第83話 「図 書 館 で 騒 が な い で く だ さ る?!」
日本から自転車が届いた。
折り畳み式の軽くて小さいやつだ。
街まで行く機会が増えてきたので、あると便利だなって・・・以前貰ったカタログで注文したのだ。
写真で見た印象より小さい、子供用みたいな小ささだけど・・・私の身体も負けず劣らず小さいので、妙に似合ってる感じがする。
「くれぐれも事故だけは起こさないでくれよ」
長久保さんに何度も念を押されながら、自転車を受け取った。
街中を馬車が走ってたりするような世界だから、心配するのも仕方ない。
決して、私がやらかすのを心配したわけじゃないよ・・・たぶん。
便利な足を得た・・・と言っても私には運動神経がないので、そんなに遠出も出来ない。
けれど放課後、図書館に通うのにはちょうど良かった。
学園から街へ向かう道は人通りも少ないので、変な視線に晒される事もなく快適そのもの。
あまり目立ちたくはないので、街中では乗らない・・・この使い方なら長久保さんも安心だろう。
お子様サイズなおかげで、折り畳むと鞄に入ってしまうのも都合が良かった。
図書館に入った私は、例の勉強スペースへ。
広い図書館には迷ってしまうけれど・・・ここで出会った女の子、リールに教わったおかげで勉強スペースまでは迷わず行ける。
休日と違って、平日ともなるとだいぶ人が少ないみたいで・・・空席が目立った。
席に着く前に、周辺をざっと見回すと・・・少ない客の中に読書中のリールの姿を見つける事が出来た。
彼女は本に集中しているみたいで、私が傍まで近付いてもぜんぜん気付かない。
私は声をかけ・・・るのは悪いから、そっと横から覗き込んだ。
背筋を伸ばして、軽く肘をつき、その手に開いた本とは一定の距離を保つ・・・まるでお手本のような読書姿勢。
ずっとそのままの姿勢で、本のページをめくる時以外は微動だにしない。
まっすぐに切り揃えられた髪も相まって、人工物というか・・・人形のような印象を受けた。
「・・・私に何か用ですか?」
「えっ」
不意にリールが口を開いた。
本しか見ていないようで、しっかり気付かれていたらしい。
合掌するようにぱたんと本を閉じると、さっきまで本に向いていた大きな瞳をこちらに向けてきた。
「い・・・いや、その・・・」
そうなると横からじっと見ていたのが申し訳なくて、しどろもどろになってしまう。
知ってる人がいたから近付いただけで、読書に夢中みたいだったから邪魔しちゃ悪いなって・・・それだけなんだけど。
「・・・?」
私が返答に詰まっていると、リールは不思議そうに小首を傾げた。
何か考え込むように腕を組むと、顎に人差し指を当てて・・・
本に向かっていた時と変わって、今は人間味というか、あどけなさを感じられる。
「・・・あ、昨日の!」
「は、はい・・・こ、こんにちわ・・・」
「ごめんなさい、すっかり忘れてて・・・てっきり変な子が絡んで来たのかと・・・いや、ごめん」
どうやらリールは私の事を忘れていたらしい。
何か、しきりに謝ってきたけど特に気にならない。
元々人の印象に残りにくい自覚のある私としては、却ってホッとしてしまったくらいだ。
・・・王立学園では大和撫子だなんだと、妙に注目されてきたけど・・・普通の反応はこうだよね。
「と、隣の席に・・・座っても?」
「どうぞどうぞ」
ご丁寧に椅子まで引いてもらいながら、私も席に着いた。
リールとの会話もそれで打ち切り・・・ここからは私も集中してお勉強タイムだ。
人の少ない平日の図書館は昨日より居心地が良くて・・・なんとなく風も吹いているような・・・
「ん・・・涼しい・・・でも、どこから・・・」
「本の状態を保つために、魔法で風を巡らせているのよ」
「?!」
何気なく呟いた疑問に、横から返事が返ってきた。
