番外編 ランプの裏に、小さな鍵
今回の物語は、静かな午後の「気づき」のお話です。
なにげない掃除の途中で見つけた、ひとつの鍵。
それは、まだ開いていない“扉”への、ささやかな導入かもしれません。
奏がここにたどり着いた意味。
そして、ここから先へ行くために必要なもの。
少しだけ、不思議で、少しだけ現実的な、
そんな「ねこや」の裏側のような一篇をお届けします。
「……ん?」
掃除の手を止め、奏はふとカウンター脇のランプに目を留めた。
ベースの真鍮が少しかたむいている気がして、そっと持ち上げる。
ごとり。
小さな木箱が足元に落ちた。
「なにこれ……?」
拾い上げてみると、古びた小物入れだった。
淡いグレーの木目に、猫のシルエットがひとつ彫ってある。
どこかで見たような――そう思って蓋を開けると、中には小さな鍵が入っていた。
「それ、ロコが置いていったやつだにゃ」
いつの間にか後ろにいたクロエが、何でもないように言う。
「ランプの裏、よく見てみると棚みたいになってるのにゃ。ロコは“隠れ棚”って呼んでたにゃ。意味あるかは知らないけど」
「なんの……鍵?」
奏がつぶやくと、クロエは鍵にひげを近づけてくんくんとにおいを嗅ぐ。
「ふるい記憶のにおいがするにゃ」
その言葉に、奏はそのまま鍵を握ってバックオフィスの扉の方へ歩いた。
そのとき、店の奥から雪が現れる。
奏は一歩踏み出したまま、鍵を見せた。
「この鍵……あの扉の?」
雪は一瞬だけ目を細め、そしてやさしく微笑んだ。
「その鍵じゃ、開かないわ」
「え……でも、鍵穴が……」
「たしかに似てる。でも、それはあなたの鍵じゃないのよ」
ちょっと残念そうに、鍵をそっと木箱に戻して、奏は雪の横顔を盗み見る。
バックオフィスの扉は静かにそこにあるが、開ける手がかりがない。
「ここは現実なんでしょうか。……こういう場所って、本当はどこにもないのかもしれないなって。
ここに来る人たちは、なんかみんな……救われてるみたいで、まるで夢の世界」
ふと、言葉がこぼれる。
「夢だから……?ここって、なんでこんなに優しいの?」
雪は少し驚いたように目を丸くして、それから、目を細めた。
「優しくなんか、ないわよ」
その言葉はきっぱりとしていたけれど、不思議とあたたかかった。
「選んできたのは、あなた自身でしょ?
怖かったり、迷ったりしながらも、ちゃんと。
誰かに与えられたんじゃない。奏が、自分でここを選んだのよ」
さっきの鍵をもう一度、出してみる。
「わたしの鍵は、どこにあるんだろう」
「きっと、出会うわ」
そう言って雪は、小さく灯りをつけた。
ランプの明かりが、鍵のかたちを、やわらかく浮かび上がらせた。
「鍵はどこかにあるにゃ。きづかないとそのまま通り過ぎてしまうかもにゃ」
クロエのささやきが、心の奥に小さく響いた。
奏は、まだ知らない扉の向こうを想像する。
それはきっと、もうすぐ訪れる物語の入り口だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
「扉」と「鍵」は、ファンタジーでもあり、現実でもあります。
“今の自分では開けられないもの”に出会ったとき、
わたしたちは思い出すのかもしれません。
――「この先に、何かがある気がする」と。
奏にとって、それはまだ手に入れていない“自分だけの鍵”。
だけど、それがどこかにあると気づいたことが、
たぶん、新しい物語のはじまり。
次の章では、また少し、違う世界の風が吹きはじめます。
よろしければ、これからもお付き合いください。
では、また「ねこや」でお待ちしています。




