第78話 「獣人族ですにゃ」
意識を取り戻した私が目にしたのは、よく見知った天井だった。
もうすっかり馴染んでしまった学生寮の部屋、私のベッド・・・茜色の空から窓越しに差し込んできた光が目に優しい。
外から入ってくる空気はひんやりとしていて、掛け布団からはみ出した身体を程よく冷やしてくれる。
ぼんやりと微睡むにはちょうどいい環境。
お布団を抱き寄せつつ、ごろんと横に転がると・・・隣のベッドから、もそもそと動く気配を感じた。
「ローゼリア・・・様?」
「あ・・・ナデシコ・・・目を覚ましたのね、おはよう・・・」
少しぼうっとした様子で布団から出くる王女様・・・パジャマを着崩した寝起きの姿。
いつも私の方が後に起きるのもあって・・・こんなローゼリア様を見るのは初めてだ。
ぽとん、ぽとんと・・・床にパジャマを落としながら、ゆらゆらした足取りで浴室へ歩いて行く・・・なんと言うか、すごく無防備。
普段の・・・しっかりきっちりした感じとは、だいぶ違って見える。
しばらくして、水の音が聞こえてくるのを感じながら、私もゆっくりと起き上がった。
この頃には思考もはっきりしてくる・・・たしか偽の警備隊のアジトで、ブレンヴェルグを見つけて・・・
窓の向こうの朝焼けの空は、次第に青い色を帯びていく・・・あれから私は随分と長く眠っていたみたいだ。
「ナデシコもこっちに来なさい」
「あ・・・はい」
すっかり目が覚めた様子のローゼリア様に呼ばれて、私も浴室へ。
いつものように魔法で身体を流してもらう・・・なんかいつもよりもローゼリア様の視線を感じた。
「・・・怪我はないみたいね、心配したのよ」
「あ・・・ごめんなさい」
そっか・・・心配されてたのか。
アクアちゃんもついてたとはいえ・・・ずいぶん無茶をした気がする。
もしローゼリア様達が来るのがもう少し遅かったら、一体どうなっていた事か。
「あの・・・ブレンヴェルグは・・・」
「彼なら無事よ・・・全身傷だらけだったけれど、癒しの魔法でだいぶ回復したわ」
それは良かった。
あの場にいたごろつき達も全員捕らえられたようで、事件は一件落着・・・かと思ったら、そうでもないらしい。
「あの全員が口を揃えて、お金で雇われただけで何も知らない、って言ってるのよ」
「雇われた・・・って・・・誰に?」
「それが・・・わからないの」
雇い主は名前も名乗らずに・・・いかにも怪しい話だけど、ごろつき達には前金で結構な金額が払われていたのだとか。
お金の為ならなんでもする、そういう人達を利用した黒幕がいるようだ。
ごろつき達は、ナナーニャが人の言葉を喋る猫だという事も知らなかったみたいで・・・この辺では貴重な北方種くらいにしか思っていなかったらしい。
「その辺りは私もまだ信じられないでいるのだけど・・・本当に喋る猫なのね」
「ええ・・・今はフィーラが・・・」
中庭の大樹の中にエルフの居住空間がある事は、ごく一部の人しか知らないはず。
あそこに匿っていれば、謎の黒幕も手を出せないだろう。
ナナーニャは怪我に加えて、あの煙のせいでだいぶ弱っていたみたいだから、ちょっと心配だ。
「そうね、お昼に様子を見に行きましょう」
そして、その日のお昼休み___
私達は中庭に集まった。
私とローゼリア様、アクアちゃん、メイドリー・・・そしてフィーラがナナーニャを抱いて大樹から出て来た。
フィーラが治療してくれたのか、ナナーニャはすっかり元気を取り戻した様子で。
「ご心配をおかけしましたにゃ」
「「本当に喋った!」」
ナナーニャが喋る姿を初めて見た面々から、驚きの声が上がる。
「いやナデシコを疑ったわけじゃないけど・・・不思議だし」
「これは・・・侮れない可愛さね・・・そうだ、うちの子にならない?」
「あ、アクアちゃん?」
勧誘を始めるアクアちゃん。
そんなに猫が好きなのかと思ったら・・・
「ほら、私とこの子の組み合わせ!・・・かわいいの相乗効果があると思わない?!」
「あ・・・う、うん・・・」
ナナーニャを抱き上げて、かわいいポーズを取り始めるアクアちゃん。
なんかアクセサリーみたいな感覚だ。
「は、放してほしいにゃ・・・」
「アクア、その子嫌がってるわよ・・・放してあげなさい」
「・・・むー」
ちょっと不満そうな顔をしながらも、アクアちゃんはナナーニャを解放してくれた。
「そういえば・・・怪我をしていたのではないかしら?」
「そっちの方もだいぶ良くなったみたいよ、適切な手当がされていたおかげかしら」
それはおそらく最初にこの子を見つけたブレンヴェルグだろう。
今は代わりに本人が怪我をして休養中だけど・・・癒しの魔法も効いているし、すぐに元気になるとの事。
当面の問題は、この子を狙う謎の黒幕の存在だけど・・・それはナナーニャの口から、あっさりと明かされた。
「なんとかスキーっていう人間に捕まって、逃げてきたのにゃ」
「「なんとかスキー?」」
どこかで聞き覚えのある名前というか語感というか・・・そう思ったのは私だけではなく・・・
「それって、まさか・・・」
「たぶん・・・そのまさかなんじゃない?」
メイドリーとアクアちゃんが顔を見合わせる。
そういえば、この2人から話を聞いたような・・・えっと、貰うのが好きそうな名前の・・・貴族。
「・・・モラウスキー男爵?」
「そう、それにゃ」
その名前を口にしたローゼリア様に、ナナーニャが即答した。
たしか最近、泥棒に入られたっていう・・・犯人は獣人族で・・・獣・・・人??
あ・・・獣人って、そういう・・・
「な・・・なな・・・」
思わぬ事実に震えながらナナーニャを指さす・・・私のその意図はすぐに皆もわかってくれた。
獣人族って『獣要素のある人間』みたいなのを勝手にイメージしてたけど・・・実際にどういう種族なのかはぜんぜん聞いてない。
この国の人ですら、ただ漠然と『獣の力を使う』程度にしか知られていない、謎多き種族だ。
それが・・・こ、この・・・
「まさか・・・」
「ナナーニャが・・・」
「獣人族?!」
「はいですにゃ、ナナーニャは獣人族ですにゃ」
そう答えながら、ナナーニャはまるで胸を張るようにスッと背筋を伸ばした。
私達が初めて出会った獣人族・・・
ナナーニャは『獣要素のある人間』どころか、ほぼほぼ獣要素の塊だった。




