表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れていた婚約者は女癖の悪いチャラ男でした  作者: 高遠ゆめ
忘れていた婚約者は女癖の悪いチャラ男でした
3/3

3

 

 突然、海斗が奈実の腕を強く掴んだ。

 海斗の指に嵌められているペアリングが、肌に食い込む。


「あの時の約束、忘れたのか? 『いつか結婚しよう』って言っただろ?」」


 それは奈実が高校三年生だった時、初恋の人から言われた言葉で。奈実にとっては、二度と戻れない夏の海と同じ。もう思い出になっているもの。


 それをこの人が知っているということは、本当に。


「俺は……ずっと待ってたんだ」


 続けられたその声は、震えていた。


「ご、ごめん。だって、名字ちがうから!!」


 焦った奈実が慌てて謝ると、海斗は少し腕を掴む力を緩めた。


「名字が変わったのは…あんたのせいだよ。奈実のおじいさんに頼まれて改姓したんだ」

「名字を変えた? うちのじいちゃん、何てことを……」


 祖父の横暴さが信じられずに顔を強張らせた奈実の頬を、海斗が空いたもう片方の手でそっと撫でた。


「奈実のおじいさんは、俺をあんたの婚約者にするために色々と動いたんだよ。留学もそうだ。あの時は俺もまだ子供で……理由までは分からなかったけど」


 オレンジ色に空を染めていた夕焼けは、すでに藍色の闇に沈んでいた。青白い月明かりが、道に立つ二人の影を作り出す。


「でも…俺は後悔してない。奈実と一緒にいるためなら、何だってする覚悟だったから」


 腕を掴んだまま、奈実をじっと見ていた海斗の目が熱を帯びる。


「覚えてるか? 高三の時、雨の中でずっとあんたを待ってた。あの時から…ずっとお前だけだった」

「えっと…それなら、何でもっと早く教えてくれなかったの?」


 ぎこちなく聞いた奈実から、海斗は視線を逸らした。


「教えてどうなる?」


 海斗は小さく言った。


「あんたは、俺のことなんて…」


 続きの言葉は夜の風に消えた。言葉を切った海斗は掴んでいた腕を離すと、奈実の左手を優しく握り直す。

 まるで大切なものを扱うように、海斗の指先が奈実の左薬指のペアリングを撫でる。


「あんたは世界中を飛び回るような女になってた。俺がこのシーグラスを見せたってきっと、またどこかへ行ってしまうだろ? そんなのは…嫌だった」


 奈実を見下ろす海斗の目が、熱を帯びる。


「だから黙ってた。奈実が気づくまで……ずっと」

「それは……何かごめん」


 その目にたじろぎながら奈実が謝ると、海斗は僅かに悲しげな笑みを浮かべた。


「それは、何に対しての謝罪?」


 そのまま、至近距離で顔を覗き込まれる。


「俺のこと、忘れていたこと? それとも……今更気づいた自分の気持ち?」

「んー、てっきり? じいちゃんか父さんの遺産目当てでの婚約かなーとか思ってたから」


 海斗は奈実の言葉に一瞬目を細めた。


「俺がそんな男に見える?」


 突然、海斗は奈実の顎を掴むと、強い力で自分の方へ向けさせた。


「あの時…高校の校舎裏で、雨に濡れながら待ってたのは何だったんだ? あんたの笑顔を見たくて、何度も家まで通ったのは?」


 彼の吐息が奈実の耳元で熱く震える。


「遺産なんて、俺には必要ない。欲しいのは……奈実だけだ」

「あはは……うん、ごめんね、海斗くん」


 海斗は奈実の軽い謝罪に目を見開くと、気が抜けたようにふっと息を吐いた。奈実の顎を掴んでいた手が、ゆっくりと髪に移る。


「ごめんじゃ済まないだろ?」


 その声は少し震えていた。


「俺は…またあんたに会いたくて」


