第14話 先の見えない地図
こんにちは、奏です。
あのカフェ「ねこや」で手伝いを始めてから、いろんな人と出会うようになりました。
その日、クロエがくわえてきたのは、どこか懐かしくて、どこか不思議な“見取り図”でした。
見取り図のくせに、すべてが描かれていない場所がある――
まるで、自分の未来を見ているようで、少しだけ胸がぎゅっとなったのを覚えています。
午後の光が、ねこやの奥の棚に差し込んでいた。閉じかけた本の影に、ミルキーが鼻先を突っ込んでくすぐったそうにくしゃみをする。
「ほらミルキー、そのお気に入りのページなんだから、ぐしゃっとしないでよ〜」
奏は笑いながら猫の頭をなでた。カウンターの横でクロエが大きなあくびをして伸びをすると、何かくわえてテーブルの方へとぴょんと飛び乗る。
「……それ、なに?」
奏が近寄ると、それは古びた紙だった。くるくると巻かれ、端が少し焼けたように色が変わっている。
「地図……?」
紙を広げると、手描きの見取り図が現れた。テーブルやカウンター、焚き火スペース、裏庭のハーブ棚。けれど、最後に描かれている“裏の扉”から先は、ふわりと水彩のようにぼやけていた。
「地図……じゃない、設計図?見取り図?」
紙の隅には、小さな猫の足跡と「ねこや 設計途中」と書かれた文字。
そのとき、カラン、とドアベルが鳴った。
「あ、いらっしゃいませ」
制服姿の女子高生が入ってきた。何度か来店してくれて、少し話をするようになった彼女。少し背中を丸め、分厚い参考書を抱えている。髪の毛は結い直したばかりなのか、ピンと張っていて、顔には少し強がったような表情が浮かんでいた。今日はちょっと不機嫌?
「……甘いものでも食べないと、やってられないや」
小さくつぶやきながら、空いている席に腰を下ろす。奏はメニューを手にしてそっと近づいた。
「今日のおすすめは、レモンハニーのクレープ包みと、グレープフルーツカモミールティーです。よければ、ぜひ」
「……あ、じゃあ、それで。あったかいのがいいな」
注文を受け、キッチンに戻った奏は、そっと雪にその子の様子を伝えた。雪は微笑んで、静かにティーを淹れ始めた。
数分後、奏はトレイを持って女子高生のもとへ。
「お待たせしました。よかったら、ゆっくりどうぞ」
女子高生は礼を言い、スプーンでクレープにそっと切れ目を入れた。湯気の向こうで、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
「……このお店、地図とかないのかな」
「地図、ですか?」
「うん、なんか。入ってくるとき、ここってどこにあるのかよくわかんないって思って。たまにたどり着けないの。不思議。今日はよかったおすすめ美味しいし、落ち着いた」
チャキチャキした話し方に奏は少しだけ笑って、さっきクロエが運んできた紙を思い出した。
「……さっき、クロエがこれ持ってきたんです」
そっと設計図を広げると、女子高生の目がまるくなる。
「クロエって、黒猫の?なにこれ、手描き? なんか、昔の宝の地図みたい」
「うん。でも、最後の方、ぼやけてるんです。ここから先、まだ描かれてないみたいで」
女子高生はじっと図面を見つめていたが、やがて言った。
「なんか……今の自分と似てるかも」
その言葉に、奏も小さくうなずいた。
「うん、私も、そう思った」
「……受験でさ、志望校とか決めなきゃいけないのに、みんなもう進む道が見えてる感じで。なのに私だけ、どこに向かえばいいかわかんない。そんな気がして」
「わかります。私も……実は、つい最近まで、そうだった。いや、今もちょっと、そうかも」
女子高生が顔を上げた。目が、ほんの少しだけ柔らかくなっていた。
「それでも、今ここにいる奏ちゃんは、ちゃんと歩いてるように見えるよ」
言われて、奏は少しだけ照れたように笑った。
そのとき、ミルキーがふたりの間にとことこと歩いてきて、ちょこんと座り、くるんと丸くなった。クロエが遠くから見ている。
「……ねえ、変なこと言っていい?」
「うん」
「ここってさ、地図がない場所だけど、なんか道はある気がする。必要なときにはたどり着くし、ちゃんと自分で踏みしめてきたって感じ」
その言葉に、奏は思わず「うん」と声が出た。
静かにティーカップを傾けると、柑橘とカモミールの香りがふわりと鼻を抜けていく。
「また来ていい?」
「もちろん」
女子高生は、参考書をカバンにしまいながら立ち上がった。
「じゃあまた来るね、地図のないこの場所に」
ドアベルが鳴り、光が揺れる。
残された設計図をもう一度見つめながら、奏はぽつりとつぶやいた。
「道は見えないけど……わたしも進んでる気もする」
すると後ろから、雪の声がした。
「地図は、歩いた後ろに記されるのよ」
奏はふり返って、雪のほうを見た。
その笑顔に、なぜだか少しだけ背筋が伸びた気がした。
本日のメニュー:
•スイーツ:レモンハニーのクレープ包み
- 細く折りたたんだクレープの中に、ほんのり温かいレモンとはちみつ。
- 地図の“巻物”のようにも見える。
•ドリンク:グレープフルーツとカモミールのティー
- 苦みと甘さが交差するティー。未来の複雑さを感じる味。
進む道が見えなくても、止まってるわけじゃない。”
そんなことを、あの日の彼女と話していて気づきました。
先が見えなくて不安なのは、きっとみんな同じ。
だけど、誰かと話して、迷って、歩いて、自分の「今、立っている場所」が地図に刻まれていくのかもしれません。
次の道しるべは、どんな形をしているんだろう。
今日も、ねこやのどこかに転がってるかもしれません。
読んでくださって、ありがとうございました。
また、カフェで会いましょう。
奏より。




