第85話 「本に呪われちゃう~」
「ようこそ、王立図書館へ!」
「いらっしゃいませ、王立図書館へようこそ・・・」
その日、図書館に来た私を出迎えたのは、異なるテンションの2つの声。
元気いっぱいに声を張り上げたのは、図書館長の娘であるファムだ。
今日はいつもと違ってフリルもレースもない地味な服装・・・図書館職員の制服に近い。
頭のリボンだけはいつも通り、ファムの動きに合わせて揺れ動き、その存在感を主張していた。
それとは対照的に落ち着いた・・・と言うか、機械的とも言うべき硬い喋り方をしてきたのはリールだった。
なんか普段の印象とだいぶ違う・・・服装もメイドさんのようなエプロンドレス姿。
背筋をぴんと伸ばして、表情も硬く作られた無表情・・・その雰囲気、なんとなく覚えが・・・
「あ・・・ひょっとして・・・『ハキハキ』の・・・」
「さすがナデシコ! 気付いてくれると思ったわ!」
私が『元ネタ』に気付くと、人形のような無表情が一瞬にして喜色に染まった。
そうだ、先日借りたラノベ『ハキハキ』に登場する図書館の受付をやっている無表情メイドだ。
そういえば髪型もリールと同じでぱっつん・・・もしかして好きなキャラなのかな、意識しているのかな。
ええと・・・名前はなんだっけ・・・地味なキャラだから、あんまり記憶に残って・・・そうだ、ミューだ。
「ミュー・・・好きなの?」
「あー、別にそこまで好きでもないんだけど、私が扮するならミューかなって・・・さすがにビブリーヌお嬢様だとイメージが違い過ぎると言うか」
「ああ・・・」
リールなりに、キャラのイメージを守ろうとしているのか。
まるでコスプレイヤーみたいな拘り・・・たしかにリールの身長や体形は、主人公の公爵令嬢の印象とは違う。
主人公ビブリーヌは美人で、スラっと背が高くて・・・例えるなら、そう・・・
「・・・ローゼリア様とか」
「それ!イメージぴったり!」
解釈が一致して盛り上がる私達・・・その背後から、じりじりとした視線が・・・
「・・・いつまで無駄話をしているんですの? 今日は図書館の案内をするのではなくて?」
「「あっ・・・」」
ファムの指摘に、私達2人は同じ反応を返してしまった。
それを見て、ファムの目じりが更に吊り上がる・・・まずい。
ついつい今日の目的を忘れてしまう所だった。
「案内、お願いします・・・」
「うんうん・・・まずは受付からよ・・・ほ、ほらリールさんも・・・」
「わかってるって・・・受付カウンターは、左から本の貸出、返却、その他、となっています」
今日の目的・・・表向きはファムとリールによる、私への図書館案内・・・って事になってるんだけど。
「ファムがリールと仲良くなるためのきっかけ作り」として私が発案したものだ。
2人で共通の目標を持つ事で、自ずと助け合い信頼関係が育まれる・・・我ながら完璧な作戦に思えた。
しかし・・・
「リールさん、『その他』ってなんですの?!」
「ええー、『その他』は『その他』でしょう?」
「あそこは『書庫の本についての問い合わせ、および各種ご相談受付』です!」
「・・・別に『その他』で良いじゃない」
「・・・」
さっそく2人の間に不穏な空気が。
館長の娘だけあって正式な、図書館側から見た案内をするファムと、利用者側の目線で案内をするリール。
互いに足りない所を補い合うような形になるんじゃないか・・・そう思っていたんだけど・・・その考えは甘かった。
「こちらは歴史コーナーですの、主に王国史についての本が置かれてますわ」
「・・・開館と同時にここを駆け抜けるのが閲覧席確保の必勝法よ」
「駆け抜けないでください!もうっ・・・今度から見張らないと」
「ふっふっふ・・・そこ以外にもルートはあるんだけどね~」
「リールさん!」
「け、喧嘩はしないで・・・な、仲良く・・・」
あわてて間に割って入った・・・このままでは争いが発生しそうだ。
素直になれないファムも問題だけど、リールもリールで・・・わざとファムを挑発するような事を言ってるんじゃないかって気がする。
こんなんじゃ、2人を仲良くさせるなんて無理・・・そう諦めかけていると・・・
「そこの棚の空いてる所は、よく返却棚代わりに読み終わった本を置いてく人がいるから・・・探してる本がない時はそこを確認すると良いわ」
「えっ・・・そんな事をする人がいたの?・・・知りませんでしたわ」
「まぁ、私が見掛けたら戻すようにしてるからね」
「・・・あ、ありがとう・・・ございます」
お・・・今のはちょっと良いんじゃないかな。
ファムが顔を逸らしつつも、素直にお礼を言ってる。