 海斗はスマホの間から、懐から古びた写真を取り出した。それは二人が高校生の時のものだった。


「覚えてる?  奈実が初めて笑ってくれた日だ」


 彼の指先が写真の中で、制服を着て笑っている奈実に触れる。


「それからずっと…あんたのことしか見てなかった」


 海斗は奈実の目を見つめた。


「今も…変わらないよ」


 彼の手が奈実の頬に伸び、そっと撫でる。


「本当に俺のこと、気づかなかったのか?」

「その……うん。というか、海斗くんの顔、婚約した時、ちゃんと見てなかったというか……」


 あはは、と誤魔化し笑いを浮かべた奈実を、海斗は逃がさないというようにじっと見つめていた。


「……ちゃんと見なかったってどういうこと?」


 彼は奈実の左手を強く掴むと、自分の方に引き寄せた。


「あの頃の俺と今、そんなに違う?」

「だって名字違ってたし! それに海斗くんじゃないなら相手、誰でもいいと思ってたし……」


 海斗は奈実の言葉に、ゆっくりと目を細めた。月明かりが彼の整った顔立ちを鋭く浮かび上がらせる。


「本当に? 今は?」

「い、今……?」


 頬が熱くなってきた奈実は、落ち着きなく視線を泳がせた。けれど、ハッと思い出してして海斗の顔見上げた。


「でも! 海斗くん、彼女いるんでしょ!?モテモテなんでしょ!?」


 海斗は奈実の質問に、どこか皮肉めいた笑みを浮かべた。


「彼女は……」


 彼は奈実の耳元で囁くように言った。


「いるかもしれないし、いないかもしれない」


 海斗の指先が奈実の頬をなぞり、そのまま顔が近づく。


「でも…あんただけは特別だ。他の誰かといる時も、いつも奈実のこと考えてる」


 奈実は信じられない気持ちで目の前の、昔好きだった人を見上げた。


 高校生だった彼はどんな人だっただろう。

 眼鏡をかけて、背はそんなに高くなかった。穏やかな物腰で、奈実が話しかけるといつも笑顔で答えてくれて、——そんな、彼が。


「あの海斗くんが……チャラ男になってる……」


 奈実の呟きに、海斗は少し口の端を上げた。


「そう見える? でも、奈実がいない時は楽しく生きるしかないだろ」


 青白い月が空で光る。二人の横を、一台の車が通り過ぎて行った。


「高校の時は……奈実に近づきたくて、必死だったんだよ」


 海斗の声が急に低くなる。


「見た目が変わったって、あんたの前じゃ、俺はあの時のままだよ」

「待って! ち、近い近い近いー!」


 海斗は奈実の抗議を無視し、さらに顔を近付けた。吐息が奈実の唇に触れる。


「もっと近くにならないと、伝えられないことだってあるんだけど」


 指先で奈実の下唇を軽く撫でた海斗は、奈実を抱きしめた。奈実の知らない煙草と香水の匂いが漂う。


「俺は……今も昔も変わらない。奈実だけが好きなんだ」


 海斗は奈実を抱きしめたまま、囁くように言った。


「本当はずっと、俺のこと気づいて欲しかった。でも…あんたは俺の元にこなかった」


 目の前にいるのは、奈実が知らない大人になった初恋の人。


「だから自分で会いに来た。もう逃げないでくれ」

「初恋が、叶った…?」


 海斗は奈実の呟きに、ゆっくりと微笑んだ。その笑みはどこか狡猾で、でも優しさも滲んでいた。


「初恋?」


 彼は奈実の顎を軽く持ち上げ、月明かりの下でじっと見つめる。


「まだだよ」


 仄暗い光を灯すその目に、見つめられて息が止まる。


「あんたが本当に俺を受け入れるまで…俺たちの初恋は終わらない」


 海斗は奈実を抱き寄せ、髪に顔を埋めながら囁いた。


「だから、もう逃げないで。ずっとここにいろ」 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