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ねこや、放課後。  作者:
第三章 鍵を手にしたその先
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第25話 ずっとここにいたら、ダメかな?

進路面談の季節。

「これから」を決めることに、どこか追い立てられるような焦りを感じる日々。

選ぶことは、同時に「選ばないこと」と向き合うこと。

そんな葛藤の中にいる奏と、“見守る側”である雪との静かな対話を描きます。



午後の教室。窓の外には雲が流れていて、日差しはどこかへ行ってしまったようだった。


奏は、面談票を両手でにぎったまま席に戻る。担任に言われたのは、ごく普通のことだった。


「文系の私立を中心に考えるのが妥当だな?…休みが多いから指定校は厳しいが、公募推薦はギリありかもな。家で一度話しておけよ」


頷きながら、奏の心は少しだけ遠くにいた。


帰り道。制服のポケットには、小さく折りたたんだ面談票。


駅のホームで一度立ち止まり、改札を抜けずにそのまま歩き出す。今日はまっすぐ家に帰らなくていい。…そんな気がした。


 


***


 

「おかえり、奏ちゃん」


ガラン、と小さな鈴の音とともに迎えてくれたのは、雪だった。


いつもより少し遅い時間の「ねこや」。外の空気はまだ冬の名残を残しているけれど、店の中はほんのり紅茶の香りがした。


「面談、うまくいかなかったの?」


「……まあ、ふつうかな」


そう言いながら、奏はいつもの席ではなく、カウンターに腰を下ろす。カップとポットがふたつ、並んで置かれる。


「カモミールとレモンバーム。落ち着きたいときは、これがおすすめ」


「……雪さん、進路って悩んだ?」


「悩んだわよ。何度も何度も」


紅茶を注ぐ手は変わらず丁寧だ。雪は少し笑ってから言った。


「ただ……そのときに“選ばなかった道”が、いつまでも心のどこかに残ってるわ」


「選ばなかった道……」


「うん。だからきっと今も、別の自分が、どこかで生きているんじゃないかなって、思ってしまうのよ」


その言葉に、奏は思わずポケットを押さえる。中には、学校でもらった進路の冊子。それは厚みのある、けれどどれも“今っぽくて”“正解らしく見える”選択肢たち。


「……わたし、なんか最近、怖くて」


「何が?」


「“選んでいかなくちゃ”って言われる。でも、選んだ瞬間に、それ以外の全部を捨てることになるのかと思うと、怖くなる」


「捨てる、というよりも、“抱えきれない”のかもね」


雪はゆっくりとスプーンでカップを回す。ハーブの香りがまた少し広がった。


「誰だって、すべてを持って生きてはいけないもの。だから、選ぶの」


「じゃあ、ずっとここにいたら、ダメかな?」


奏の声は静かだった。


でも、その静けさの奥に、小さな涙のような色がにじんでいた。



 


雪は少しだけ驚いたように目を見開いた。そして、ぽつりとつぶやく。


「……あっちの“わたし”だったら、きっと何か手を出してしまうわね」


「……え?」


「あなたのために何かを決めてあげるとか、勇気をくれる言葉を探すとか。抱きしめるとか。そういうこと」


「ここでは、しないの?」


「ええ。ここでは、見守っていたいの」


そう言って、雪はそっと笑った。


「自分で決めて、自分で進んでいくことが、どれだけ尊いか知ってるから」


奏は俯いて、あたたかな紅茶に両手を添えた。


そのあたたかさが、胸の奥のもやもやを少しだけ溶かしていくような気がした。


「ここって、やさしいよね」


「そう見えるのなら、うれしいけれど……」


雪は、静かに続ける。


「ほんとうは、“やさしくあろう”としているだけかもしれない。

みんな、傷ついてきたから。

次は傷つけないようにって、祈るみたいにこの空間を守ってるの」


「……じゃあ、わたしも、誰かをやさしくできるかな?」


その問いに、答えはなかった。


けれど、紅茶の湯気がふわりと揺れた。


それはまるで、「きっとね」と言っているようだった。


 


 


***


 


帰り道、奏はふとポケットに手を入れた。


そこには、小さな白いキーホルダー。


ぬいぐるみのような猫の形をしたそれを、ゆっくり握る。


“自分で選ぶ”。


そう、決めること。


選ぶことで失うものも、確かにあるかもしれない。けれど、選んだからこそ出会えるものもある。


そう信じてみても、いいかもしれない。


見上げた空には、あの日と同じ雲のかたち。


でも、今日は少しだけ、違う道を通って帰ろうと思った。


今日のメニュー


「揺らぐ日に、カモミールとレモンバウム」


ふわりと香るカモミールのやさしさに、レモンバウムのほのかな柑橘がそっと寄り添う


「ずっとここにいたら、ダメかな?」

そうつぶやいた奏に、雪は「何かを与える」のではなく、そっと寄り添うだけ。

やさしい場所である「ねこや」は、だからこそ、誰かの“選ぶ力”を信じています。

選ばなかった世界があっても、今ここにある自分の選択に、ほんの少し光が差しますように。


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