うんうん、私が期待してたのはこういう流れだよ。
「て、天井のあの部分は通気口よ」
そっぽを向いた角度にちょうど通気口が見えたらしく、そのままファムは説明してくれた。
「1日2回、風の魔法を使って図書館の空気を入れ替えていますの」
「図書館の中なのに風を感じた事があったけど・・・気のせいじゃなかったんだ」
「ふふん、風の魔法は私も手伝った事があるのよ」
「「おお」」
これには私だけじゃなく、リールも感嘆の声をあげた。
図書館が涼しいのも、その風の魔法がエアコンのように機能してるのかな。
けどこの広い図書館の空気を入れ替えるとなると、結構大きな魔法なんじゃないだろうか。
「ファム、すごい・・・」
「・・・うん」
正直私も、これまでは子供のお手伝いレベルだと思ってたよ。
図書館の手伝いにも色々あるだろうけど、思った以上にファムはちゃんと手伝ってるみたいだ。
「い、いずれは私がここの館長を継ぐのだから、当然の嗜みかしら」
照れ隠しにそう嘯くけれど、『館長の娘』という肩書も伊達じゃない感じがする。
・・・さすがにそれは何十年も先の話だとは思うけど。
「り、リールさんも・・・その、し、司書になりたいのなら・・・わ、わた」
おお・・・ここで館長を継ぐ意志を見せた上で、司書に憧れるリールを口説くつもりか。
・・・なんか、ひっくり返りそうな声になってるけど。
いや大丈夫、きっといける・・・ファム、がんばれ。
「私と・・・お、おと」
「そうね、負けないわ」
「え・・・」
振り返ると、リールの瞳がメラメラと・・・闘志がみなぎってる?!
「正直侮ってたわ、所詮遊び半分のお嬢様だって・・・」
「・・・り、リール?」
「ここからは私も本気の本気で案内するわ、ナデシコ、着いてきて」
「えええぇ・・・」
どうやら、リールの対抗意識に火をつけてしまったようで・・・
すっかり気合の入ったリールは、図書館の隅から隅まで徹底的に案内してくれて・・・
いや、別にそこまでしなくても・・・
「次はトイレよ! 手前のトイレはわかりやすいけど混みやすい・・・奥のトイレの方が空いていて綺麗だわ」
「・・・そ、そうなんだー」
トイレに、最新図書情報コーナーに、掲示板の豆知識・・・
あちこち引っ張りまわされて・・・すごく疲れた。
いい加減休憩か、いっそ終わりにしてほしくなった頃・・・私達は見覚えのある場所にいた。
私にとってよく馴染みのある文字・・・日本語で書かれた本が雑多に収められた場所。
「ここは・・・前にも案内したけど、ニホン国のコーナーね・・・ナデシコの方が詳しそうだけど」
「い、いや・・・私なんか・・・ぜんぜんで」
いくら日本の本だからって言っても、私が全部読んでるわけじゃないし・・・
普通に読み込んでるリールの方が詳しいと思うよ。
そういえば、ファムの方はどうなんだろう。
「その・・・ニホン国の本は・・・私には難しくて・・・」
「・・・そうなんだ」
聞いてみると、リールと違ってファムは日本の本は全く読まないらしい。
『ハキハキ』みたいなラノベは読み易いと思うんだけど・・・海外文学みたいな感覚なのかな。
「まぁニホンの本は独特な雰囲気だから・・・人を選ぶ、かな・・・私は好きだけど」
「独特な雰囲気・・・」
独特な雰囲気って話なら、もっと別の所から漂ってきてるんだけど・・・禁書エリアだっけ。
少し離れたガラス戸越しでも、なんか禍々しい気配みたいなのを感じる。
「あの、禁書・・・みたいな?」
「あ、ナデシコ怖いんだ? 本に呪われちゃう~、って」
「もうっ、リールさん!・・・大丈夫よナデシコ、ここに置いてあるのは、もう魔力が残っていない抜け殻みたいな本ばかりなんだから」
「ま、魔力?!」
そっか、禁書って魔法の本みたいなやつか・・・文字通りの呪いの本そのものみたいな。
でも、本当に危険なやつは人目に触れない所に封印してあるらしく・・・
ここには、別の魔力で浄化されたり、長い時の中で魔力が薄れて使い物にならなくなったり・・・そういった『抜け殻』を、見本として展示してあるらしい。
ゴ、ゴクリ…
そういう話を聞いたせいか、本から禍々しいオーラが立ち上るのが見えるかのよう。
もう魔力の残ってない『抜け殻』・・・それでもこの存在感。
きっと封印されているやつなんかは近寄っただけで身体悪くしたりするんだろうな・・・
そして私達が最後に立ち寄ったのは、図書館の中でも区切られた領域。
他とは一線を画す明るい色合いの空間・・・背の低い・・・私と比べても尚低い本棚に並ぶ本の数々は児童書。
小さな子供向けのお子様エリアだった。




