第19話 ひとりじゃないって、いつ気づける?
今回は、学校行事に向けて不安を抱える奏の物語です。
“あの場所”の焚き火と、そっと寄り添う誰かの存在が、彼女の背中を押してくれますように。
放課後の廊下。夕陽が斜めに差し込み、床に長い影を落とす。
靴箱の前で立ち止まり、私は深呼吸をひとつ。
「……明日、キャンプか」
あんまり気が進まない。
今はもうそんなにクラスで浮いてるわけじゃないと思う。
でも、友達と呼べるほどの関係でもない。
それに、グループ分けとか自由時間とか、そういう“なんとなく”がいちばん怖い。
「また、ひとりになっちゃったら……」
気づけば、手の中には白い猫のキーホルダー。
カバンに付け直して、私は校門を出た。
◇
カラン——。
「いらっしゃい、、あら奏ちゃん、おかえりなさい」
今日は、いつもより柔らかな声で迎えられた気がした。
「雪さん……ただいま、です」
雪さんは、あたたかなカフェオレ色のランプを灯していた。
その光が、ほんのり不安を包んでくれる。
クロエがカウンターに飛び乗る。首輪についた鍵チャームが、ちいさく揺れた。
「人が集まる場所って、案外ひとりを感じやすいのにゃ」
「……うん。どうしてだろうね」
「にゃんでも、声をかける方も、かけられる方も、ちょっとだけ怖いんじゃないかにゃ」
私はクスッと笑う。「それ、わかるかも」
雪さんが、そっとメニューを差し出してくれた。
「今日は“火”をテーマにしたスイーツを作ってみたの。食べる? 明日のための、おまじないよ」
そこに描かれていたのは、《焦がしバターのフィナンシェ》と《ハーブティー・焚き火ブレンド》。
◇
バターの香ばしさと、ほんのりスモーキーなハーブの香り。
焚き火のようなぬくもりが、胸に沁みる。
「……わたし、学校では、なんでもない子なんです。話しかければ返してくれる子はいるけど、自分から行く勇気はなくて」
「明日も、自由時間とか、またひとりになっちゃいそうで……」
クロエが、そっと私の足元に寄り添った。
そして、ぽつりと。
「“誰かの視線がないと、ひとりぼっちだと思っちゃうにゃ”。でも、ほんとはそうじゃないにゃ」
「……うん」
「君を覚えてくれてる人が、いるにゃ。前に少し話しただけのあの子とか、レモンスカッシュの男の子とか」
私は、驚いた顔をしてから、小さく笑った。
そういえば、最近すれ違うたびに、ちょっとだけ目が合うようになってきた気がする。
「気づいてくれる誰かが、いるかもしれない」
「……だから、わたしも。自分から、ひとつ声をかけてみようかな」
◇
そして、キャンプ当日。
バスの中、私はそっと周りを見渡す。
数人と目が合って、軽く笑顔でうなずかれる。
それだけで、ほんの少しだけ、世界がやわらかく見えた。
自由時間には、前にごめんと言ってくれた子が「一緒に回らない?」と声をかけてくれた。
レモンスカッシュの彼とも、何気なく「晴れてよかったな」って言い合えた。
わたしをひとりにした主犯格の子は、どこか離れた場所にいた。
彼女の輪から、そっと距離をとる子が、少しずつ増えていた。
私はひとりじゃなかった。
気づくのに、ちょっと時間がかかっただけだった。
◇
夜。
焚き火を囲んで、クラスのみんなでマシュマロを焼いていた。
パチパチと音を立てる火の音が、空を照らす。
なんとなく輪から外れて、私は少し離れたベンチに座った。
そのとき、スタッフの大人がひとり、静かに隣に腰を下ろした。
焚き火の光に照らされた横顔——え? 創さん?
「火って不思議だよね」
彼がぽつりと呟いた。
「怖いけど、あたたかい。ひとりで見ると寂しいけど、誰かと見ると安心する」
私は、横顔をそっと見る。
その目は、どこか遠くを見ているようで、でも優しかった。
「……たぶん、それが“居場所”ってことなんじゃないかな」
そう言って彼は立ち上がり、静かに歩いていった。
どこからともなく黒猫が後を追った。
そのとき、クロエの鍵チャームが〝シャラン”と揺れる音が聞こえた気がした。
◇
翌朝。
帰りのバスの中で、私は白いキーホルダーを指先でなぞった。
ねこやの灯りは、今日もきっとどこかで誰かを照らしてる。
その“誰か”に、昨日の私がなれたのなら——それだけで、少し誇らしかった。
本日のメニュー
《焦がしバターのフィナンシェ》
《ハーブティー・焚き火ブレンド》
読んでくださって、ありがとうございました。
誰かとつながること、自分から声をかける勇気。
どちらもきっと、ちいさな“おまじない”みたいなもの。
次回も放課後に
またお会いできますように。




