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ねこや、放課後。  作者:
第三章 鍵を手にしたその先
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第28話 いつかのわたしへ

「夢って、なに?」


誰かの夢に触れて、わたしは少しだけ考えこんでいた。

うまく言えないけど、わたしにはまだ“そういうもの”がない気がして。

なにかが足りない、そんな焦りだけが胸に残った。


そんなとき、届いたのは——

幼い頃の“わたし”からの手紙だった。


字も、言葉も、幼くて、だけどまっすぐで。

思いがけず、過去のわたしに励まされた気がした。


これは、少し昔のわたしと、いまのわたしをつなぐ、静かな時間の物語。

夕暮れ前の郵便受けに、小さな封筒がぽつりと入っていた。


宛名は、間違いなくわたし。

でも、文字のかたちは幼くて、丸くて、ちょっとだけ右上がり。


部屋に戻ってそっと開けると、色あせた便箋に、猫と鍵のイラスト。

黒猫が扉の前でこちらを見上げ、白猫が鍵をくわえていた。

 


17さいのわたしへ

わたしは、げんきですか?

ねこをかってるかな? クロっていう、くろいこ。

まだ、本をたくさんよんでるかな?

わたしは、ひとにやさしくできる人になりたいです。

あと、にっきをがんばってます。

へんなことも、うれしかったことも、わすれたくないから。

おとなのわたしが、だれかのことを、すきになれてたらうれしいです。


それじゃあ、またね。

わすれないでね。


 


思わず、息をのむ。


「……これ、わたし?」


たしかに、あのとき書いた気がする。

でも、すっかり忘れていた。

未来の自分に届く手紙なんて、どこかの夢の話みたいで。


 


手紙を読むうちに、胸の奥が静かに熱くなってくる。


“夢”って言葉を、ちゃんと知らなかったころ。

だけど、たしかに願ってたんだ。


猫と、本と、書くこと。

そして、誰かを大切に思える自分でいたいって。


 


その日の夕方、「ねこや」の扉を開けた。


カウンターの上に飾られている、小さな額縁。

そこには、あの便箋のイラストと同じ、黒猫・白猫・鍵・扉の絵。


雪さんがそっと微笑む。


「未来の自分に手紙を書くのも、夢への小さな鍵かもしれないわね」


 雪さんが差し出したのは、ころんとした丸いグラスに入った、淡いピンクのソーダ。

底には赤いさくらんぼが沈んでいて、光に透けて、ゆらゆらと揺れている。


奏はストローで、そっとつついた。


(わたし……さくらんぼ好きだったな。可愛いくって、甘酸っぱくて)


泡がしゅわしゅわと音を立てる。


それは、幼い頃のわたしが、遠くに向けて鳴らした、小さな風船のような声だった。



クロエが窓辺からひょこりと現れて、尻尾をゆらす。


「時間って、不思議にゃ。

過去の自分が、未来を開ける鍵を持ってることもあるにゃ」


「……そうかも」


わたし、あのころのわたしに、今、ありがとうって言いたい。


そして、今の自分にも。

まだはっきりしていないけれど、こうして何かを感じていることに。


 


帰り道、文具店で便箋を買った。


色はやわらかなグレー、すみに小さな鍵のモチーフ。

すぐに使うつもりはなかったけれど、なんとなく「これだ」と思った。


 


部屋に戻って机に向かう。

ペンを手にして、一行目を書いた。


いつかのわたしへ


 


夢って言葉に、まだ自信が持てるわけじゃない。

でも——


わたしはいま、“やさしくなりたい”って思ってる。

書くことを、もう少し続けてみたい。


 


誰かに届く言葉じゃなくていい。

誰かの役に立つ文章じゃなくてもいい。


この想いは、きっと、わたしだけのもの。


だから、書きたくなる。

「またね」と言った、あの子に。


 


手紙をしまったあと、ふと、便箋の猫たちを見た。


黒猫が鍵をくわえてこちらを見る。

白猫は、どこか安心したような顔で丸くなっている。


わたしの中に、たしかにいた子たち。

わたしが育ててきた想い。


それを、また誰かに——

未来のわたしに、そっと渡せたら。


 


扉の向こうには、まだ見ぬ明日がある。


開けるのは、今日のわたしの、小さな手紙かもしれない。


本日のメニュー


「さくらんぼソーダ」

——ほんのりピンク色の微炭酸。

グラスの底には、赤いさくらんぼがひとつ沈んでいる。



昔のわたしは、ちゃんと願っていた。

猫と暮らしたい、誰かにやさしくしたい、日記を続けたい……

ぜんぶ、きらきらした“わたしらしい”夢だったのかもしれない。


今のわたしも、ちいさく願ってみる。

「書くこと、続けてみたい」って。


それはまだ“夢”とは呼べないけれど、

どこかでまた手紙を受けとる日がきたとき、

今のわたしが少しでも、誰かにやさしくできていますように。


——そして未来のわたしへ。

あの手紙、ちゃんと届いてたよ。


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