第80話 「「さよならにゃ!」」
救出作戦の発起人は、ローゼリア様だった。
「ナナーニャに逃げられた事を誤魔化す為に、モラウスキー男爵は獣人族の泥棒が入った事にした・・・私達はそれを逆手に取るの」
実在しないはずの獣人族の泥棒・・・それを私達がでっち上げる。
巷で噂される通りに・・・モラウスキーの悪事を暴く義賊として。
派手な演出で注意を引き付けて・・・その隙に捕らえられた獣人族達を助け出すという作戦だ。
「な・・・なんで・・・私が・・・」
そしてその泥棒の役を・・・なぜか私がやる事に。
よりにもよって、そんな重要そうな役割を・・・
「だって・・・私がやるわけにはいかないでしょう?」
うん・・・ローゼリア様は誰もが知っている王女様だ。
すぐにバレてしまう事だろう。
「私がやると・・・不自然よね?」
うん・・・エルフの長い耳はどうしても目立つ。
そこに獣耳をつけるとか、わけがわからない状態だ。
「私のかわいさも誤魔化し切れないと思うわ」
うーん・・・まぁ、アクアちゃんもバレやすいかも知れない。
「め、メイドリーは・・・」
一縷の望みをかけて、そう問いかけるも・・・
「メイドリーには、予めお客としてお店に入って、獣人達を救出する役割をお願いするつもりなのだけど・・・」
「あ・・・」
それはもっと重要な役割だった。
今の所怪しまれずにお店に入れるのは、メイドリーを除くと・・・私だけになってしまう。
騒ぎに乗じて地下室に侵入するなんて、私には出来そうもない。
「ナデシコがやりたいのなら、そちらを・・・」
「いえ泥棒役でいいです」
・・・私に選択の余地はなかった。
ローゼリア様とアクアちゃんとフィーラの3人がかりで『演出』を行い、私を神出鬼没の怪盗のように見せる。
その隙にお店の人達の目を盗んでメイドリーが獣人達を脱出させる・・・その時には獣人達自身も協力してくれる事だろう。
それっぽく見せる為に、私達は数日かけて放課後に練習を行った、まるでお芝居の稽古のように。
獣人風の衣装は、練習している間にメイドリーとフィーラが作ってくれた。
モラウスキーの方は、身辺警護という形で王都の警備隊が監視する・・・これで余計な手出しは出来ないはず。
準備は着々と進み___
かくして、救出作戦が開始されたのだった。
ドカーン!…
派手な爆音と共に、会員制クラブの周囲を煙が包み込む。
薬草を炊いて作った煙を、魔法の風で操作している・・・もちろん例の煙とは違って、猫に無害な成分だ。
立ち込める煙の上に、これまた魔法によって私の姿が投影された。
「お、王都にすくうあくとうども・・・」
練習の通りに台詞を口にする・・・もちろん私に演技力なんてあるはずもない。
棒読みもいい所、台本通りの言葉を発するのが精一杯だ。
「ここに捕らわれた猫達は、この怪盗ケモノスキーがいただく」
怪盗ケモノスキー・・・モラウスキーに対抗した名前だ。
名乗りを上げた後は・・・ええと、段取り通りにポーズを・・・
ドーン!…
魔法による爆発が会員制クラブの建物を揺るがす。
手加減されているとはいえ、店の中にいた人々は気が気じゃないはず。
案の定、店の扉が開いて中から何人も出てきた・・・その中には店員らしき姿も見られる。
「とおうっ!」
掛け声と共に高々とジャンプする・・・ポーズ。
それに合わせて投影された私の姿が建物の屋上に飛び移る・・・これで上から侵入したように見えたはず。
後は煙の中で身を潜めて、中から獣人達が出てくるのを待つだけだ。
「今のところ予定通りね・・・あとはメイドリーが上手くやってくれると良いのだけど」
「中からだいぶ逃げてったし、あの子なら大丈夫でしょ・・・??」
「・・・アクア?」
物陰からひょこっと頭を出して、煙の向こう・・・お店の様子を伺っていたアクアちゃんは、そこで眉をひそめた。
「今、誰かいたような・・・気のせいかしら?」
「なにそれこわい」
慌てて私も頭を出して見たけれど、特に何も見えなかった。
今や視界は煙で真っ白・・・そこにお店があると知っているから、なんとなくわかる感じ。
