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ねこや、放課後。  作者:
第二章 鍵のある場所
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第13話 鍵の音がした気がして

「ねこや、放課後。」第2章のはじまりです。


奏が“店員”として立ち、誰かの話を聞く側になる――そんな静かな変化を描きました。

そして、物語の裏側で少しずつ気配を見せ始める「扉」と「鍵」の存在。


チャンスを逃した少年とのやりとりを通して、奏自身もまた、次の一歩へ向かっていきます。

ほんの小さな気づきが、“鍵”となって心の扉を開けていくのかもしれません

白い猫のキーホルダーが揺れる。

登校用のバッグにつけてからというもの、どこか気持ちがしゃんとする。


放課後、夕日がガラス戸から差し込む「ねこや」の店内。奏はカウンターの奥で、ミルクピッチャーを手に立っていた。


「ねえ、雪さん」

カフェオレの入れ方を尋ねた日のことを思い出す。あの日から、ほんの少し、自分の立ち位置が変わった気がしていた。


いつも通りの準備を終えたころ、ふと奥の壁に目が止まった。そこには、普段は誰も近づかない古い扉。

真鍮の取っ手と、ひときわ目を引く――鍵穴。


奏は引き寄せられるように、その取っ手に手を伸ばした。

カチリ。

……開かない。


そのときだった。

「カラン」

鈴のような、小さな“鍵の音”がした気がした。思わず振り返ると、カウンターの上にクロエが座っていた。


「まだ、その扉は開かないにゃ」


意味深な一言を残して、黒猫はふわりと姿勢を変えた。


扉の先に何があるんだろう――。そう思う間もなく、カラン、とカフェ入口のベルが鳴った。


 


現れたのは、同じ制服を着た男の子だった。けれど、見たことのない顔。少し俯きがちで、でも背筋はしゃんとしていた。

演劇部のジャージの肩口が、わずかに鞄からのぞいていた。


「いらっしゃいませ」


奏の声に、彼は小さく会釈して、静かに席へと歩いていく。

まだ慣れない接客に、奏は少しだけ息を整えた。


 


注文は、ホワイトチョコレートのムースケーキとハニーミルクラテ。

白いプレートの上、鍵の形をした小さなクッキーが添えられている。


「お待たせしました」

そう言いながら奏が皿を置くと、彼の視線がクッキーに止まる。

少し躊躇して、でも、そっと持ち上げた。


「……これ、いいね。食べちゃうの、もったいないけど」


「特別な鍵なんです」

思わずそう口にしてしまった自分に、奏は小さく笑った。


しばらく沈黙が続いた。

けれど、ふと彼がぽつりとつぶやく。


「また頑張ればいいって、みんな言ってくれるんだ。…でもさ、あの時しかなかった気がして」


奏はその言葉に、心のどこかが反応した。

そういえば自分も、似たような思いを抱えていた気がする。


「何か、あったの?」


少年は一瞬ためらって、それでも答えた。


「オーディションがあったんだ。演劇部の。外部の舞台に出られるチャンスで……台詞も全部覚えて、でも……当日、熱が出て、行けなかった。それで……結局チャンスを逃して、行けなかった自分が、ずっと責められてる気がして」


「……誰に?」


「誰っていうより、自分にかな?」


そのとき、ミルキーがふわっとやってきて、2人の間にころんと丸くなった。


「こういう場所、あるんだな」

彼は、ぽつりと言った。


それは、きっと奏自身が初めてここに来たときにも思った言葉。

だからこそ、自然に言葉が出た。


「……ここは、“また頑張らなくてもいい場所”かもしれないね」

「頑張れなくても、怒られないし、立ち止まってても許されている気がするな。

でも、……やっぱり演劇が好きなんだな、俺。この不思議空間も台本にしたいと思ったし、なんかもう一回、台本開けるかもって思った」


少年がそうつぶやいたとき、雪はカウンターの小さなランプに火を灯した。奏は少年の話を聞きながら、ランプの火に視線を移した。


彼が帰ったあと、奏はもう一度、あの鍵のある扉の前に立っていた。


じっと鍵穴を見つめていると、雪が静かに近づいてくる。


「チャンスの扉の鍵はどこにあるのかしらね」


奏は驚いて、雪を見上げた。

彼女の瞳は、遠い時間を見つめているようだった。


「……なにがあるんですか? その扉の向こうに」


「さあ、何かしらね」


そう言って、雪はにっこりと微笑んだ。

ミルクティーの甘い香りが、カウンターからふんわりと漂ってくる。


扉の前、奏の胸のなかで、小さな“何か”が鳴った気がした。


 



本日のメニュー

•スイーツ:ホワイトチョコレートのムースケーキ(鍵型クッキー付き)

•ドリンク:ハニーミルクラテ(ほんのりシナモン風味)


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


今回は“鍵”が鳴ったような気がする…そんな「気配」だけを残す回になりました。

それでも、奏のなかで何かが確かに動き出したのではないかと思います。


“チャンスを逃した”ことを責めてしまう気持ち。

“もう一度やってみようかな”と思える気持ち。

どちらも、どこかに“鍵”があるのだと思います。


これからの物語では、その鍵が少しずつ奏の手に近づいていくことでしょう。

また、静かにページを開いていただけたら嬉しいです。

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