第76話 「え・・・誰?」
「王都の警備隊が・・・あの猫を?」
寮に戻った後、校舎裏での出来事をローゼリア様に相談すると・・・ローゼリア様は怪訝そうに眉をひそめた。
もちろん、私が犬になって追及を逃れた辺りはバッサリ割愛して。
「今の警備隊は例の泥棒の件で手一杯・・・そんな事をしている余裕はないはずなのに・・・おかしいわ」
「で、でも・・・あの人達、猫を探してるって・・・北方種の・・・それに、怪我の事まで!」
「ええ、どう見てもあの子・・・ナナーニャの特徴ね・・・」
そこでローゼリア様はため息をひとつ。
私があんな目に遭っていたちょうどその頃、ローゼリア様は喋る猫について調べていたのだとか。
しかし図書館の本にも王宮の文献にも、そういった猫が存在したという記録は残っていなかったらしい。
「そもそも北方種という時点で、この国では見る事がない種類なのよ」
そうなると、国の外から持ち込まれたという事になる。
普通に考えれば高価な外国産ペットとして・・・けれど、それが喋る猫となると話も変わってくる。
そんな猫が存在するとなったら、それだけで大ニュースになるんじゃないだろうか。
世の中の猫好きが放って置かないよ。
「そこまでわかった上でなら、警備隊が捜索するのもわかるのだけど・・・そんな話は届いていないわ」
「・・・」
王女であるローゼリア様に伝えられる事もなく・・・やっぱりあの人達は怪しい感じがする。
あの時、素直に話していたら・・・ナナーニャはどうなってしまっていた事か。
「どうやら、また王宮に顔を出さないといけなそうね」
「あ・・・ごめんなさい」
「いいのよ、私も気になったのだから・・・ナデシコは気にしないで」
そう言って、ローゼリア様は優しく私の頭を撫でてくる。
ローゼリア様が言うには、私の髪は触り心地が良いのだとか・・・本人としてはよくわからない感覚だけど。
こんなボリューム感しかない髪の何が良いのか・・・まぁ、ローゼリア様が良いなら、いくらでも撫でてくれて構わない。
「じゃあナデシコは、あの猫・・・ナナーニャの方をお願いね」
「は、はい」
ナナーニャ本人・・・いや本猫?
とにかく、あの子に直接聞けば色々わかる事があると思う。
明日もお魚を持っていこう・・・食い意地の張った猫ちゃんだから、お魚の匂いに釣られて出てくるんじゃないかな。
そして迎えた翌日___
今日は朝から天気が悪く・・・寮の周辺がもやっとした霧に包まれていた。
寮を出るともう、数メートル先も見えないくらいで・・・自動車とか走ってたら事故まっしぐらだ。
霧の街・・・と言えばロンドンが思い浮かぶけど、あれもこんな感じなんだろうか。
「この時期に霧だなんて・・・珍しいわ」
「あ・・・そうなんですね」
この国でも霧そのものは発生する事があるらしいんだけど、本来はもっと寒い季節なんだとか。
今日はどっちかと言うと、暑いくらいで・・・ローゼリア様は不思議そうに首を傾げていた。
他の生徒達も不思議そうにしてはいたものの、霧は次第に薄まって・・・登校時間になる頃にはすっかり晴れ晴れとした天気になっていた。
「ナデシコ・・・王宮に行ってくるわ」
「え、今から・・・ですか」
昨日言ってた件なら、てっきり放課後かと思っていたんだけど。
ローゼリア様は難しい顔をして・・・何か考え事をしているようだ。
「ええ、霧が・・・少し気になってしまって・・・」
「霧・・・さっきの・・・」
「ただの霧とは違う・・・おかしな匂いがしない?」
「え・・・」
そう言われると、なんか薄っすらと変な匂いがする。
とはいえ霧はもうなくなっているから全然関係ないやつかも知れないんだけど・・・
でもローゼリア様は、この匂いも霧によるものだと思っているみたいだ。
「嫌な予感がするわ・・・ナデシコも、学園には他の誰かと一緒に行きなさい」
「・・・はい」
ローゼリア様がそこまで言うのなら、とりあえず従っておこう。
そのまま私は寮で少し待って、メイドリーと一緒に登校する事にした。
「霧・・・ですか?」
「うん・・・何も見えないくらい・・・」
例によって、ぐうたらな姉さんの面倒を見ていたせいか、メイドリーは霧に気付かなかったみたいだ。
気付いた時にはもう霧が晴れた後だったみたい。
「ローゼリア様がすごく気にしてて・・・変な匂いがしたって・・・」
「匂い・・・そういえばスパイスっぽい匂いが・・・てっきり食堂からかと思ったし」
スパイスっぽい・・・変な匂いだけど、そう言えなくもないか。
食堂で出された朝食には、そんなスパイシーなメニューはなかった。
霧と匂い・・・いったい何だったんだろう・・・そう思いながら歩いていると・・・
「クソッ! 離せ!」
朝の風景には似つかわしくない怒号が・・・でも聞き覚えのある声。
ま、まさか・・・
声のした方を見ると・・・やっぱり、そのまさかで・・・
「おとなしくしろ、この不良学生が!」
あの不良だ・・・不良が不良らしく補導・・・というか、逮捕されていた。
警備隊の人達に押さえつけられながら、必死に抵抗しているんだけど・・・多勢に無勢というやつだ。
左右から二人がかりで押さえつけられて、身動きが取れずにいる。
「うわ・・・あの生徒、グレン族だし」
「・・・らしいね」
グレン族・・・メイドリーも知ってるくらいには有名なようだ。
その語感からして、やっぱり不良グループの名前か何かなんだろう・・・日本だったら難しい漢字表記なんだろうね。
抵抗虚しく、不良は連行されていった・・・こんな朝早くから何をしたんだろう。
「私も見たのは初めてですけど・・・噂通り狂暴そうな感じだし」
「そ・・・そうだね」
・・・知り合いだという事は黙っていよう。
思わぬ捕り物に遭遇して、私達は遅刻ギリギリになりながら学園の門を潜り抜け・・・
ニャーン…
「・・・えっ」
その鳴き声に振り向くと、茂みの中からあの猫・・・ナナーニャが出てくる所だった。
その足取りは妙にふらついていて・・・私は慌てて駆け寄った。
怪我が悪化?・・・というわけではなさそうだけど・・・ぐったりとした様子で私の手の中に倒れ込んできて・・・
「ナデシコ?・・・その猫ちゃんは・・・」
「前に、校舎裏で・・・」
心配そうに覗き込んできたメイドリーにざっくりと説明しながら、ナナーニャを抱き上げる。
怪我じゃないなら、病気?・・・ど、どうしたら・・・
そのまま何も出来ずにあたふたしていると・・・
「・・・けて・・・」
「え?」
か細い声でナナーニャが・・・何かを言おうとしていた。
いったい何を・・・耳を近付けてよく聞こうとすると・・・
「・・・ブレンヴェルグ・・・を助・・・けて・・・」
「え・・・誰?」
ブレンヴェルグ・・・それがあの不良の名前だと知ったのは、動物に詳しそうなフィーラとアクアちゃんを呼んでナナーニャを診てもらった後。
とりあえずの避難場所として隠れた、中庭の大樹の中での事だった。




