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ねこや、放課後。  作者:
第二章 鍵のある場所
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番外編 焚き火の夜に、思い出したこと

学校キャンプから戻った奏が、焚き火の夜に出会った“創”という人物について、ふと考えを巡らせるひととき。

ねこやのちょっと不思議な雰囲気と共にお楽しみください。



放課後のねこやは、あたたかい空気で満ちていた。


いつものように扉を開けると、カラン――と優しい鈴の音が鳴る。

迎えてくれたのは、ランプの灯りと、ミルキーのしっぽ。クロエはカウンターで丸くなっている。


「おかえり、奏ちゃん」


雪さんの言葉が、心にしみた。

キャンプから戻ったばかりで、少し疲れていたのかもしれない。


「ただいま、です」


カウンター席に腰を下ろすと、ハーブの香りがそっと包んだ。

その香りに混じって、ふと焚き火の夜のことを思い出す。


——あの夜、火を囲んで座った、あの人。


(……創さん、だったっけ)


名前も顔も、どこか曖昧なまま。

でも、不思議と、印象だけは鮮やかに残っていた。


火の揺らぎに照らされた横顔。

静かで、でも、どこか懐かしいような、あたたかい気配。


「火って不思議だよね」

「たぶん、それが“居場所”ってことなんじゃないかな」


その言葉を思い出すたびに、胸の奥がやわらかくなる。


でも、よくよく考えてみると、少しだけ奇妙だった。

——どうして、あの人が、キャンプの会場にいたんだろう?


私はそっと、白い猫のキーホルダーを指でなぞる。


「……ねえ、雪さん。あのね、キャンプのとき……」

創さんの話をしようとしたその瞬間、雪さんはティーカップを差し出して微笑んだ。


「今日は、スモーキーアールグレイ。焚き火の余韻にぴったりでしょ?」


やんわりと、話題を変えられた気がした。

でもその仕草が、やさしくもあって、問いかけるのをやめた。


私はカップを受け取り、一口。

火を通した果物みたいな、甘く燻された香りが舌に広がる。


「ここは“いくつもの場所”とつながってるにゃ」


いつの間にか、クロエが隣の椅子に座っていた。

鍵のついた首輪をシャランと鳴らしながら、丸い目で私を見つめてくる。


「その人も、別の場所から来たのかもしれないにゃ」


「……別の場所?」


「居場所って、にゃんにもひとつじゃない。気づくと、誰かのそばにいたり、気づかぬうちに見守られてたりするのにゃ」


それはまるで、“創”という人の存在そのものみたいだった。


私は、自分の中でその人の記憶を辿る。

何を話したか、どんな声だったか、もう鮮明には思い出せない。

けれど、その場にいたという確かなぬくもりだけが、胸に残っている。


——あの人は、幻だったのかな。

——それとも、ほんとうに、ねこやの“誰か”なのかな。


そういえば、初めてここを訪れた日のことを思い出す。

あのときも、カウンターに誰かが座っていたような……?


雪さんがそっと言った。


「人は、自分の目で見たものしか信じられないこともあるけれど……心が覚えてるってことも、あるのよ」


私はうなずいた。


「……また、会える気がします。」


「きっと、“また会おう”って思ってるのは、あっちも同じにゃ」


クロエがそう言って、鼻をすんすんさせたあと、カウンターの上に飛び乗った。



帰り際。

カップの下に、何か小さな紙片があることに気づいた。


「……え?」


そこには、手書きのメッセージがひとこと。


「鍵は、扉が必要としたとき、音を立てる」


——たぶん、クロエの仕業。


私は紙を大事に折って、キーホルダーのポケットにしまった。



その夜。

キャンプでもらった写真データを何気なく開いていたときのこと。


焚き火を囲んだ集合写真の、すみのほう。

光の加減で少しぼやけているけれど——


(……あれ?)


私の後ろに立っているスタッフの男性。

その顔が、川崎さんとどこか似ている気がした。


——でも、服装が違う。

——それに、誰もその人のことを話題にしていなかった。


気のせいかもしれない。

でも確かに、写真のその人も、どこかを静かに見つめていた。


私はそっと画面を閉じた。


ねこやの扉は、たぶんまだ、ほんの少ししか開いていない。

その向こうに、どんな人たちが待っているのか。

私は、少しだけ楽しみになった。


本日のメニュー

・スモーキーアールグレイ

——焚き火の余韻を思わせる、燻香をまとった紅茶。時間と記憶をゆっくりと解きほぐす。


・キャンドルビスケット(小さな炎のかたち)

——そっと灯りをともすように、誰かの記憶に寄り添う小さなひとしな。

あの夜、焚き火のそばで出会った“創さん”は本当にいたのでしょうか。

それとも、奏の心が見た、何かのかけらだったのでしょうか。

少しずつ明らかになるねこやの秘密——次の鍵は、どこで音を立てるのでしょうか。

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