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第74話 「「猫が・・・喋った?!」」


「あ・・・ああ・・・」


ギロリとした三白眼で睨みつけられ、私はすっかり怯んでしまった。

不良、ヤンキー、半グレ・・・そう呼ばれるタイプの人達は私の地元にもいて、何度か目撃したことがある。

夜に駅前に集まって大きな声で騒いだり、公園で車やバイクをぐるぐるさせたり・・・見掛ける度に私は存在感を薄くしてやり過ごしてきた。


・・・世の中には不良をカッコ良く描いた漫画もある、あるよ。

けど、ああいうのはあくまでもフィクション。リアルで関わるものじゃない。


そんな不良と、よりによって人の居ない校舎裏で遭遇してしまうなんて・・・いやむしろ、こんな場所こそ不良のテリトリー。

私は不用意にも不良の領域に入り込んでしまっていたんだ。

に、逃げるんだ・・・はやく、この場所から離れないと・・・


「お前・・・たしか、どこかで・・・」

「ご、ごご、ごめんなさ」


ニャーン…


不良が首を傾げたその隙に、慌てて踵を返そうとした瞬間・・・可愛らしい鳴き声がして私の足が止まった。

そうだ、猫ちゃん・・・身体の大きな不良が近付いて来ているというのに、猫ちゃんは逃げる様子も無く・・・いや違う、逃げられないんだ。

よく見ると猫ちゃんは後ろ足のあたりが赤っぽくなっていて・・・怪我をしている?!


どうしてそんな・・・ま、まさか・・・

不良の方に視線を戻すと、不良は片手にバケツを持っていて・・・中にはなみなみと水が入っているらしく、揺れに合わせてちゃぷんと水が跳ねているのが見えた。

水・・・猫ちゃんは水が苦手・・・それは猫を飼った経験のない私でも知ってる・・・つまり・・・


「・・・!」


こ、この不良が猫ちゃんを・・・やっぱり、リアルの不良は漫画とは全然違うんだ。

自力で逃げる事も出来ない小さな猫ちゃん・・・この子を置いて自分だけ逃げるなんて、私には・・・


「?!・・・お前、何のつもりだ・・・」

「・・・」


猫ちゃんに覆いかぶさるようにして地面に蹲り、身体を丸める。

亀の姿勢・・・硬い甲羅を持った亀には遠く及ばないけれど、私なりの防御態勢だった。


「ね・・・猫ちゃんを・・・いじめないで・・・」

「?!」


両腕でしっかり頭を庇い、身体の急所の殆どを内側に収納した、いじめられっ子ご用達の防御態勢だけど。

不良の得意技、喧嘩キックにはちょうど狙いやすい体勢だ・・・ぎゅっと目を閉じ全身を強張らせて、不良の攻撃に備える。

猫ちゃんは・・・猫ちゃんだけは護らないと。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・??


・・・不良の攻撃が・・・なかなか来ない。

いやいや、こっちが気を抜いた瞬間を狙ってくるんだ、油断しちゃいけない。

気なんて抜かない・・・油断なんてしない・・・


ニャーン…


私の下で猫ちゃんが鳴いてる。

大丈夫、大丈夫だからね・・・私が・・・まも・・・?!


スルスル…


あろうことか、猫ちゃんは私の下から這い出ようと・・・腋の下の隙間から・・・

怪我をしている猫ちゃんだ、上から押さえつけるわけにもいかず・・・そのままスルスルっと外に・・・


「だ、ダメ・・・猫ちゃ・・・」


ニャーン…


「よしよし、良い子だ」


すっかり私の下から抜け出した猫ちゃんを、不良のごつごつとした手が撫でる。


・・・?・・・撫でてる?


「えっ・・・」


不良は手慣れた手つきで、猫ちゃんの頭から耳の後ろ、首から顎にかけて撫でていく・・・


ニャーン…


猫ちゃんも気持ちよさそうに頭を押し付けて・・・?

わ、私はいったい何を見せられて・・・


「よし・・・ちょっと我慢しろよ」


そう言うと不良は、ハンカチをバケツの水で濡らして・・・猫ちゃんの身体を拭いていく。

やっぱり手慣れた感じで・・・こ、これはまさか・・・


『野良猫に優しい不良』・・・悪そうに見えて実は良いやつ?!


