第72話 「プレゼントは・・・私です」
「今年のパレードは一段と盛り上がってましたね、評判良いですよ」
「そう・・・みたいだね・・・あ、あはは・・・」
パレードが終わった後、私はメイドリーとお城のテラスで遅めの昼食を頂いていた。
もっちりとした食感の薄焼きのパンに、焼いた肉とチーズが挟まったサンドイッチに齧り付く・・・外周部分だけカリッとした食感で香ばしい。
ふた口目からは、スパイスで味付けされた肉の上品な味わいが広がってくる・・・一見簡単そうに見えても、さすが王宮の料理って感じだ。
「そういえば、学園の生徒も・・・何人か来てたみたいだけど・・・」
「ナデシコがパレードの馬車に乗ってるって言ったら、皆観に来てくれましたよ」
「そ・・・そうなんだ」
メイドリー・・・お前だったのか、皆に言いふらしたのは。
私がメリア―ナの馬車に乗せられたあの時、一緒にいたはずのメイドリーが何をしていたのかはちょっと気になってた。
あの場で彼女は騒ぐでもなく、そっと城外に出て・・・学園の皆に知らせに走っていたのだ。
私にはわからなかったけど、あの群衆の中にアクアちゃんやフィーラ達もいたのだとか。
そして、その後は私も知ってる通りパレードを観に集まった観客の中に『大和撫子様』の噂が広がっていって・・・
「来年の開催には大和撫子様グッツも作ろうって話も、ちらほらと・・・」
「や、やめて・・・」
さすがに来年はパレードに参加してないと思うよ。
それに、盛り上がってるのも今だけで・・・きっとその頃には皆、私の事なんて忘れてる・・・そう思いたい。
あくまでも王女様のお誕生日を祝う日なんだから・・・私という余計な生き物の事は忘れてしまうと良いよ。
食後のデザートが運ばれてきた。
色とりどりのフルーツが角切りになって、ガラスの器の中で宝石みたいに輝いている。
けれど私の視線は運んできた人の方に注がれてしまった・・・たしかレーネフィールとかいう、メリアーナのメイドさんだ。
この人がいる、という事は・・・
「・・・ナデシコ、お邪魔していい?」
「「メリア―ナ」様?!」
私とメイドリーの声が微妙に重なった。
メリアーナはすごく疲れた様子で・・・よろよろと隣の席に腰掛けた。
そこへすかさずメイドさんの手によってデザートが置かれて・・・あ、ちゃんと人数分あるんだ。
先端が二股になったフォークでフルーツを弄びながら、メリアーナはため息と共に語り始めた。
「・・・聞いてよナデシコ、お義姉様がね・・・」
「・・・!」
また姉妹のいざこざか・・・そう思って身構えたのもつかの間。
話はこれまたパレードでの私の事・・・私を勝手に馬車に乗せた件で、ついさっきまでローゼリア様からお説教されていたようだ。
「それでね、お義姉様、お母様にまで言って・・・私のおやつ抜きだって・・・酷いでしょ?」
「・・・」
そう言いながらメリアーナがパクパクと口に運んでいる物体は、おやつに含まれないんだろうか。
・・・いやフルーツだし、バナナはおやつに入らない、みたいなものなのかな?
思わず白い目で見てしまいそうになる光景から目を逸らしつつ、私は気になった事を聞いてみる事にした。
「その・・・ローゼリア様は?」
「お義姉様なら、お色直しの最中よ・・・お父様がプレゼントしてくれたドレスに着替るんですって」
「あ・・・」
プレゼントという単語に思わず反応してしまった。
元々プレゼント用に持ってきた『キノコ入りキノコ』はメリアーナにあげてしまったので、今の私には何もないのだ。
そんな私に気付いて、メリアーナは気まずそうな顔になる。
「ナデシコ・・・やっぱりアレ、返した方が・・・」
「だ、大丈夫!・・・他のプレゼントも、ちゃんとあるから」
「・・・そう?ならいいけど」
メリアーナに変な気を使わせないように、強めに言うけど・・・実際は何も持ってない。
考えならある、あるんだ・・・プレゼントを用意出来なかった時用の、最後の手段が。
ただちょっと心の準備が必要と言うか・・・覚悟を決めないといけないと言うか。
どのみち時間は残されてはいない・・・思えば最初からそんな時間はなかったんだから、これは必然なのかも知れない。
泣いても笑ってもローゼリア様のお誕生会まではもうすぐだ。
景気づけとばかりにフルーツを口に運ぶ・・・美味しい・・・けれど、あんまり食べた気はしなかった。
