第10話 あのときわたしが言えなかったこと
友達と、すれ違ったまま離れてしまったことってありますか?
このお話は、そんな「伝えられなかった気持ち」にもう一度向き合う、小さな再会の物語です。
伝えられなかった「ごめん」や「さびしかった」。
それでも、少しだけ勇気を出したら、届くこともあるかもしれない。
今回も『ねこや』で、あたたかなひとときを。
朝の光に照らされて、鞄の横で白いキーホルダーが小さく揺れていた。
小さな猫のぬいぐるみ。ねこやでもらった「お守り」。
それをつけて歩く朝は、少しだけ世界がちがって見えた。
「……行ってきます」
誰にともなくそう呟いて、私はいつもより少しだけ軽い足取りで家を出た。
***
「ねえ、奏ちゃん……ちょっとだけ、話せないかな」
放課後、下駄箱の前で呼び止められた。
顔を上げると、そこにいたのは――かつての友達だった子。
私から離れていった、あのとき黙って背を向けた子。
私は驚きと戸惑いで一瞬固まった。
だけど、その表情がどこか不安げで、必死で、私はただうなずいていた。
***
ふたりで並んで「ねこや」へと歩く道は、気まずさと少しの懐かしさが入り混じって、なんともいえない空気が漂っていた。
「なに?ここ……猫カフェ?こんなのあった?」
「うん。入ろ」
ドアを開けると、甘く優しい香りが迎えてくれた。
そして、白と茶のふわふわの塊が、足元にふにゃりとすり寄ってくる。
「この子寄ってきてくれるの?……かわいい」
「ミルキーだよ。今日の看板猫」
私たちが席につくと、ミルキーはふたりのあいだでくるっと丸くなった。
まるで空気を和らげるように、ぽすんと居座る。
「……ありがとう」
ぽつりと彼女が言った。
「え?」
「いま、こうして話してくれて。ずっと、話さなきゃって思ってた。
でも、怖くて……ずっと、言えなかった」
彼女の声は震えていた。
指先も、膝の上でぎゅっと握りしめられていた。
「……あのとき、私、何も言えなかった。主犯の子たちに何か言ったら、自分がどうなるかわからなくて。ほんとは、奏ちゃんがあんな風になっていくの、怖くなるくらい見てたのに、見ないふりをした」
私は、その言葉を静かに受け止める。
怒りはもう消えていたけれど、何も感じないわけじゃなかった。
「……見てたんだね。わたしが、教室で、どうなってたか」
「うん……。最初は気づかないふりしてたけど、あるとき、目が合って。すごく寂しそうで……でも、私は、目をそらした」
彼女は涙ぐんでいた。
その涙が、少しずつ、当時の私の寂しさと重なっていく。
「わたしね、ひとりになるって、こういうことなんだって、あのとき初めて知った。
声も、視線も、存在も、まるでないみたいに消えてくの。……泣きたくても、泣けなかった」
「奏ちゃん……」
「でも……ありがとう」
私はグラスの水を見つめながら、静かに言葉を続けた。
「今日、こうして話せて、ちょっとだけ気が済んだ。……全部は、すぐに許せないけど、でも、今、こうしてくれたのは、うれしかった」
彼女の目から、一粒、涙がこぼれ落ちた。
「……ありがとう。奏ちゃん。本当にごめんなさい」
その声に、私はすこし笑った。
***
そこへ、雪さんがそっと現れて、やさしくテーブルにグラスを置いた。
「はい。今日はちょっと特別な一杯。
“溶けないソーダゼリー”。甘さの中に、すこしだけしょっぱい後味が隠れてるかも」
その言葉に、ふたりで思わず笑ってしまった。
グラスの中で、青いゼリーがゆらゆら揺れていた。
星のかたちの寒天が、きらきらと光っている。
「……きれい」
「うん。なんか、涼しくなるね」
ミルキーが、ふたりの手のあいだでころんと寝返りをうつ。
そのぬくもりが、空気をやわらかくする。
「あはは、ミルキー、ヘソ天になっちゃったよ」
「ふふ。ほんとに可愛いね。ねぇ奏ちゃん。また、話してもいいかな?」
「……うん。私も、また話したい」
「あしたも学校で」
「うん、あしたも」
ほんの短い言葉だったけど、それは昔の自分たちへの小さな返事のようだった。
***
家に帰る途中、私のカバンにつけた白い猫が揺れている。
いま、あの子と少しだけ心が重なった気がする。
私は、ちゃんと寂しかったって言えたし、あの子も、あのときの怖さを打ち明けてくれた。
どちらも間違ってた。どちらも傷ついてた。
でも、こうしてまた話せた。
ありがとう――
やっと、心のなかで、その言葉がすとんと落ちた気がした。
そして、明日また会えたら、少しだけ違う笑顔で話せるかもしれない。
白いキーホルダーが、夕焼けに小さく光っていた。
読んでくださって、ありがとうございます。
傷つけた側にも、守れなかった痛みがあります。
傷ついた側にも、言えなかった寂しさがあります。
どちらが悪い、だけじゃない関係。
でも、ひとつの言葉や行動で、また少しずつ変わっていける。
そんな再会の可能性を、ミルキーがそっと間に入って繋いでくれました。




