月を盗んだ少女
その怪しい壺に出会ったのは、あるリサイクルショップに入ったときのことだった。
母の付き添いで入ったリサイクルショップは少し退屈で、わたしは気ままに店内をうろついていた。
その壺は、埃っぽい店の隅っこの、大きな写真立ての影に隠れるようにあった。
胴体が大きく、口がすぼまった、花瓶でよく見る壺だった。
わたしは何故かそれがとても気になって、母にねだって買ってもらった。
部屋に置いても、部屋のインテリアと統一感がなくて、なんかしっくりこない。
でも見れば見るほど、わたしはその壺の魅力に囚われていた。
ある日、壺の中を覗くと、昼なのに月が見えた。
驚いて、辺りを見渡す。
日光が部屋に差し込んで、柔らかく辺りを照らしている。
でも壺の中にあるのは、月なのだ。
夜を照らす冷たい光は、まさに月そのものだった。
わたしは好奇心に駆られ、壺の中の月を触った。そしたら、吸い込まれるように、月がわたしの中に入っていった。
まるで旅人が歩いている道を照らすかのように。
わたしの身体を光が巡った。
わたしは月と一つになり、共鳴した。
いつでも月と一緒だと思えば、わたしは無敵だった。
冷たい光が、わたしの中の冷たさを照らしてくれた気がした。
どんなことにも立ち向かえたし(例えば親との喧嘩とか)、頭だって冴えていた。
夜空に月はあるが、わたしにもまた、月があるのだ。
そう思うと、心から満ち足りた。
月の力が弱まっているというニュースを耳にした。月の満ち欠けがどんどん短くなっていると、それによる影響をニュースキャスターが深刻な顔で話していた。
潮の満ち引きが狂い、夜が浅くなったと、ニュースの専門家がしたり顔で言う。
わたしは不安になった。
もしかして、わたしのせい?
でも誰にも相談出来ない。
わたしは心の中の月に問いかけた。
あなたはどこにいたい?
ふと、部屋に置いてある壺を見る。
そうだよね。
わたしは苦笑した。
欠けている身体が満ちていくようだった。
空に浮かぶ月。
わたしの心にある月。
水面に浮かぶ月。
それは多分、ある意味では一緒なのだ。
わたしは手のひらを胸に当てた。
やらなきゃならないことがあるよね。
胸から月を出す。
そして壺の中に月をそっと差し入れた。
壺は模様を描くように七色に光り、やがて静まった。
月はそうして、月の力を取り戻した。
わたしは、月に満ちていた自分の身体を名残惜しく思う。
今を、欠けていると感じてしまう。
でもいつかきっと、欠けた部分を埋める何かが現れるだろう。
あの日出会った、壺のように、運命的な何かがわたしを導くと信じている。
わたしは夜空を見上げた。
月が光輪を差して、輝いている。わたしの心も、照らすように。