第81話 「そこ、私の席なんですけどっ!」
突然だけれど今日は、私こと撫子ちゃんの夏の生態について少し語っていこうと思う。
先に結論だけを言うと、私は夏に弱い。
夏の暑さにも弱いし、海もプールも苦手、各種イベントに集まる人々の熱気にも弱い。
なんで世の中には夏に開催するイベントがこうも多いのだろうか?
夏休みがあるから?・・・ならそんなものは要らない、代わりに秋休みがほしい。
小学校の時には毎年、夏になるとプールの授業があった。
子供というのは無邪気に陰湿な事をする・・・真面目に水泳を学ぼうとしていた私の足を、遊び半分に引っ張る子がいた。
それでパニックを起こす私の姿を見て面白がっていたらしい、おかげで水泳は今でも苦手だ。
中学の時の夏休みには、珍しく近くでアニメのイベントが開催された時があった。
地方のイベントにしては結構力が入っていて・・・声優さんもメインの5人が来てトークショーをするとの事。
抽選券が当選した時は、それはもう・・・飛び跳ねて喜んで、お母さんに叱られたほどだ。
けれど、その時の事は・・・暑さと人混みで意識が朦朧として・・・全く記憶に残っていない。
私が覚えているのは、いつの間にか仮設テントの中で寝かされていたって事くらいだ。
もちろんその頃には物販も終了、私の手には会場で配布されたうちわだけ。
主人公の令嬢のシルエットと『婚約なんてハキハキ破棄!』と印字された、ちょっと残念なデザインのうちわを握りしめて。
地方の都市から一人電車に乗って帰った・・・それが私の夏休みの思い出。
そして季節は廻り、そんな夏がまた訪れようとしていた。
明け方の学生寮の一室、並べられた2つのベッドの片方に。
布団の中から、もそもそと這い出てくる少女の姿があった・・・私だ。
意識はまだなく、眠りの中・・・その全身は汗でじっとりと濡れている。
意識は眠りの中にありながらも、私は暑さから逃れるべく布団の外に出てきたのだ。
この『布団から出て来る撫子ちゃん』は家では毎年見られる夏の風物詩で「風邪をひくから」とお母さんに怒られている。
しかし、ここは家ではなく学生寮・・・そして床に敷かれた布団でもなく・・・
「ふぬっ」
おかしな姿勢でベッドから落ちた私は、これまたおかしな声を上げた。
しかし目は覚まさない。
ひんやりとした床の感触に心地良さを感じながら、すやすやと寝息を立てるのみだ。
「ナデ・・・シコ?」
代わりに目を覚ましたのは、隣のベッドで眠るローゼリア様だった。
元々朝起きるのが早いローゼリア様にとっては、ちょうど良い目覚ましだったようだ。
ゆっくりと上体を起こしたローゼリア様は、しばらくぼうっと佇んでから、その視線を隣のベッドに移し・・・
「ナデシコ?!」
床に転がる私を発見・・・慌てて駆け寄ると、怪我がないかを確認。
そして優しく揺り起こされ・・・たのが今の私であった。
「あ・・・ローゼリア様・・・おはよう・・・ございます」
「大丈夫? どこか痛くない?」
「え・・・別に・・・あ」
それは、私にとって毎年の事で・・・夏を実感する瞬間だった。
ただ今年に関しては、ベッドから落ちるというオプションが追加された感じで。
心配してくれるローゼリア様を他所に、私はちょっと新鮮な気分を味わっていた。
「・・・もう、夏・・・なんですね」
「ナデシコ?! 本当に大丈夫?!」
感慨深く呟いた私に、ローゼリア様は癒しの魔法をかけてくれた・・・なぜか頭のあたりを重点的に。
この異世界にも夏はあり、王立学園にも夏休みがある。
しかもその期間は日本のそれよりも長い・・・遠方に帰省する生徒が少なくないからだ。
「学生寮を離れる生徒は、事前の申請を忘れないように」
タチアナ先生からも、朝からそんな注意喚起がなされた。
私も夏休みは日本に帰れるのかな・・・帰りたいかと言うと、そうでもないんだけど・・・
「うん、それはご両親からの要望も来てるよ・・・けど、夏休み全日を日本で過ごすってわけにもいかなくてね」
