番外編5 ねこやのヒミツ、もう少しだけ。
今回はもうひとつの“ねこやの夜”をお届けします。
雨の音、静かな店内、見えてしまった秘密。
奏の視点から、少しだけ“あちら側”がのぞけるお話です。
― 雨の夜にだけ、見えるもの ―
雨が降っていた。
学校帰り、少しだけ遠回りをしていた私は、急な雨に降られた。
傘はなく、走っても間に合いそうにない。自然と足が向いたのは、あの場所だった。
「……ごめんなさい、勝手に……」
裏手の小さな扉をあける。普段は入らない、スタッフ用の勝手口。
でも、鍵は開いていて、私は雨宿りのようにそっと中へ。
店内は、いつもと違っていた。
静まり返ったカフェの中。灯りはごくわずか。
夜のねこやは、まるで時間の外にある場所みたいだった。
そのとき——
奥のカウンター席で、ふたりの男性が話していた。
ひとりはあの猫のお守りをくれた創さん。もうひとりは、黒いジャケットを羽織った川崎さん。
ふたりはコーヒーを前に、ぽつりぽつりと何かを語っていた。
「……それでも、俺はあの夜を忘れない。雪がいなかったら、あっちのねこやは続かなかったな」
その空気は、どこか“戦友”のようだった。
穏やかなのに、過去を背負うような、そんな重たさを帯びていた。
私は声をかけられず、柱の影にそっと隠れる。
耳が、離せなかった。
——そのとき。
あの奥の扉が「カラン」と音を立てて開いた。
現れたのは、雪さん。
いつもより少しだけ違う服装。
白いシャツに細身のスカート、髪を下ろしていて、どこか“カフェの人”というより、
“もう一人の顔”を持った誰かのように見えた。
「……また、来てたの?」
「鍵は開いてた」
3人のやりとりは、親しさの中に緊張感があって——
まるで、長いあいだ誰にも見せてこなかった会話みたいだった。
「あっちに顔出すの久しぶりだろう」
「……そうね、もうわたしがいなくてもいいのね」
「あの子には隠したままなのか」
「隠してないわ。でも時ってあるじゃない」
その言葉の意味は、私にはわからなかった。
でも、なぜか胸の奥が、少しだけざわついた。
そのとき、足元にふわりとした気配。
「……クロエ?」
黒猫が、何でもない顔で私の足元に丸くなる。
「にゃにゃ。見ちゃったにゃ?」
「……知らないままでいたほうが、よかったのかな」
「そう思うってことは、もう知りたいにゃ」
その声に、私は少しだけうなずいた。
たぶん、もう戻れない。
でも、それでも見たかった世界が、ここにはあるのかもしれない。
翌日。
私はカウンターに立っていた。何事もなかったように。
雪さんが、静かに紅茶を差し出してくれる。
「昨日は、雨、すごかったわね」
その言葉に、私は笑ってこう返した。
「はい。でも、少しだけ、違う景色が見えた気がしました」
雪さんの微笑みが、ゆっくりと深くなる。
その瞳の奥にある何かを、私はまだ知らない。
でも、きっと、いつか——
ご覧いただきありがとうございます。
まだ語られていない“もうひとつのねこや”があるのかもしれない。
それでも、ひとつずつ。奏が触れていく世界を、見守っていただけたら嬉しいです。




