表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/101

第88話 「ニホンでは、物に神の力が宿るって」


カツコツ…


逃げ出すように児童コーナーを後にしたファムは、一人とぼとぼと歩いていた。


「リールの馬鹿・・・ばか・・・」


あの絵本は、ファムがリールと出会った日の・・・思い出の一冊。

きっとリールにとっても思い出深いはずで・・・2人が仲良くなるきっかけになる・・・そう思っていたのに。

でも、そんな思い入れを持っていたのは自分だけで、リールにとっては子供向けの幼稚な一冊・・・また空回りしてしまった。


(・・・きっと、馬鹿なのは私の方だ)


すっかり沈み込んだ自身の気持ちを写すかのように、薄暗い館内は暗さを増して・・・

いや、案内をしているうちに随分と時間が経っていたのか、館内はすっかり暗くなってきていた。


(・・・もう閉館の時間?)


いつもなら、暗くなる前に職員が館内に残っている客に退出を促して回るはずなのだが・・・

館長の娘であるファムに気を使ったのか、児童コーナーの方には誰も来ていなかった。

それとない職員達の気遣いには感謝をしつつ、ファムは後ろを振り返る。


「・・・」


もしナデシコとリールがまだ館内に残っているようなら、退出を促すのは自分の役目・・・のはずだ。

職員も『ファムがいるから』と見過ごしてくれているわけで・・・

けれど逃げ出してきた手前、今あの2人の元へ向かうのは・・・すごく気まずいものがあった。


「・・・どうしよう」


誰もいない図書館の廊下に、ファムの呟き声が虚しく反響する。

リールと友達になる・・・そう意気込んで今日この日を迎えたはずなのに、今は顔を合わせるのが怖い。

なんだか、もっと距離が遠くなった気分だ。


「・・・はぁ」


それでも行くべき、行って謝るべき・・・そう思って数歩進み。

そんな素直に謝れるわけない、下手な事はしない方が良い・・・そう考え数歩戻る。


同じ場所を何度も往復するばかり・・・

そんな彼女の元に、黒い霧のような何かがゆっくりと這い寄って来ていたが・・・


リールの事で頭がいっぱいとなっているファムは、それに気付く事はなかった。


「え・・・何?」


気付いた時にはもう遅く、黒い何かは幾重にも編み込んだ籠のようにファムの周囲を取り囲み、覆っていた。


「・・・っ!!」


身体に纏わりついてくる黒い霧は、振り払おうとしても手応えがない。


「なんなの?・・・やだ・・・やだっ」


そうしているうちに、まるで魔力を使い切ったかのような脱力感がファムを襲った。


(まさか『これ』に・・・魔力を吸い取られて・・・)


