第22話 わたしじゃない方の未来
今日は、ちょっと不思議な“ふたり”のお客さまがやってきました。
そっくりなのに、まったく違う道を歩いてきた双子の姉妹。
「わたしじゃない方の未来」って、ふと考えたこと、ありませんか?
あのとき違う選択をしていたら…そんな気持ちが、少しだけ混ざりあう午後のひとときです。
店の扉が開いたのは、午後の柔らかな日差しが差し込む頃だった。
「こんにちは……2人いいかしら」
奏が顔を上げると、そこにはそっくりなふたりの女性が立っていた。髪型も服装も違うのに、どこか“同じもの”が通っている。見分けがつかないほどではない。むしろ、それぞれの“違い”が、逆に彼女たちの“似ている”部分を際立たせていた。
「……こちらへどうぞ」
店内は静かで、窓際の席に淡いレースの影が揺れている。ふたりは顔を見合わせ、ほんの少しだけ笑ってから席についた。
奏が差し出したメニューを見ながら、姉が言った。
「じゃあ私はコーヒーと……苺のミルフィーユで」
「じゃあ私は、紅茶とショコラタルトで」
注文が分かれたその瞬間、ふたりはまた笑った。まるで、「やっぱりね」とでも言うように。
しばらくして、カウンターからそっと運ばれてきた「おふたりさまセット」。
バニラの香るコーヒーと紅茶。金柑のコンポートが、まるで“ひとつだけの思い出”みたいに小さな器に寄り添っている。
「……ここのお菓子って、いつも不思議な組み合わせだよね」
紅茶をひとくち含みながら、妹が呟く。
「違うようで、ちょっと似てる。どっちも選びたくなる感じ」
「でも、どっちかしか選べないのよね」
ぽつりと、姉が言った。
静かにカトラリーが触れる音がして、ふたりの間にほんの少し、風が通ったような沈黙があった。
「あなたって、ほんと自由だよね。昔から」
「……それって褒めてるの?」
「違う。……いや、褒めてる。でも、羨ましくもあるかな。わたしね、大学、ほんとは行きたかったんだ」
姉がぽつんと、呟くように言った。
「でも、うちにはそんな余裕なかったし、地元で就職するのが“普通”だって、誰もが言ってた。私も、そうだと思ってた。……だから、選んだの。何も間違ってない、はずだったんだけど」
「……後悔してるの?」
「してない。って言いたい。でも、たまに思うの。あなたみたいに、違う景色を見た私がいたかもしれないって」
その声はとても静かで、どこか遠くを見ているようだった。
「……わたしはね」
今度は妹が言う。
「自由がほしかった。誰にも決められたくなかった。だから、飛び出した。でもいつも後ろめたかった。自由になったつもりでも、逃げただけかもしれないってずっと思ってた。家のことも、あなたのことも見ないふりして。自由って、思ってたより……孤独だったよ」
姉は驚いたように目を上げた。
「いつもキラキラして見えたよ。あちこち飛び回って、SNSにも楽しそうな写真がいっぱいで……」
「そう見えるように、がんばってたんだよ。あれは見せたいものだけ。寂しい夜は、映さない」
そう言って、妹は小さく笑った。
「誰かと比べたら、どっちの道も足りないの。たぶん。でも、比べる必要なんて、ほんとはないんだよね」
「でも、比べちゃうじゃない」
「うん。わかってる。だから、今日来たの。たまには“ふたりで”比べてみようって思って」
奏は静かにその会話を聞いていた。
選ばなかった道。選ばれなかった自分。
そのすべてが、どこかで誰かの人生になっていたかもしれない。
ふたりはまた笑って、スプーンを差し出し合った。
「ひとくち、食べる?」
「うん。そっちもおいしそう」
そうして、コーヒーと紅茶、ミルフィーユとショコラタルトの味が、少しだけ混ざった。
それは、ふたつの道がすれ違いながら、また寄り添っていく瞬間だった。
夕暮れが近づいて、ふたりは並んで店を出ていった。扉の音が、印象的に耳に残った。
「また、来ようよ。次は、もっとたくさん話そう」
「……うん。今度は、未来の話もしよう」
ふたりの後ろ姿を見送りながら、奏はそっと呟いた。
「……わたしも、あのときの“もうひとつの自分”に、会えたらよかったのかな」
カウンターの奥、ランプの明かりがぽうっと灯る。
誰かが選ばなかった道の、その先に咲くものが、きっとある。
そう信じさせてくれるような、今日の一日だった。
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本日のメニュー
•ブレンドコーヒー(バニラ香)と苺のミルフィーユ
•ダージリンティー(バニラ香)とショコラ・オランジュタルト
•共通トッピング:金柑のコンポート
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
双子の姉妹、それぞれの選択、それぞれの後悔と、ちいさな和解。
違う飲み物、違うケーキ、でも同じ金柑のコンポート――
そんなふうに、どこかでつながっている優しさを描けたらと思いました。
次回もカウンターでそっと聞き耳を立てている奏とともに、お楽しみに