「ローゼリア、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
そして始まった王族ばかりのお誕生会・・・2日目ともあって、だいぶ和やかな雰囲気。
メイドリーも少しは緊張が解けているみたい。
今日の主役はローゼリア様という事で、昨日メリアーナがいた席にローゼリア様が座っている。
「ナデシコ、メリアーナが今日も迷惑をかけたみたいで・・・ごめんなさいね」
「い・・・いえ」
そして、なぜか私がその正面の席・・・王様の正面じゃなくなったのは良いんだけど。
王様の前にはメリアーナ、メイドリーは昨日と同じ位置で・・・隣が私なので、彼女が一番楽な席かも知れない。
着替えたローゼリア様が身に纏うドレスの色は純白・・・白鳥モチーフのようだけど、色のせいでウェディングドレスを連想してしまう。
「素敵な・・・ドレスですね」
「ふふ・・・お父様からの誕生日プレゼントなの」
「さすがはローゼリアだ、良く似合っておるぞ」
「まぁ、ありがとうございます」
プレゼントという言葉にビクッとしてしまったけど、王様の方に気を取られてくれたみたい。
出来れば・・・この場で渡す流れにはなって欲しくない。
昨日のように一度お開きになってから、ローゼリア様のお部屋を訪ねて・・・みたいなのが理想的だ。
だって・・・私のプレゼントは・・・
けれど私の願いは虚しく・・・
まさにプレゼントの話題がきっかけになって、ローゼリア様にプレゼントを渡す流れになってしまった。
「お義姉様・・・これ、私からのプレゼント・・・」
「メリアーナが私に・・・何かしら・・・開けても良い?」
「う、うん・・・」
メリア―ナが差し出したプレゼントの包みを、ローゼリア様はその場で開封した。
中から出てきたのは、メリア―ナの遊戯室で見たゲーム盤のひとつ。
クラシックな質感のある木製のケースの中に、駒とカードが綺麗に収納されている。
「これ・・・メリアーナが大事にしてた・・・」
「お義姉様に持っていて欲しくて・・・でも、いつか必ず私が勝つわ」
「ありがとう・・・楽しみにしてるわ」
誕生日プレゼントを渡すにしては不似合いな不敵な笑顔・・・挑戦者の顔をしたメリアーナ。
対するローゼリア様も、凛とした・・・チャンピオンの顔で受け取る。
あれが・・・例の100連敗したっていうゲームなのかも知れない。
「わ、私からは・・・これです!お納めください!」
「まぁ、これは・・・私ね」
続いてメイドリーが差し出したのは、ローゼリアぬいぐるみ。
相変わらず手縫いとは思えない完成度の高さ、ローゼリア様への愛が感じられる一品だ。
ローゼリア様も嬉しそうに受け取って・・・良かったね、メイドリー。
「あ・・・あの・・・」
そしてこの流れの中・・・さすがに私だけプレゼントがないとか言えない。
もちろんプレゼントなしなんて、そんなつもりは更々ない。
けど・・・出来れば他人が見てない所でやりたかった。
全身が強張り、緊張に震える・・・ちゃんと言葉に出来るか、普段の私を思うと怪しい。
メイドリーが、メリアーナが私に注目してる・・・くぅ・・・既に恥ずかしい。
でも、こういうのはさっさと済ませるのが正しいんだ・・・必要なのは勢い、勢いだ撫子。
言え・・・言うんだ・・・
私は大きく息を吸って・・・ローゼリア様へと、その言葉を口にした。
「プレゼントは・・・私です」
その昔___
お腹を空かせた旅人の為に森の動物達が食べ物を用意するという話があった。
動物達はそれぞれの特技を生かして、魚を獲ったり、木の実を集めて旅人に振舞う・・・そんな中。
何も用意出来なかったうさぎは、自らを食料として旅人に差し出す・・・それが今の私の姿。
「「?!」」
一瞬で場が凍り付く空気を感じる・・・例えるなら、渾身のギャグが滑った時のような。
けれど私はもう止まれない・・・勢い・・・勢いで最後までやり切るしかないんだ。
今私の右手には、1枚の紙きれが握られている。
招待状から破いて作った、長方形のチケット・・・そこには『なんでもする券』と書いてあった。
文字通りの、撫子ちゃんが何でもしてくれる券・・・昔おじいちゃんにあげた肩たたき券の進化系、最上位種だ。
思い切り腕を伸ばして・・・ローゼリア様へとそれを差し出した。
「な、なんでもします・・・どんな目に遭っても・・・なんでも」
「・・・」
