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第86話 「そんなの子供騙しだから!」


淡い色合いのカーテンから、ふんわりと陽光が差し込んで来る。

薄暗い図書館の中で、そこだけが光に溢れていた。


パステルカラーの壁紙、足元はふわもこな絨毯。

白く縁どられた小振りの出窓では、ぬいぐるみ達が日向ぼっこしている。

奥の方に見える天蓋付きのベッドはお昼寝用か。


立ち並ぶ本棚の背が低いからだろうか、開放的な空間で広く感じられる。

子供向けの部屋としては、よく出来た環境に見える・・・肝心の子供の姿が見られないけれど。


「・・・」


王立図書館の児童コーナーは、親しみやすそうな外見とは裏腹に閑散としていた。

まぁ・・・さすがに平日の夕方だから、それは仕方のない事かも知れない。

きっと休日ともなれば、多くの子供達で賑わうんだろうけど・・・今は、ちょっと寂しい雰囲気だ。


「・・・ここは案内しなくても良いんじゃない?」


ファムにジト目を向けながら、リールが気だるげな声を上げた。

その視線を私の方に泳がせて・・・子供向けを案内するような相手じゃない・・・そう言いたいのが充分に見て取れる。

確かに、それはそう・・・実年齢よりも下に見られがちな私ではあるけど、さすがにそこまでじゃない。


「な、何を言ってるんですの!・・・こ、ここも図書館の一部なんだから、ひと通り案内を・・・」


しかしそんなリールに対して、ファムは抵抗の意思を見せた。

でもその言い分もちょっと厳しい・・・それは本人もわかっているようで、主張する声も尻切れになっていく。


「いや一目見れば充分でしょ? ナデシコも、ここは別に良いよね?」

「え・・・ええと・・・」

「うぅ・・・」


あっ・・・なんかこっちに助けを求める目を向けてきた。

ひょっとして、ここに何かあるのかな?

私の本来の目的を思い出す・・・それはファムとリールの仲を取り持つ事だ。


「こ、この国の絵本に・・・興味ある、かも・・・」

「そ、そうよね! ほら案内しないと!」

「ええぇ・・・」


わざとらしさを隠し切れない私の返答に、ファムがぱっと顔を輝かせた。

対してリールの方はあんまり乗り気ではない様子。

対照的な2人の反応に、ちょっと嫌な予感を覚える・・・大丈夫かなぁ。


「とっておきの絵本をお見せしますわ!」


そう言ってファムは小走りに駆け出していくと・・・大きな絵本を抱えて戻ってきた。

本当に大きな絵本だ・・・私の身長の半分くらい・・・いや、もっとかも。

厚みもそれなりにあって・・・小さな子供が読むには厳しいんじゃないかな、物理的な意味で。


それはファムにしても言える話で、テーブルいっぱいに絵本を広げるその姿は危なっかしく見える。

これはさすがに、手伝った方が良いような。

そう思って横から支えようとしたら・・・怒られてしまった。


「ネデシコさんはお客様だから、そこに座っててくださいまし!」

「あっ、はい・・・」

「・・・」


お怒りのファムに逆らえず・・・私はなすがまま・・・絵本の真正面に座らされてしまった。

リールはちょっと離れた場所から、それを呆れたような顔で見ているだけだ。

ファムは危なっかしい手つきで大きな表紙をめくると、ササっとテーブルの反対側に移動した。


「・・・おお」


大きな絵本の1ページ目には、花いっぱいの風景が描かれていた。

小高い丘を覆う色とりどりの花と、その丘の向こうに大きな風車が淡い色合いで描かれている。

さすがの大きさだけあって大迫力・・・絵本と言うよりも、絵画を見せられたような気分になった、そこへ・・・


「『この物語の始まりは、枯れる事のない花の咲く丘・・・今日も花の妖精たちが楽しく暮らしています』」

「・・・えっ」


突然始まったファムの朗読・・・それは子供達に聞かせるかのように優しく丁寧な絵本の読み聞かせ。

内容を暗記しているのか、文字も逆に見える反対側からでも読み間違える事なく・・・流れるように流暢に。

けれど、私が驚いたのはそこじゃなかった。


「こ、これ・・・絵本が・・・」


絵本の中の花畑が、まるでそこから生えたかのように飛び出してきた。

花々は列をなして、手前側から順番にぴょこん、ぴょこんと・・・その動きはちょっとコミカルで可愛らしい。

最後に丘の上の風車がググっと力強く立ち上がると、その羽根をくるくると回し始める。


「ふふ・・・仕掛け絵本は初めてかしら? 良い反応ですの」

「仕掛け・・・絵本・・・」


いや、仕掛け絵本って・・・

本の中で紙が折り込まれてて立体的に見えたり、窓みたく穴が空いてたりするやつの事だよね?

