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ねこや、放課後。  作者:
第一章
14/41

第11話 ここから卒業していいですか?

別れはさみしいけれど、背中を押したい。

この回は“送り出す側”になった奏の目線を通して、

“ねこや”が持つ、もうひとつの顔を描きました。

白い猫のぬいぐるみのキーホルダーが、制服の鞄で揺れている。

ふと風が吹いて、春のにおいがした。


今日、わたしは“見送る”側になる。



放課後の「ねこや」は、少しだけ特別な空気だった。

春は別れの季節。だからだろうか。


カラン、と扉の音がして、彼女が入ってきた。


「こんにちは。……おじゃましてもいい?」


「もちろん」


彼女は、春から大学生になる。

“ねこや”で最初に会ったときは、わたしと同じ制服を着ていた。

出会った頃、彼女は言葉少なで、カップを持つ手が震えていた。



「ねこや」に来た理由は、わたしと似ていたんだと思う。

誰にも話せない不安を抱えていて、帰りたくない場所があって、

ほんの少しだけ、誰かに寄りかかりたかった。


「わたしね、あの頃、本当に逃げるようにここに通ってたの。

居場所がないって、あんなに苦しいんだって初めて知った」


彼女の手には、あたたかい紅茶。

そして、小さなレモンケーキ。


「夢を追って、頑張っていたはずなのに、現実は全然違ってて……。怖かった。失敗したのかなって、自分が間違ってるのかなって」


声が震えた。


「それでも、“ねこや”に来ると、なにも聞かれないのに

“わたしはわたしでいい”って思える瞬間があって……それだけが救いだったの」



雪さんが、ふと厨房から顔をのぞかせた。


「ねこやにはね、秘密があるのよ。

ほんとうに必要な人にだけ、秘密の扉が開くのよ」


「秘密……?」


「それは来た人にしか、わからないのよ。

あなたもきっと、もうわかってるでしょ?」


彼女は、雪さんと目を合わせた。

ゆっくり、うなずく。



「わたし、ここから出発する。本気で夢を見たいから」


「不安じゃないの?」


「うん、まだ不安。だけど……

雪さんに言われたの。“送り出される側”も、“送り出す側”も、強くなるって」


彼女の目が潤んでいた。


「ここに、わたしを見つけてくれる誰かがいたってこと。

それだけで、次に行ける気がする」



カウンターにいたクロエが、ふと尻尾を揺らした。


「君にも、その扉、いつか開くにゃ……」



帰り際、彼女はカップを置き、わたしの方を見た。


「奏ちゃん。わたしね、あのとき言えなかったけど……

あなたが、最初に“おかえり”って言ってくれた。あれ、本当に嬉しかったの」


「……わたしも、あなたがいてくれて嬉しかった」


彼女の笑顔が、少し大人に見えた。



「じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい。またいつでも、ここで待ってるよ」

雪さんは、彼女に何かを渡したようだ。なにかは分からなかったけど、いつか、それを受け取る日が来るかもしれない。



店の扉が閉まったあと、ふと雪さんが言った。


「“ねこや”は、いろんな旅立ちを見送ってきた。

でも、不思議と、帰ってくる場所にもなれるのよ」


その言葉が、心に沁みた。



翌朝。

わたしは制服に袖を通し、鞄に目をやった。


そこには、あの白い猫のキーホルダーが揺れていた。


今日も、ちゃんと前を向いて歩けそうな気がする。


本日のメニュー


・旅立ちの紅茶

・あたたかいレモンケーキ


扉は、気づいたときには目の前にあるのかもしれません。

「ねこや」は、そんな扉をそっと開けてくれる場所。

次の誰かが、その扉に出会えますように。


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