帰省について、長久保さんに聞いてみると・・・なにやら色々と事情があるようだ。
ゲートそのものの整備や、こっちから日本に行っている王子の都合など・・・遅くとも8月には帰れるらしいんだけど。
「・・・だから7月中はこっちで過ごして貰う事になると思う・・・せっかくの夏休みだし、地元の友達と遊びたいだろうけど・・・ごめん」
「ま、まぁ・・・大丈夫ですけど・・・」
日本に帰った所で、地元の友達なんていないからね・・・うん。
むしろこっちに居られる方が助かるかも知れない。
王都に残るって生徒は結構いるらしいんだ・・・少なくともローゼリア様はこっちにいると思う。
異世界で過ごす夏休み・・・私としてはこっちの方が楽しみに感じられた。
・・・んだけど。
「ナデシコさんには、残念なお話があります・・・」
「え・・・」
そう言われてタチアナ先生に呼び出された私が見せられたのは、残念無念なテスト結果だった。
いや・・・決して勉強をしてないわけじゃないんだけど・・・ほら、獣人族の件とかあったし。
「いくらニホン国からの留学生と言っても、限度というものがあって・・・」
「ふ、ふぇぇ・・・」
再テストの結果次第では、夏休みは返上。
日本に帰る時間も与えられない、という事に・・・
「決して意地悪で言っているわけではないの・・・このままだと、授業について行けなくなってしまうから・・・」
「は、はい・・・」
授業についていけなくなる・・・実際その通りなんだろう。
やっぱり、サボってしまった日があったのが大きかったんだと思う。
異世界とは色々と法則も違うのに、空白が出来てしまうと、なかなか取り返しが・・・
再テストまでに勉強を頑張って、良い点数を取るか。
夏休みを返上して、学園でお勉強して過ごすか。
私に残された道はこの2つ・・・いや、勉強しても再テストで悪い点なら・・・それはちょっと考えたくない。
「・・・というわけで・・・皆、お願い」
困った時はこの手に限る。
次の日の放課後、さっそく私は皆にお願いして勉強会を開いて貰った。
嗚呼、お友達がいるって素晴らしい。
成績優秀なアクアちゃんとローゼリア様。
教え方の上手いメイドリーに、年季が違うフィーラ。
まさに完璧な布陣だ・・・これなら再テストも怖くない。
あんなの余裕でクリアして、夏休みの最初はこの皆でどこかに遊びに行こう。
勉強会の後は、その為の作戦会議の時間にしようか。
ひょっとしたら、ローゼリア様の別荘に連れて行ってもらえたりして・・・
そんな風に考えていた・・・考えていたよ。
けれど、事態はそう簡単にはいかなかった。
そう・・・私は夏に弱いのだ。
「あ・・・あつい・・・」
「こ、この人数だから、仕方ないし・・・」
もう夕方だというのに、お構いなしに照りつけてくる太陽。
エアコンなどという科学のアイテムが、この異世界に存在するはずもなく・・・
そこまで広くもない寮の部屋に、5人もの人数が身を寄せ合って・・・これで暑くならないはずもなかった。
「ナデシコ、また間違えてるわよ・・・もっと問題に集中しなさい」
「うぅ・・・ごめん」
一応、風の魔法は使ってくれてるはずなんだけど・・・空気が生暖かい。
額からポタポタと垂れてくる汗がノートを滲ませながら・・・私の集中力をも奪って行く。
「ナデシコ、それ・・・さっき教えた所・・・」
「あ・・・ああ・・・」
「もうっ、しっかりしなさいよ」
アクアちゃんの声にも苛つきの色合いが増して・・・ふぇぇ。
なんか頭がぼうっとして・・・何を教わっても、頭に入っていかない。
せっかく皆に集まってもらったのに、この体たらくといったら・・・
何も考えずに安易に友達を頼った、私の作戦ミスだ。
あるいは、ちょっと友達が出来たからって良い気になっていた私に下った天罰だったのかも知れない。
・・・結局、その日の勉強会は思ったような成果を上げる事はなかった。
「・・・ナデシコ」
