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ねこや、放課後。  作者:
第一章
12/41

番外編3 白いお守り

今回は『ねこや、放課後。』のちょっとだけ特別な番外編です。


主人公・奏が、まだ自分の中の“芯”を探している途中で出会ったある大人。

それは多くを語らないけれど、どこか優しさと強さを持った人でした。


ひとつの言葉、ひとつの贈りもの。

それが、誰かの“居場所”になるかもしれない。


そんな静かな時間を、感じてもらえたらうれしいです。

扉を開けると、ほのかにシナモンの香りとコーヒーの香ばしさが混じった空気がふわりと包んでくる。

 放課後の「ねこや」は、いつもと変わらず静かで、優しい。


 カウンターには、見慣れない人がいた。

 黒いシャツ、ノートPCを開きながらコーヒーを飲んでいる。椅子にジャケットをかけている。


 大人の男の人。雰囲気は優しそう?


 店内にはジャズが流れている。柔らかくて、ちょっとだけ切ない音。

 私はそのまま何も言わず、窓際の奥の席に座った。


 (今日は、雪さんいないのかな……)


 そう思っていたら、裏の方から扉が開いて、ベージュのエプロン姿の雪さんが現れた。


「おかえり、奏ちゃん」


 いつもの声。それだけで、どこか胸がほっとする。


「今日も、カフェオレでいい?」


「……はい」


 雪さんがカウンターに近づくと、例の男性と軽く言葉を交わす。

 そのやりとりは耳には届かなかったけれど、どこか懐かしい空気を纏っていて、私は自然と目を向けた。


 彼がふと、こっちを見た。


「この子ね、最近ちょっと手伝ってくれてるの」


 雪さんがそう言うと、男性は優しく目を細めて、


「そうか。…ここはもう、君の居場所になったのかな」


 その言葉に、私は少しだけまばたきをした。


 “居場所”


 それは、簡単に見つかるようで、簡単には手に入らないもの。ここがそうかどうか、私はまだ答えを出せないけれど——


 ほどなくして、私の前にカフェオレが運ばれてきた。

 ほんのりとミルクの香りと、ふんわりした泡。あたたかくて、ほっとする味。


 彼は黙々と仕事をしていたけれど、不思議と空気が柔らかかった。


 やがて、彼は立ち上がってジャケットを羽織り、出口へと向かった。


 その途中で、ふと私の前に立ち止まる。


「……あげるよ」


 そう言って、ポケットから小さなものを取り出す。


「君だけのお守り」


 手のひらに乗せられたのは、白い猫のぬいぐるみのキーホルダーだった。

 小さな刺繍の瞳に、ふわっとした毛並み。

 ほんの少し首をかしげたような姿が、どこか人懐っこい。


「……え?」


「こいつが君をひとりにしないよ」


 そう言って、彼は静かに笑った。


 私はそれを両手で受け取り、ただ、うなずいた。


 言葉にしようとしたけれど、胸の奥に何かがふわっと広がって、

 うまく声にならなかった。


 扉が開いて、夕暮れの風がひゅうと吹き込む。


 その背中を、カウンターの中から雪さんが見送っていた。


「やっぱり……いいな。ここは」


 そう呟いて、彼は出て行った。


 店の中には、再び静かな音楽とランプの光が戻る。

 私は、もらったばかりのキーホルダーをじっと見つめた。


 まっ白な猫。

 ミルキーみたいでかわいい。


「……あの人、前にここにいたの?」


 思わずこぼした私の問いに、近くの椅子でまどろむクロエがゆっくりと首をあげる。


「にゃ。あの人は、ねこやを一緒に作ったのにゃ」


「……え?」


「君にも、“はじまり”になれる日がくるにゃ」


 ぼそりと、それだけ言って、また目を閉じた。


 私はまた、キーホルダーを見た。

 その表情は、なんだか私のことを見て、微笑んでいるみたいだった。


 ——その夜、私はそれを机の引き出しではなく、いつものカバンにつけた。


 そして翌朝。

 制服を着て、キーホルダーをひと撫でしてから、玄関を出る。


 外の空気はまだひんやりとしていたけれど、

 心のどこかに、小さなあたたかさを抱えていた。


 きっとまだ、私はなにもできない。

 でも、なにかをもらった気がした。


 それだけで、少しだけ前を向けた気がする朝だった。

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