現代人の私の視力のせいかも知れないけど、誰か人がいるようには見えなかった。
けれどこの時・・・
煙の中で動いていた人物が私達の他にもいた事に、私は気付けなかったのだ。
「よし、手筈通りだしっ!」
爆音と共に揺らぐ店内で、おそらくは何も知らない店員と一般客が我先に外へと走り出す。
その隙を見計らって、メイドリーは予定通りに動き出した。
周囲の猫・・・獣人達を集めて残りの獣人が捕らわれている地下室へと向かう・・・
獣人達の案内のおかげで、迷う事もなく地下に降りる階段まで辿り着いた。
けれど・・・そこで予想外の事態がメイドリーを待ち受けていた。
「あん・・・何だぁ?」
「?!」
獣人達が捕えられた地下室の入口・・・その前に。
先日、町外れのアジトで遭遇したのと同じような、ごろつきの姿が1人。
あの場から逃げおおせたのか、新たに雇われたのか・・・おそらくは後者。
漂ってくる酒の臭い・・・運が良いのか悪いのか、今しがたまで酔っ払って居眠りをしていたらしい。
だがメイドリーにとっては困った状況だ、地下室までは一本道・・・やり過ごせそうにない。
それに・・・向こうの方もメイドリーに気付いてしまったようだ。
「・・・知らない顔だな、ここは関係者以外立ち入り禁止・・・」
「く・・・」
酒気を帯びた顔で、のそのそと歩み寄ってくるごろつきに、メイドリーが身構えた・・・その時。
ニャー!
「いてっ、何しやがるクソ猫が!」
ここまで案内してきた猫の一匹が、ごろつきに飛びかかっていき、引っ掻いた。
日頃肉球の中に隠している鋭い爪が、ごろつきの顔を斜めに横断して傷をつける。
もちろん、ごろつきの方も反撃をしないわけがない。
猫を乱暴に振り払って床に叩きつけた。
しかし、そこへすぐに別の猫が飛びかかる。
「ここは我々に任せて仲間を!」
「は、はい!」
猫・・・獣人達がごろつきの相手をしている隙に、メイドリーは地下室の扉へ向かう。
扉の鍵は・・・これ見よがしに壁にかかっていた。
いかにもごろつきらしい乱雑な管理に助けられ、メイドリーは鍵を手にして扉を開いた。
「助けに来たし! 早くここから逃げ・・・」
しかし、室内の獣人たちは怯えた様子でメイドリーを・・・いや、その背後を見て・・・
「!!」
「勝手されちゃ困るぜぇ!嬢ちゃん」
・・・身体のあちこちに、飛びかかってきた猫・・・獣人達をぶら下げながら。
ごろつきは自らの仕事に忠実に、背後からメイドリーに手を伸ばして・・・
「さぁ、大人し・・・けばぶっ!!」
メイドリーの襟首をつかんだと思った瞬間・・・ごろつきは真横へと大きく姿勢を崩した。
そのまま勢いよく、先程までベッド代わりにしていた干し草の方へと突っ込んだ。
猫を弱らせる煙を生み出す草が周囲に飛び散った・・・もっとも、火が付いていなければただの干し草でしかない。
「あ、あなたは・・・」
薄暗い地下室に灯された明かりの中に、ごろつきに横から強烈な一撃を与えた人物の姿が浮かび上がる。
それは、先日の怪我で療養中のはずのブレンヴェルグだった。
癒しの魔法がよく効いたのか、本人の生命力の強さか・・・彼はすっかり元気を取り戻した様子だ。
「ネコルソ・・・じゃなかった、ナナーニャに頼まれて助けに来たぜ」
「ナナーニャが?!」
「そうか、助けに来てくれたのか」
ナナーニャの名前を聞いて、地下室の獣人達がどよめきたち・・・次々に外に出て来る。
どうやら説明する手間が省けたようだ。
「クソ猫ども! 逃げんじゃねぇ! 俺のせいになっちまうだろが!」
おそらくは雇い主であるモラウスキーも、この後警備隊が身柄を拘束する手筈になっているとも知らずに。
報酬の心配をして、脱走する猫達に手を伸ばすごろつき・・・しかしその手が届く事はない。
「今クソ猫っつったか?!オラァ!」
「ふぐっ・・・」
先日の仕返しとばかりに、気合の入った拳がごろつきの鳩尾に叩き込まれた。
ごろつきは口から泡を吹きながら倒れ込み、そのまま意識を失った・・・きっと次に目覚めた時には牢の中だろう。
「あ、ありがとうございますし・・・」