驚いて振り返ると、妙に得意げな顔をしたリールと目が合った。
私の反応を見て、リールは更に満足そうに胸を張る。
「リール・・・やっぱり詳しいんだ」
「うん、この図書館の事なら何でも聞いて、ほら何か聞いてよ!」
「え・・・」
すっかり得意になっているのか、リールは質問を催促してきた。
そんな聞いてと言われても・・・私は図書館初心者なので、何を聞けばいいのかもわからない。
素直にそう伝えると・・・リールは残念がるどころか、瞳を輝かせた。
「なら、図書館ツアーが必要ね、必要だわ」
「つ・・・ツアー?」
「うん、任せて、この図書館の隅から隅まで私が・・・」
リールはよっぽどこの図書館が気に入っているのか。
水を得た魚のように活き活きと語り出した、その瞬間・・・
「図書館では、騒がないでください!」
「あっ・・・」
「ご、ごめんなさいっ!」
怒られてしまった・・・それも当然か・・・図書館とは静かに過ごす場所、それは異世界でも変わらない。
それにしては随分と可愛らしい声で・・・あれ、どこかで聞き覚えがあるような・・・
気になって声のした方を見ると、やっぱり見覚えのある女の子の姿。
昨日と違って今日はフリル控えめ、代わりにレースが多用されたお洋服だった。
三つ編みと大きなリボンは相変わらず・・・どうやらこっちがトレードマークみたいだ。
今後は三つ編みと呼ぶべきか、リボンと呼ぶべきか・・・そんな事で迷っていると、女の子はプイっとそっぽを向いて立ち去っていった。
「・・・」
「あの子・・・ファムは、ここの館長の娘なのよ」
立ち去る女の子を目で追っていると、そっとリールが教えてくれた。
図書館の館長の娘・・・なるほど、それで・・・
図書館の仕事を手伝っているだけ・・・たしか本人もそう言ってたっけ。
けど・・・
「それにしては・・・その・・・」
「うん、なんか嫌われてるみたいで・・・昔から・・・」
だいぶ前から、リールは昨日のような嫌がらせをちょくちょく受けているのだとか。
それこそ、彼女がこの王立図書館に来るようになってから、ずっと・・・
いったい何が原因なのか・・・リールの方は特に心当たりはないらしい。
「さすがに今日は、ツアーは出来そうにないわね・・・ごめんなさい」
「いや・・・私は、べつに・・・」
私は、勉強しに来てるだけなんだけど・・・
残念そうに謝罪するリールの視線の先では、私達を監視するように大きなリボンが揺れていた。
うーん・・・面倒な事にならないと良いんだけど。
「えっ、ナデシコってニホンの人なの?!」
「あ、はい・・・一応・・・」
私が日本人である事を話したのは、リールと出会って数日後の事だった。
図書館に通う度に『図書館ツアー』をやりたがる彼女の誘いを断り切れず・・・案内される事にしたんだけど・・・
なぜかこの図書館には日本書コーナーがあったのだ。
と言っても、本棚ひとつ分のごくごく狭い一角なんだけど・・・
ラインナップも分厚い辞書や万葉集なんて古典もあれば、料理、陶芸、観光ガイドブック・・・と統一感が全くない。
そんな中から、たまたま私の視界に知っているタイトルの本が入ってきた。
「あ・・・これ知ってる」
片手に収まるサイズの文庫本・・・厚みもそんなにない、ライトノベルというやつだ。
・・・知ってる、って言っても読んだ事はないんだけど。
線の細い美麗なイラストと共に表紙に書かれたタイトルは『婚約なんてハキハキ破棄!~公爵令嬢ですが政略結婚が嫌なので図書館に籠って司書になります~』・・・私が知ってるのは、アニメ化された映像作品の方だ。
本の方はタイトルに、なんかあらすじみたいなのが付いていた。
(へぇ~、アレ原作があったんだ・・・)
何気なく手に取って、最初の方にあるカラーページを開く。