こんな・・・立体映像みたいなのは・・・やっぱり魔法なのかな。


「『・・・ある日タンポポの妖精は言いました「ボクと一緒に綿毛に乗って旅に出ようよ」』」

「・・・は、はわっ」


魔法による映像とわかっていても、つい顔を庇ってしまう。

本の中から溢れるかのように舞い上がるたくさんの綿毛・・・よく見ると妖精たちが乗っているのが見える。

はしゃいでる元気な子もいれば、怖がって綿毛に必死にしがみついてる子もいた。


「『やがて地平線の向こうにキラキラと光る水面が見えてきました、海です』」


ページをめくる度に舞台を変えながら、立体映像と共に物語が進んでいく。

絵本自体が大きいのもあって没入感がすごい、まるで絵本の世界に入り込んだかのよう。

子供向けの絵本・・・らしいけど、これは普通に大人だって楽しめると思う。


「・・・」

「リールさんもそんな所で見てないで、こ・・・こっちにいらしたら?」

「私は良いよ・・・それ内容知ってるし」

「む・・・」


リールの素っ気ない反応に、ファムが不満気な顔を見せる。

けれどそんな事を言いながらも、リールの視線は終始絵本に向いていた。

一見して興味なさそうな態度をしつつも、内心では結構気になってるのかも知れない。


「『「あ、この景色・・・見た事がある」それもそのはず、そこは妖精たちが最初にいた花の咲く丘・・・綿毛は世界を一周して帰ってきたのです』」


やがて妖精たちの世界を巡る旅が終わり、物語が幕を閉じた。

そんなに長いお話ではないけれど、妖精たちと一緒にたっぷり世界を旅した気分になれる、そんな絵本だった。


「おしまい・・・ど、どうだったかしら?」

「うん、すごく面白かった・・・ね、リール」


恥ずかしがりながら感想を求めるファムに、ごくシンプルに答える・・・我ながら語彙力がなくて申し訳ない。

結局最後までしっかり見てたリールにも同意を求めたんだけど・・・


「う、うん・・・いや、そんなの子供騙しだから!」

「な・・・なんですって!」


リールは一瞬同意しかけたものの、すぐに手のひらを返してきた。


「魔法で見た目を誤魔化してるだけで、話の内容なんてスッカスカじゃない!」

「ちょ・・・リール?!」

「妖精たちも似たり寄ったりで区別がつかないし、たまたま一周して最初の場所に戻るとか都合が良すぎるわ」


リールはその勢いのままに辛辣な批判を次々と・・・確かに言ってる事は間違ってはいない。

間違ってないけど・・・ちょっと言い過ぎなんじゃ。

別に文学作品じゃないんだから、そんな事言わなくても・・・


「フン、所詮は子供向けの絵本よ・・・ま、お子様のファムにはちょうど良いんじゃない」

「う・・・うぅ・・・」

「あっ・・・」


やっぱりというか・・・ファムは顔を真っ赤にして、その瞳にじんわりと光るものが・・・

しかしリールの方は気付いていないみたいで、更なる追い打ちを・・・


「リール・・・そ、その辺で・・・やめ・・・」

「だいたいそんな大きな絵本、置く場所が勿体な・・・」

「リールの馬鹿っ!」


止めようとしたけど・・・残念ながら間に合わなかった。

とうとう耐えられなくなったファムがリールの頬を引っ叩くと、駆け出して行ってしまった。


「・・・」


走り去っていくその小さな背中を追う事もなく・・・

何が起こったのかすら、わからないような顔で・・・リールは呆然と立ち尽くしていた。



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