「猫の為だ気にすんな、俺達もさっさとずらかろうぜ」
この間に、地下室にいた獣人達は無事に脱出出来たようだ。
じきに警備隊も駆けつけてくるだろう。
逃げ残った獣人が居ない事を確認しながら、2人は店の外へ向かうのだった。
「あ、猫が出てきた」
やっぱり視力が良いのか、お店から出てきた獣人族にいち早く気付いたのはアクアちゃんだった。
・・・事前に獣人族と聞いてはいるものの、つい猫と言ってしまうその気持ちはよくわかる。
そろそろ煙も薄くなってきていて・・・開きっぱなしの店の扉からたくさんの猫・・・にしか見えない獣人族達が次々に出て来るのが私にも見えてきた。
「獣人族の方々、こちらへ・・・」
「にゃにゃ?」
「あ、ナナーニャの匂いがする」
ローゼリア様の声・・・というよりも匂いに反応したらしい獣人族達がこちらに集まってきた。
後は彼らをナナーニャと合流させて、街の外まで連れて行くんだけど・・・それも獣人に扮した私の役割だった。
「獣人族の皆、ナデシコに・・・この子について行って」
ニャーン
返事をするように鳴いた後、数十匹の猫が私の後ろにぴったりついてくる。
猫を引き連れ、私は大通りへ・・・道を行く大勢の人の注目を集めながら、ナナーニャの待つ学園へと向かう。
「ママ見て、猫ちゃんが」
「まぁ、かわいい・・・サーカスかしら?」
可愛らしい猫ちゃんの大行列・・・何も知らない人々にはそういう風にしか見えない。
万が一モラウスキーが何かをして来るとしても、衆人環視の中では手を出せないだろう・・・そういう作戦なんだけど。
すごく・・・恥ずかしい。
「大丈夫、誰もナデシコだって気付かないから」
「堂々としてれば良いのよ、堂々と」
「ふ、ふぇぇ・・・」
幸いな事に、人々の注目は猫・・・獣人族の方に集まってくれてるみたいで。
行き交う誰もが表情を和ませ、私達の為に道を開けてくれた。
懸念されていたモラウスキーの方も・・・予定通りに警備隊が動いて、無事に確保されたらしい。
『猫の嫁入り』
『101匹猫ちゃん大行進』
『猫ちゃん天国』
・・・今日の行進には様々な呼び名がついて、王都の人々の語り草になったという。
「皆さん、ありがとうございましたにゃ」
学園でナナーニャと合流した後、私達は裏手にある山までやって来ていた。
人間には険しい山道でも、獣人達には自由に行き交うことが出来る。
獣人達は人目を避けて、ここから故郷に帰る事になったのだ。
「もし何かあったら南方のグレン族を頼ってくれ、俺達にとって猫は『神の使い』だからな」
「ブレンヴェルグ・・・ありがとにゃ」
「よせよ、くすぐったい」
ナナーニャはぴょこんとブレンヴェルグの肩に飛び乗り、その頬をぺろっと舐めた。
本当に猫のような愛情表現・・・ブレンヴェルグもまんざらでもなさそうだ。
微笑ましい光景・・・に油断していると、今度は私の頭に飛び乗ってきた。
「ナデシコも、ありがとにゃ」
「は、はう・・・」
なんで私は頭の上に・・・慌てて頭上に手を伸ばすと、ふかふかの毛皮の感触・・・あったかい。
ナナーニャは私の指をぺろっと舐めると、再び地面に降り立った。
「じゃあ皆、さよならにゃ」
「「さよならにゃ!」」
ナナーニャの号令の元、なんとも可愛らしい獣人達の挨拶。
そして一匹、また一匹と・・・猫の姿が山の中へと消えていく。
それらの最後にナナーニャが続くのを、私達は最後まで見送っ・・・
「「?!」」
山道へ歩いて行く長毛種の子猫の姿が・・・人のものへと変化した。
ナナーニャは10歳くらいの少女の姿となって・・・こちらへと振り返る。
金色に輝く猫の瞳はそのままに・・・毛皮を纏ったその姿は私の仮装とよく似ていた。
「ふふっ、またにゃー」
その一言と衝撃の事実を残して・・・ナナーニャは再び猫の姿に戻って、山へと駆けていく。
「ナデシコ、今の・・・見た?」
「う、うん・・・」
それは獣人の中でもナナーニャだけが持つ力なのか・・・それとも・・・
その真相はわからない。
けれど、これだけは言える・・・やっぱり獣人族は『獣人』だったのだ。




