第82話 「も、持ってかないで・・・」
席の使用権を主張してきたのは、私と同じくらいの身長の女の子だった。
ぱっつんと、真っ直ぐに切り揃えられた前髪と、肩のあたりで切り揃えれた後ろ髪。
まだ幼さが残る顔立ちながら、その眉をぐっと吊り上げて、きつい目つきで私を睨みつけていた。
「ごごご、ごめんなさいっ!」
反射的に謝ってしまってから、私は席が空席だった事を思い出した。
(・・・あれ?)
念の為にもう一度確認するけれど・・・机の上に荷物らしき物はない。
完全に空席・・・に見える。
あ・・・ひょっとして、予め予約が必要な指定席みたいなシステムなのかも知れない。
「私、ここの・・・ルール・・・知らなくて・・・」
「?」
おずおずと場所を譲る私に、女の子は怪訝そうな顔をして・・・
「ルールもなにも、机の上に私の借りた本が置いてあ・・・?!」
そう言いながら視線を机に向けた女の子の表情が、そこで固まった。
もちろん本なんて、そこには一冊も無い。
「・・・」
なんか壊れたロボットみたいなぎこちない動きで、女の子が再び私の方を向いた。
「・・・」
なんとなく気まずい空気を感じながら、私も女の子の言葉を待つ・・・すると・・・
「くすくすっ・・・」
後方から、可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
そちらへ振り向くと、声の印象通りの可愛らしい女の子が一人。
腰まで届く長い髪を三つ編みにして、その頭の上には大きなリボン。
フリルったっぷりの洋服が、実に子供らしい無邪気な可愛さを演出している・・・けれど。
「その辺に借りた本を置き忘れていく人がいるのよね、困っちゃうわ」
まるで、こっちに聞こえるように意識された声量で、その女の子は独り言をつぶやいた。
そしてチラリ、とこっちを見る動き。
なんと言うか・・・すごく、わざとらしい。
「あ、あいつ・・・」
当然ぱっつんの子もそれには気付いたようだ。
ぎゅっと握りしめられた手がぷるぷると震えてるのが見える。
鋭い目つきでフリルの子を睨みつけるも、相手はどこ吹く風といった様子で立ち去っていく・・・
「・・・あ、あの・・・私は・・・どうすれば・・・」
「あ、ごめん・・・その席、どうぞ」
私が声を掛けると、ぱっつんは我に返った様子で私に席を譲って・・・どこかに行ってしまった。
・・・なんだったんだろう。
気を取り直して、勉強を始める。
やっぱりこういう環境だと勉強にも身が入るというか・・・集中が出来る。
それで急に頭が良くなったりはしないとは思うけど、私なりに手応えは感じていた。
けれどその集中は、思わぬ形で破られてしまう・・・
この壁際の勉強スペースから誰かが去って、空席が出来た瞬間。
見覚えのあるぱっつんが、ササっとやって来て、その席に着いた。
そこまでは別に問題ない・・・けれど。
しばらくして・・・ぱっつんが本を置いて席を立った。
別の本を探しに行ったのか、あるいはお手洗いかも知れない。
時間にして3分くらいかな・・・そのわずかな時間の間に、事件は起こった。
ぱっつんが居なくなったのを見計らったかのようなタイミングで、フリルの子がやって来て。
席に置いてあった本を持ち去っていったのだ。
「?!」
そして空っぽになったその席には他のお客さんがやって来て・・・後はすごく身に覚えのある展開。
席に戻ってきたぱっつんが新しいお客さんと・・・さすがに2回目だからか、すぐに状況を把握したみたいだ。
お客さんに謝って、ぱっつんはまたどこかへ・・・
ま、まさかとは思うけど・・・
その後も席が空いて、ぱっつんが座る・・・そして席を立つと、フリルが来て本を持ち去る。
その流れが繰り返された・・・持ち去られた物の中には、本以外の私物もあった気がする。
たぶん、私には関係のない事なんだろう・・・けど、気になって集中出来ない。
やがて私の隣の席が空いて・・・やはりぱっつんがそこに座った。
「あ・・・あの・・・」
「?・・・ああ、さっきはごめんなさい」
「い、いえ・・・」
勇気を出して話しかけたけれど・・・会話はそこで途切れてしまった。
聞きたくてしょうがない・・・なんでこんな事になっているのか、あのフリルとはどういう関係なのか。
すごく気になるんだけど・・・直接本人に聞くのは、私にはちょっとハードルが高すぎた。
またしばらくすると、ぱっつんはまた席を立って・・・これを放って置いたら同じ展開が繰り返されるに違いない。
「あ、あのっ」
「えっ」
とっさに服の裾を掴んで、ぱっつんを引き留めた。
何のつもりか知らないけれど、ぱっつんも席を立たなければ、フリルも手を出せないはず。
「席を・・・立たない方が・・・」
「・・・」
ぱっつんの方も私の意図は察してくれたみたいで、その顔には躊躇いが見えた。
けれど・・・
「それはわかるんだけど・・・その、生理現象というか・・・」
「あっ・・・」
ぱっつんはその場でもじもじと身を捩った・・・お手洗いか。
本の匂いを嗅ぐとお手洗いが近くなるタイプの人がいるって、聞いた事があるのを思い出した。
きっと彼女はそのタイプなんだ。
さすがにこれは・・・引き留めるわけにはいかない。
渋々おトイレに向かうぱっつんを見送ると・・・やはりフリルがやって来た。
「ふんふんふ~ん」
上機嫌で鼻歌を歌いながら、フリルは私の隣の席・・・ぱっつんのいた席までやって来る。
そして迷う事なく、置いてある本へと手を伸ばして・・・さすがに見過ごせない。
すかさず私は・・・恐る恐るお洋服のフリルを掴んで、引っ張った。
「な、何?!」
まさか邪魔が入るとは思わなかったらしい。
フリルの女の子は吃驚した様子でこちらを振り返って、訝しげな目を向けて来た。
「そ、その本・・・どうするの?」
「か、返してるだけよ・・・私は図書館のお手伝いをしてるの!」
・・・目が泳ぐとはこの事か。
女の子は私に向いていた視線を斜めに逸らして、己の言い訳を主張した。
もしこれが初めてなら、その言い訳も通じたんだろうけれど・・・私はもう何回も見てしまっている。
「も、持ってかないで・・・・・・」
「う・・・わ、わかったわよ!」
非難の目でじっと見つめると、やがて根負けしたのかフリルは席に本を置いて立ち去って行った。
そしてフリルと入れ替わるようにして、ぱっつんが返ってきた。
無事に本が席に置いてあるのを見て驚いた様子の彼女に、私はドヤ顔を向ける。
「な・・・なんか顔色悪いけど、大丈夫?」
「えっ・・・」
撫子ちゃん渾身のドヤ顔・・・のつもりが変顔になっていたらしく・・・心配されてしまった。
けれど、この事がきっかけになって・・・私は、この前髪ぱっつんの女の子リールと打ち解けることが出来たのだった。