それに気付いた所で、ファムにはどうにも出来なかった。

今や彼女の全身を覆いつくした黒い霧から、逃れる術が見つからない。

全身の感覚が薄れて・・・意識も遠退いていく・・・


よろけるように床に膝をつき、そのまま倒れ込む。

ピクリとも動かなくなった彼女の身体に染み込むかのようにして、その全身の黒い霧が薄らいでいく。

そして・・・


「ふ・・・なかなかの賭けではあったが・・・うまくいったか」


ゆらりと立ち上がったファムは、ニヤリと笑みを浮かべると・・・スッと片手を伸ばした。


ガシャン…


ガラスの割れる音・・・禁書が収められていたケースの中から一冊の古書が宙に浮かぶ。


ファムの広げた掌に引き寄せられるかのように収まったその本は、先程の霧のように真っ黒な表紙に覆われていた。


「・・・」


ファムはまるで初めて図書館に訪れたかのような、物珍しそうな顔で周囲を見回すと、再びその身体から黒い霧が立ち上った。

空中で幾条かに分かれた黒い霧は、広い館内を蛇のように這いまわる・・・

やがて、そのうちの一本が『獲物』を見つけて・・・





「「!?」」


フラッシュを炊いたカメラのような閃光と共に、私は普通の時間感覚を取り戻した。

とは言っても、すぐに動けるわけでもなく・・・私は鞄を盾にした姿勢のまま、しばらく無心で固まっていたんだけど。

とりあえず視界内に黒い何かの姿はもうなく・・・アレが鞄に当たったような手応えはあったんだけど、鞄には傷1つついていなかった。


「ナデシコ・・・今のって?・・・」


驚いた表情を浮かべたまま、リールが聞いて来るけど・・・私にも何が何だかさっぱりだ。

たぶん彼女と同じような顔で・・・私は首を振って応える事しか出来なかった。


「それ王立学園の鞄よね・・・護りの魔法でもかかっていたのかしら?」

「・・・そう、かも知れない・・・」


そんな話、私は聞いた事ないけど・・・

鞄は暗闇の中でうっすらと、夜光塗料くらいの光を放っていて・・・あれ・・・光ってるのは鞄じゃなくて、中身の方だ。

なんだろう・・・ゴソゴソと鞄の中身を探ってみると、光っていたのは文庫サイズの・・・あ、この前借りたラノベだ。


「え・・・なにこれ」


鞄の中から取り出すと、ラノベは次第にその光を失って・・・ただの本に戻ったように見える。

いや、私の知る限り正真正銘ただの本のはずなんだけど・・・

普通に日本で発行された物だよね? 奥付にも出版社とか書いてあるし。


「これって・・・いったい・・・」


ペラペラとページをめくって確かめてみるけど、特に変わった様子もない。

でも状況からして、この本が何か不思議な力で私達を守ってくれたようにしか・・・


「あ・・・ひょっとして・・・」


ひたすら首を傾げていると、何かに思い当たったらしいリールが呟いた。


「本で読んだ事がある・・・ニホンでは、物に神の力が宿るって・・・ニホン人のナデシコが扱ったから?」

「えっ、いや・・・そんな・・・」


付喪神、だっけ・・・たしかにそういう言い伝えはあった気がするけど・・・

あれって、もっとこう・・・長い年月をかけたやつじゃなかったっけ?


「こ、これが大和撫子の力・・・すごい」

「ち、ちが・・・」


もしこれが付喪神なら、愛読書として大事に扱ってきたリールの方に由来すると思うんだけどっ・・・だけどっ。

リールはキラキラした目で私を・・・やめて、そんな目で見ないで。


「そ、それより・・・あの黒いのは・・・いったい」


なんとか話題を変えて、羨望の眼差しから逃れる。

そう・・・今気にするべきは、あの黒い霧みたいなやつの方だよ。

なんとか助かったけど、すごく怖かった・・・思い出しただけで身体が震える。


「私にもわからない・・・けど・・・」


わからない・・・そう言いつつも、リールには何か思い当たる節があるようで・・・

私は黙ってその続きを待った。


「あれが来た方向には・・・禁書コーナーが・・・だから、もしかして・・・」

「・・・」


・・・あそこの禁書が原因?

たしか、もう魔力の残っていない安全なやつしか置いていないはずなんじゃ・・・

いや、何かの手違いで危険なのが紛れ込んでたのかも知れない。


「とりあえず、今はここを離れよう・・・」

「・・・うん」


それは賛成だ、こんな場所にはいられない。

一旦図書館の外に出て・・・誰か、王宮の人に・・・自然とローゼリア様の顔が浮かんだ。

ローゼリア様ならきっと助けてくれる・・・そう思いながら、私は一歩足を踏み出し・・・


「・・・どこへ行くつもりかな?」


暗闇の中から声がした。

それは聞き覚えのある、可愛らしい少女の声で・・・

けれど、何か・・・私が知っているそれと雰囲気が違っていた。



「・・・ファム? 戻ってきたのね」


暗闇から姿を現したのは、ファムだった。

さっきはギクシャクしてたけど、今は非常事態・・・心配そうに駆け寄るリールだったけど。


「ほう、この身体はファムというのか・・・情報の提供に感謝する」

「え・・・?!」


妙に落ち着いた表情で、ファムが口にしたのは、何も会話になっていない言葉。

そこでリールも気付いたみたいだ。

今私達の目の前にいるファムの姿をした少女から感じる、この違和感に。


「ファムじゃない・・・だ、誰?!」

「・・・お前達には知る必要のない事だ」


ファムの姿をした何かは冷たく言い放つと、その指先から黒い何かを・・・さっきの黒い霧だ!