そこにはアニメより繊細なタッチで描かれたイケメン皇太子が、主人公に壁ドーンするシーンが。
このドーンした壁が本棚だったのが、皇太子の不幸の始まりだったなぁ・・・
「な、ナデシコ・・・」
「・・・?」
そのままペラペラとページをめくって流し読みしていると・・・リールがすごい顔でこっちを凝視していた。
あ・・・立ち読みはお行儀悪いとか、そういうやつかな。
「ご、ごめん・・・うちの国の本があったから・・・つい・・・」
「!!」
___そして現在に至る。
あろう事か、この日本書コーナーはリールのお気に入りであり・・・
中でもこのライトノベルはリールの愛読書だったのだ。
「そっか、ナデシコが・・・噂の大和撫子だったのね!」
「ああ・・・はい・・・たぶん・・・」
「へぇ・・・へぇ~」
うわ・・・そんなキラキラした目で見ないで。
どんな噂がリールの耳に届いているのか知らないけど・・・嫌な予感しかしない。
「ナデシコは『ハキハキ』をもう読んだの?」
「え・・・ええと・・・」
その質問は返答に困る・・・本自体は全くの初見なわけで・・・
見た感じ、原作にはアニメでカットされた内容が多く含まれてるみたいだ。
逆にアニメの方が先の展開まで描かれているというか・・・たぶん3巻か4巻くらいまでの範囲なんじゃないかと思う。
「だ、第3王子が・・・図書館に来る・・・辺りまで・・・」
「えっ、あの人来るの?! 本なんて興味なさそうだったのに」
「う・・・うん、側近の人に・・・無理矢理連れてこられたと言うか・・・」
苦し紛れに途中のエピソードを口にしたけれど・・・そこはもう1巻の範囲外だったようだ。
ネタバレになっちゃったけど、リールは気にしないどころか先の展開が気になるみたいで・・・
「ああ、なんか苦労してそうな感じの・・・じゃあ、主人公は第3王子と恋に落ちるのかな?」
「いや・・・第3王子の方は・・・気がありそうだけど・・・」
「へぇ・・・やっぱり『ハキハキ』はニホンでも人気なのね」
「う・・・うん・・・」
『ハキハキ』は逆ハーレム物なので、主人公は史書の仕事を通して色んな男性を落としていくんだ。
その声優陣が豪華で・・・一時期ちょっとしたブームになっていたんだけど・・・
お話そのものは賛否両論と言うか・・・残念ながら2期が始まるという話は聞かない。
その後もリールは続きを聞きたがったんだけど・・・そこでやっぱり、あのリボンがやって来た。
「図 書 館 で 騒 が な い で く だ さ る?!」
「「・・・ごめんなさい」」
2人で声をハモらせて謝るも、リボン・・・ファムの苛立ちは収まらず。
ぷりぷりと頬を膨らませながら、彼女は文句を言い続けた。
怒られてる身ではあるけど・・・なんか・・・ちょっと可愛らしい。
「・・・よりにもよって禁書エリアの近くで騒ぐなんて、信じられない!」
「・・・禁書エリア?」
ふと、なにやら気になる単語が・・・禁書?
近くを見回すと、食器棚みたいな扉の付いた本棚が並んでいるエリアがあった。
扉には鍵が付いてるみたいで、いかにも重要そうな雰囲気・・・と、そこで。
「ほら、あっちにお行きなさいっ」
「ふぇっ?!」
ぐいぐいと背中を押されて、私は追い立てられてしまった。
まだ『ハキハキ』を本棚に戻してないんだけど・・・せっかくだから借りていこうか。
本に付いていた貸出カードには、リールの名前がびっしりと・・・そんなに繰り返して読んでたんだ。
カードに私の名前を書き足して、受付の人に提出する・・・これで貸出手続き完了らしい。
まさか、この異世界の図書館で最初に借りた本が日本の本になるなんて。
そして後に、この文庫本が私を救う事になるとは・・・この時の私には想像もつかなかったのだった。




