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ねこや、放課後。  作者:
第三章 鍵を手にしたその先
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鍵の章④ わたしがわたしを飾る理由(梨沙編)

かつて、見た目にすべてを込めていた。

高いヒールも、ブランドのバッグも、

輝いていると思い込むことで、

私は自分の弱さを隠していた。


でも、「ねこや」で出会った人たちは、それを見抜いていた。

飾るのをやめろとは言わなかった。

ただ、見つめてくれた。中身ごと。



——それなのに、ある夜、思ってしまった。

「あのとき、ねこやに出会っていなかったら、私はどうなっていたんだろう?」


そのとき、カバンの底にしまっていた一本の口紅が、

ころん、と落ちた。

鍵の模様が刻まれた、小さな口紅。

私が“鍵”を受け取った、あの頃の記憶。


そして、扉が開いた。


私は、

誰かを迎え、語らうだけの空間“もうひとつのねこや”を知っている。


すこししんみりとした夕方。

ここは

「鍵の扉」の先——“もうひとつのねこや”。


時間が少しだけ止まっているような、

それでいて、どこか深く心の内を照らす空間。


カウンターに、雪がいた。

ふと顔を上げ、微笑む。


「来たのね、梨沙さん。……こちらの接客をお願いしてもいいかしら?」


その視線の先には、まだ若い来店者の女の子が、うつむいて座っていた。

ふわりと揺れるレースの襟元。

トレンドを取り入れたアイシャドウ。

可愛く、でも少し、張りつめた空気。


「あの子……」


私の胸が、ちくりと痛んだ。

——あの頃の私と、似ていたからだ。


「わたし、何者にもなれない気がして」と、彼女は言った。


「誰かに褒められたいんです。でも、どうしても満たされなくて……」


私は、ただ聞いていた。

ここでは、導かない。決めつけない。

ただ、話してもいいよと、空気を差し出すこと。それが雪さんとの約束。


しばらくして、私はカバンの中から、あの口紅を取り出した。

金属のキャップに、繊細な「鍵模様」の刻印がある。


「これね、昔のわたしがずっと使ってたもの。

綺麗になりたくて、目立ちたくて……でも、本当はただ、自信がなかっただけだった」


少女が、そっと言った。

「それ、綺麗ですね……でも、どこか寂しそう」


私は少しだけ笑った。

「そうね。あのときは、たしかに寂しかったかもしれない。

でも今は、これを“誇り”に思ってるの。

飾ることが悪いわけじゃない。

それをどう使うか。どんな気持ちで選ぶか——それだけのことなのよ」


少女の目が、少し潤んでいた。

私は彼女に、何かを“与えた”わけではない。

けれど確かに、何かが、伝わった気がした。



帰り際。


クロエがふっと現れ、しっぽを揺らす。


「にゃ。もう、自分に“ただいま”って言えたかにゃ?」


私はうなずいた。

心の奥が、ほっと緩んでいた。


そして、いつものねこやに戻ってきた私は、

ミラーの前で、そっと口紅をひと塗りする。


これは、私の“鍵”。

自分を閉じ込めるものじゃない。

——自分を、自由にするためのもの。



☕【記憶のメニュー】

•“心を映すティーカップ”

 澄んだガラスに浮かぶハーブの色彩が、揺れる気持ちを映す

•“記憶のミニタルト”

 華やかな見た目と、ほっとする素朴な味のギャップが心に残る

•“鍵しおりスイーツ”

 チョコプレートに描かれた繊細な鍵模様は、過去と未来のしるし

ねこやに出会わなければ、私はきっと今も、自分を飾るだけの世界にいた。

でも、あの人たちがいた。

雪がいて、猫たちがいて、何より「わたし自身」が——そこにいた。


誰かに選ばされたのではない。

自分の声で話し、自分の選ぶ服で立ち、自分の想いで誰かと向き合う。

私は、ちゃんと、自分の足でここまで来た。


だから今度は、誰かの“扉”が開くそのとき、

そっと、隣に立てる私でありたい。

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