉ちゃんっぽく振る舞って、一人になってしまった俺のことを愛してくれているように思えたが……くるみにとって俺は、弟止まりでしかなかったのだろう。




 信号が変わり、通勤中のサラリーマンやOL達に混じって俺達も横断歩道を渡る。

 俺がくるみに振られたことを伝えてもこはくの反応は意外にも淡白なもので、俺もここでこの話は終わりにしようと思ったのだが、こはくは横断歩道を渡りきったところでピタッと足を止め、俺の方を向いた。



 「ハル兄さんは、今でもお姉ちゃんのことが好きなんですか?」



 俺にはこはくがどういう意図をもってそんな質問をしてきたのかはわからないが、正直に答えるしかなかった。


 「俺は、まだくるみのことを諦めてないよ」


 俺がそう答えると、こはくは「そうですか」と淡白に呟いて、再びスタスタと歩き始めた。俺も慌てて彼女の隣に追いつくと、こはくは俺のことを横目で若干睨むように見つめてきて口を開いた。


 「私は、お姉ちゃんが貴方のことを信用しているので、一応貴方のことも信用しているだけです。でも、お姉ちゃんとハル兄さんの関係が変わってしまうのは嫌です。お姉ちゃんが傷ついてしまうなら尚更です」

 「くるみは落ち込んでたのか?」

 「いいえ。家ではいつもと変わらない様子でしたよ。やけに落ち着きがないように見えましたけど」

 「そうか……なら良かった」

 

 くるみは今年大学受験を控えているから、昨日のことが原因でくるみが集中できなくなって成績が落ちてしまうのは困る。でも、今がギリギリというタイミングだったのだ。


 「でも……」


 と、こはくは何かを言いかけたが、「いえ」と首を横に振って、隣を歩く俺の方に顔を向けて言う。




 「ハル兄さんは、私のことをどう思っているんですか?」




 こはくから予想だにしない質問を投げかけられたので、俺は思わず足を止めてしまった。

 このタイミングでそんな質問をしてきたこはくの意図が全く読めなくて、どういう風に答えれば良いのかさっぱりわからない。


 「どうなんですか?」

 「どうと言われても……」

 「なるほど。ハル兄さんにとっては私のことなんて有象無象に過ぎない、と」

 「いや、そういうわけじゃなくてだな」


 こはくはまるでいじけてしまったかのように、歩くペースを早めてスタスタと俺より前へと進んでしまう。俺は慌ててこはくを追いかけた。


 「俺はこはくのことも大切な幼馴染だと思ってるから」

 「ありきたりな答えですね、つまらないです。そうですね、きっとハル兄さんにとって私なんて人間はお姉ちゃんの付属品に過ぎなかったんでしょうね」

 「そう拗ねないでくれ」

 

 こはくとの関係はあまり良好とは言えないが、そんな俺かてこはくが悲しむ姿なんて見たくないし、いつものように笑顔を……いや、こはくが俺に笑ってくれることなんて滅多にないけど。



 「じゃあ、こはくは俺のことをどう思ってるんだよ」



 と、俺は話の勢いでそんなことを聞いてしまった。


 すると、こはくは足を止めて、俺にニコッと微笑んで見せて──。




 「さぁ、どうだと思いますか?」




 そう答えた後、こはくはまるで逃げるように急に坂を駆け上り始めた。


 「あ、おい! ちょっとどういうことだよ!」


 俺はこはくを追いかけようと思ったが、ちゃんとスポーツをやっているこはくは俺よりもすばしっこくて、あっという間に姿が見えなくなってしまった。そもそもこんな暑い中で走りたくもない。


 「ホント、どういうことなんだか……」


 ただ……こはくが俺に笑うのなんて、一体いつぶりだろう。数年ぶりぐらいじゃないだろうか。

 久しぶり過ぎて忘れていたが、こはくって笑うとあんなに可愛いのか……そりゃ、くるみの妹だもんな。笑顔がよく似てる。


 結局俺は一人で校門をくぐり、教室へ向かうのだった。





 「よぉーっす、ハルの助~」

 

 俺が自分の席に着いて支度をしていると、遅れて登校してきた猪巻(いのまき)修治(しゅうじ)が出会い頭に俺の肩を殴ってきた。挨拶の仕方がいちいち鬱陶しい、俺の親友だ。


 「おはよう、修治。えらく上機嫌だな、今日は」

 「それはどうしてだと思う? なぁなぁ、どうしてだと思う?」

 「暑苦しいから五メートル半径に近づかないでくれるか」

 「まぁまぁそう言わずに。いや実はな、お前のおかげでな……俺、彼女が出来たんだ」


 と、夏の暑さと恋の情熱に浮かれた親友は、俺が今一番聞きたくない話をしてきやがった。


 「夏祭りに告ったのか?」

 「おうよ。まさかの大雨で雰囲気台無しかと思ったけど、なんか告白したらOK貰えたんだ。ハルの占いのおかげだぜ! サンキュー!」

 「おめでとさん。今度呪詛でも送っとくわ」

 「お前の呪詛は強そうだからやめてくれ」

 「サイコロを振っても五が出てこなくなる呪いな」

 「それ困ることあるのか?」


 修治はもう九月を迎えたのにまだまだ夏が終わりそうにない暑さに負けないぐらい元気な奴だ。きっと恋の熱に浮かされているからだろう。

 失恋したばっかりの俺とは違って。




 ◇




 何の変哲もない始業式を終え、新学期が始まって早々に実施されるテストの話でテンションを下げられ気分がガタ落ちする中、昼休みを迎えた。


 午後から早速実施されるテストに備えて腹ごしらえをしなくてはならないので、俺は購買へパンを買いに行こうとしたのだが、一人で廊下を歩いていた途中で修治が追いかけてきて、慌てた様子で俺に問いかけてきた。


 「なぁ、ハルって親戚に美人のお姉さんっていたのか?」

 「は? いやいないけど」


 修治とは中学からの付き合いだが、俺の家庭環境については奴も知っている。だから今更どうしてこんなタイミングでそんな質問をしてきたのか不思議だったが、修治も不思議そうに首を傾げていた。


 「いや、なんか三年に転校生が来たらしいんだけど、その先輩がとびきり可愛い女の子なんだとよ」

 「こんな時期に珍しいな、受験生なのに」

 「そうだよな。でな、その先輩の名字が狐の島で狐島らしいんだけど」

 

 こじまと読める名字はいくつか種類があるが、狐の島の狐島はかなり珍しい方だろう。小島とか小嶋とか大島は見かけたことあるけど、狐島はそれこそ親戚ぐらいしか知らない。

 あとは…………。




 ……うん?




 俺は、ふと疑問に思った。

 この時期に三年の転校生?

 それにとびきり可愛い?

 そして、狐島……?





 「あ、ハルさーん!」




 俺の名前を呼ぶ少女の声が聞こえて、俺は修治と一緒に後ろを振り向いた。


  


 俺に笑顔で手を振りながらパタパタと廊下を駆けてくる、長い黒髪の少女。廊下を行き交う生徒達の目を奪ってしまうような可愛らしい容姿の彼女は、確かにウチの学校の制服の、涼し気な白いセーラー服を着ていて──。



 「あ、青葉!?」


 

 狐島、青葉。

 家でお留守番していたはずのキツネの神様が、学校に転校生としてやって来たのだった。

 


 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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