不良は最後に怪我をしている後ろ足を、優しく丁寧に・・・猫ちゃんはビクッと反応したけど、逃げる様子はない。


「・・・」


信じられない光景に、私はあんぐりと口を開けて固まってしまっていると・・・


「お前・・・いつまでそうしてるつもりなんだ?」

「あっ・・・はい」


呆れた声で不良に窘められ・・・亀になっていたままの私は佇まいを正した。



「ごめんなさい・・・私、てっきり・・・その、猫ちゃんを・・・」

「・・・んな事するかよ」

「は、はい! ごめんなさい・・・」


悪い人じゃないみたいだけど・・・ギロリと睨まれるとやっぱり怖い。

不良はポケットから小瓶を取り出すと、中身を猫ちゃんの赤くなってる部分に塗り始めた・・・何かの薬のようだ。


「・・・俺のいた郷里じゃ猫は神の使いだ、大事に扱わなきゃならねぇ」

「そ、そうなんだ・・・あの・・・癒しの魔法、とかは・・・?」


猫ちゃんを近くで見ると、赤くただれた皮膚が痛々しい。

でも癒しの魔法ならすぐに治るんじゃないか?・・・そう思ったんだけど・・・不良は黙って首を振った。

ひょっとして使えないのかな・・・それなら誰か使える人を呼んで来るとか・・・


「あ、私の友達で・・・使える人が・・・」

「無駄だ、これは火の魔法でやられてる」

「?!」

「まだ子供の猫を相手に・・・誰だか知らねぇが酷い事しやがって」


授業でやってた、魔法の傷には癒しの魔法が効きにくい・・・という事は誰かが火の魔法で猫を狙って攻撃した?

そういえば日本でも弓矢か何かで猫を狙った人がいたって聞いた事がある。

じゃあ、この異世界でも同じように・・・酷い。


「見つけたら絶対許さねぇ、俺がぶっ潰してやる」

「・・・ひ」

「お前は違うだろ、ビビんなって」

「あ・・・はい」


だって、また目つきがギロって・・・やっぱり不良は怖い。

けどそれ以上に怖いのは、猫ちゃんにこんな事をした犯人だ。

どこかにいるんだよね・・・下手したら、この学園内に。



「・・・という事があったんです」

「まぁ、そんな事が・・・」


その後、寮に帰った私はローゼリア様に相談する事にした。

ああいうのはエスカレートするなんて話もあるし、治安にも関わりかねない問題だろう。

ローゼリア様が手を回してくれれば、犯人もすぐに・・・そう思ったんだけど。


「警備隊の方には私から言っておくわ・・・けれど、例の泥棒の件もあるから・・・」

「ああ・・・」


残念な事にタイミングが悪かった。

今は泥棒騒ぎの方に人手が取られてしまっているみたいで、それどころではないらしい。

例の泥棒は巧妙に姿を隠しているらしく、手掛かりひとつないのだとか。


「この国の王女としては、みっともない話で申し訳ないわ・・・ごめんなさい」

「いえ・・・ローゼリア様は何も悪くないです」


悪いのは泥棒や猫虐待犯だ。

どちらも早く捕まると良いんだけど・・・

猫ちゃんに関しては、ローゼリア様も気になったらしく。


「ナデシコ・・・その、猫ちゃんは何処にいるのかしら?」

「はい、案内しますね」


さっそく、翌日のお昼休みに例の校舎裏へ。

猫ちゃんの為に小魚も用意して・・・こっちの世界でも猫には魚が良いらしい。


ニャーン…


怪我をしているせいか、猫ちゃんは昨日と同じ場所でじっとしていた。

食堂で借りてきた器に小魚をよそ・・・わわっ。

猫ちゃんは待ち切れないとばかりに、よそってる途中の小魚に食いついてきた。


「もう・・・まだあるのに・・・よそえないよ」

「ふふ・・・お腹が空いていたのね」


微笑みながらローゼリア様が猫ちゃんを優しく撫でる。

すっかり小魚に夢中らしく、猫ちゃんは触られてもまったく気にしていない様子。

そして猫ちゃんを撫でるローゼリア様の手が傷の方に・・・癒しの魔法の光が灯った・・・けれど・・・


「やっぱり・・・魔法の効果が弱いわ」


それでも少しは効いているように見える。

外側の赤みが引いて・・・傷がひと回り小さくなった感じだ。


ニャーン…


猫ちゃんも嬉しそうに鳴いて、ローゼリア様の手に頭を擦り付けて来る。

いいなぁ・・・私も撫でてみたい。

そっと手を差し出す・・・猫ちゃんに逃げる様子はない。


さわさわ・・・


ああ、猫ちゃんの感触が手に・・・野良にしては綺麗な毛並み。

あの不良がお手入れしてたからだろうか。

長い毛はふかふかで至高の触り心地・・・ずっと撫でていたい。


「北方種ね・・・この辺りでは珍しい種類だわ」

「そうなんだ・・・名前とかついてるのかな・・・」


今度あの不良に会ったら聞いてみよう・・・まだちょっと怖いけど。

そんな風に考えていると・・・不意に声が聞こえた。


「・・・名前は、ナナーニャですにゃ」

「「え・・・」」


思わずローゼリア様と顔を見合わせる。

今の声がローゼリア様ではないのは明白だ・・・じゃあ誰が?

周囲には私達の他に誰もいない・・・それに声がした方向は・・・まさか・・・


そのまま、ローゼリア様と私の視線が下へ向かう。

そこにいるのは小魚を平らげて、満足そうに身体を丸める子猫ちゃんの姿。

前脚で耳をかく姿が可愛らしい・・・でも・・・いやいやそんな・・・


「・・・ナデシコ」

「・・・ローゼリア様」


もう一度、2人で顔を見合わせた。

たぶん聞き間違いじゃない・・・間違いなく、今・・・


「「猫が・・・喋った?!」」


そんな私達を尻目に・・・

ナナーニャは欠伸をすると、優雅にお昼寝を始めたのであった。

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