「あ、危ない!」


考える前に身体が動いていた。

リールに向かって真っすぐ伸びて来る黒い霧に割り込むようにして、手に持った文庫本をかざす。

付喪神かどうか知らないけど、お前を今まで大事に読んできたのはこのリールだよ・・・どうか守ってあげて・・・


「っ・・・?!」


そんな私の祈りが届いたのか、文庫本はもう一度光を放ち・・・迫りくる黒い霧を弾き飛ばした。

それを見たファムの目が驚愕に見開かれ・・・しかし次の瞬間にはその表情は笑みへと変わっていた。


「そうか、この時代にも魔本の使い手がいたか・・・」

「「??」」


魔本・・・聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべる私達に・・・

ファムの姿をしたそいつは、手に持った黒い本を見せつけるように掲げ持った。

知らない本だけど、禁書コーナーにあった気がする・・・その本を見た瞬間に背筋がぞくりとざわついた。


「魔本の力は本との絆がものを言う・・・」


本から湧き出すように黒い霧が染み出し・・・いくつもの蛇となって襲い掛かってきた。


「・・・故に私は、私自身の生涯をこの本に綴り、私にしか読めぬ符号を仕込んだ!」


なんかすごく自慢げに語ってるのはわかるけど、こっちはそれどころじゃない。

次々と迫ってくる黒い蛇を、文庫本で叩き落すようにして防ぐ・・・防ぐ・・・とにかく防ぐ。

ひとつでも打ち漏らしたら、ただでは済まない・・・そんな恐怖がひしひしと感じられた。


「見た所、その小さな本にはたいした絆は感じられぬ・・・年月で衰えたとはいえ、私に敵うはずもなし!」


なんと言うか・・・そいつは遊んでいるように感じられた。

魔本、とかいう・・・この本を使った戦いを楽しんでいるんだ。

得意げに語るその講釈を聞かせる為に、わざとギリギリで手加減してると言うか・・・じゃなきゃ運動神経のない私がこんなに持ちこたえられるわけがない。


「リール、さっきからあいつ何を言ってるの?!」

「え・・・よ、よくわからないけど・・・」


上級者による初心者相手の舐めプ・・・対戦ゲームでたまにあるやつだ。

なら・・・得意げに語るあれは、ある種の攻略法や、定石。

それらを私の代わりにしっかり聞いてくれていたリールは、的確に要約してくれた。


「本との絆が・・・強い方が勝つ、みたいな事を・・・」

「ホントの・・・絆?」

「あと、その小さい本じゃ勝てない、とか・・・」

「大きい本・・・」


魔本・・・ホントの絆・・・大きい本。


私の中で、それらに該当する一冊の本が思い浮かんだ。


「こ・・・このっ!」

「ナデシコ?!」


次の瞬間・・・私は黒霧の方へと文庫本を投げつけると同時に、目的の本棚に飛びついた。

目指す本はすぐ近くに・・・この児童コーナーにある。


「ふ・・・勝てぬとみて勝負を捨てたか・・・さもありなん」

「お、重・・・」


勝ち誇って余裕の笑みを見せるファム?を背に、絵本に手をかける・・・けど、重くて持ち上がらない。


「リ・・・リール、手伝って」

「え・・・この本って・・・」

「は、はやく」

「う、うん・・・」


2人がかりでなんとか持ち上げた巨大な絵本。

それは魔法が込められていて、ここのどの本よりも大きくて・・・

そして、何よりも・・・


「せ、せーの・・・えいっ」


リールと2人で本の両端を持って、絵本のページを開く。


大きく開いた絵本の中から、眩い光が溢れ出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