「だ、大丈夫です・・・べ、勉強は1人でも出来ないと・・・」
心配してくれるローゼリア様の優しさに甘えるのも、たぶん良くない・・・今は振り切らないと。
そもそも皆を安易に頼ったのがいけないんだ、これからは1人で勉強しよう。
でも本当の暑さはまだこれから、夏に向かって気温は増していく一方。
私の勉強は予想以上に難航していた・・・そんなある日。
「図書館・・・ですか?」
「ええ・・・そこなら勉強にも集中出来るんじゃないかしら」
ローゼリア様が提案してくれたのは、学園の図書室ではなく・・・図書館。
王立図書館というのが王都にあるらしい。
図書館なんて家の近くにはなかったので、イマイチ実感がわかないんだけど。
本を借りる場所・・・だよね?・・・学校の図書室を大きくしたくらいの印象。
でもローゼリア様が勧めてくるくらいだから・・・と、試しに行ってみる事にした。
学園からは王宮を挟んで、ちょうど反対側。
・・・近いとも遠いとも言えない、なんか微妙な距離にその建物はあった。
パッと見は四角い感じで奥の方で丸みを帯びてる、石造りの大きな建物・・・なんとなくギリシャの神殿が思い浮かぶ。
王宮や学園程じゃないけど立派な建物だ、こういう所って入るのに抵抗感がある。
私なんかが入ってって良いのかな・・・お金とか、許可証とかいらないのかな・・・
なんて事を思っていると、普通に街の人が中に入って行くのが見えたので・・・その後ろにくっつくようにして、私も建物の中に入っていった。
入ってすぐに受付らしいコーナーがあったんだけど・・・幸い、お金も許可証も要求される事はなく。
あっけない程すんなりと中に入ると、さすが図書館、見渡す限りに並ぶ本棚に初見の私は圧倒されてしまう。
加えて空間の広さ、天井の高さ・・・上の方の本とかどうやって取るんだろう・・・梯子とかあるのかな。
とはいえ、今のところはまだ『本を借りる場所』の範疇から出ていない。
本の量とかはすごいけど、こんな場所で勉強するのか?・・・と思うとちょっと疑問だ。
たまに椅子が置いてあるけど、とても勉強をする為の物には見えない。
きっとどこかに勉強出来るような場所があるはず・・・
キョロキョロと見回しながら、この広い図書館の中を彷徨っていると・・・やがて、その一角に辿り着いた。
壁際に椅子が並べられていて・・・よく見ると壁沿いに机が設置されている。
少なくない人々がそこに座って、思い思いに本を広げて・・・勉強してる!
遠目には薄暗そうに見えたけど、ちゃんと等間隔に魔法の明かりが灯っていて・・・勉強に支障はなさそうだ。
さっそく私も・・・と思ったけど、空いている席がない。
と言っても、壁沿いにずうっと続いているみたいだから・・・空いてる席を求めて壁沿いを進んでみる事にした。
けど空席はなかなか見つからなかった。
たまに空いてると思ったら荷物が置いてあって・・・本を取りに行ってたりするんだろうか。
すごく広い図書館だし・・・迷って戻って来れなくなったりしないのかな。
やがて壁沿いの勉強コーナーも終わりが見えた頃・・・その最奥の席に誰もいないのが見えた。
「やた・・・空いて・・・」
見た感じ荷物らしき物もない、やっと見つけた空席だ。
周囲に音を立てないようにゆっくりと椅子を引いて、私はその端っこの席に腰を下ろした。
あ・・・なんか落ち着く・・・
この薄暗い感じと、端っこの席というのが・・・思った以上にしっくりくる。
それでいて天井が高いからなのか、空気は澱んでなくて・・・
石造りのひんやりとした冷たさが私の集中力を高めてくれそうだった。
「こ、これなら・・・い、いけ・・・」
さすがローゼリア様が勧めてくれた図書館・・・ここは良い所でした。
王女様に感謝を込めて、私は勉強すべくノートを広げ・・・
「そこ、私の席なんですけどっ!」
「はうっ?!」
不意に背後からかけられた声に反応して、びくっと飛び上がるのだった。