その券に手を伸ばしかけたローゼリア様は・・・すごく真剣な顔で・・・
「ナデシコ・・・本気なの?」
その問いかけに・・・私は頷く、何度も頷いた。
こんなプレゼント、何かの冗談と思われてもしょうがない・・・疑われるのは当たり前だ。
だけど、私にはこれしかない。
「ローゼリア様は、私の初めてのお友達です・・・この世界で、じゃなくて・・・本当に初めて出来たお友達で・・・」
元々、私の遺志に関係なく、半ば無理矢理に決まった異世界への留学。
元の世界の学校でもうまくいかなかった私に出来た、最初のお友達がローゼリア様なんだ。
ローゼリア様と一緒に食べたキノコの山・・・誰かと一緒に食べるのが、こんなに美味しいんだって教えてくれた。
「ローゼリア様にはたくさん良くして貰いました・・・寮だってローゼリア様じゃなく、他の人が同室だったら、私・・・」
なんだか視界がぼやけてきた。
顔が熱くて・・・こみ上げてくるのは鼻水・・・すごくかっこ悪い。
声を出すのも辛くなってくる・・・でもちゃんと言わなきゃ・・・言わなきゃ。
「だから私・・・なんでも、なんでもします・・・ローゼリア様の為なら・・・どんな目に遭っても、構いません」
「ナデシコ・・・まさか貴女・・・」
私に言えたのはそこまでだった。
溢れ出す鼻水で顔がぐちゃぐちゃ・・・視界も度のおかしい眼鏡をかけたみたいで・・・
しまいには喉が・・・しゃっくりみたいなのが・・・もうまともに喋れない。
もう何もかもがわからない・・・何も感じられない・・・そんな世界の中で。
この手を握った・・・確かな温もり。
「・・・ありがとうナデシコ、貴女の覚悟・・・確かに受け取ったわ」
ローゼリア様の手が触れた場所から・・・私の手から腕、身体に・・・身体の震えが消えていく。
それは、まるで癒しの魔法をかけて貰ったかのように、私の全てを温めていくみたいに・・・
「えぐ・・・えぐ・・・」
「大丈夫よ、もう泣かないで・・・」
ローゼリア様の指先が、私の頬に・・・瞼に触れた。
私の涙が拭われて・・・ああ、私・・・泣いてたんだ。
「う・・・わぁぁ・・・」
自覚してしまうと、嗚咽が止まらない。
ローゼリア様に頭を撫でられながら、子供のように・・・私はしばらく泣き続けてしまった。
「あの・・・ごめんなさい」
「気にしないで、誕生会を続けましょう」
すっかり場の空気を白けさせてしまった私を、誰も責める事無く・・・
ローゼリア様のお誕生会は、その後も穏やかな雰囲気で流れていった。
昨日と違って今夜は寮に帰らないといけない。
連休は終わり、明日からは学園に通う日々が待っているのだ。
名残惜しくはあるけれど、醜態を晒してしまった私にはちょうど良い引き際かも知れない。
「ナデシコ、メイドリー・・・ありがとう・・・ラインゴード、2人をお願いね」
「はっ、かしこまりました」
執事のラインゴードさんに連れられて、私とメイドリーは王宮を後にする。
辺りはもうすっかり暗くなっているけれど、寮までは馬車で送ってもらえるので安心だ。
ローゼリア様だけはお城に泊まっていくらしい・・・家族水入らずの時間を過ごすのだろう。
「ナデシコ・・・」
馬車に揺られながら、メイドリーは堪え切れないといった顔で私に詰め寄ってきた。
さすがにこれは怒られるやつか・・・ローゼリア様の前であんな事をしてしまったから・・・
けれど・・・その反応は私にとって予想外のものだった。
「私、感動しました!・・・まさかあんなにも熱い愛の告白をするなんて!」
「ふぇっ?!」
あ、あいの・・・こく・・・なんだって?!
「お2人の仲が良いのは充分にわかっていたつもりでしたが・・・プロポーズの瞬間に立ち会えるなんて」
「ぷ、プロポリス?」
ハチミツのすごいやつだっけ?
のど飴に入ってる・・・って、プロポーズ?!今、プロポーズって言った?!
メイドリーさん?!
「えっ、違うんですか?・・・でもアレは、どう見てもプロポーズ・・・」
「いや、お・・・女の子同士だし・・・まさか、この国だと・・・」
文化の違いっていうのはある。
こと同性愛に関しては、私の世界でも国によって価値観が違ったはず・・・
ひょっとして、この異世界・・・フレスルージュ王国では・・・
「まぁ・・・普通はないですね、基本的に男女で結婚しますし」
「そ、そうなんだ・・・」
さすがに異世界でも異性で結婚するのが普通のようだ・・・しかし、ホッとしたのもつかの間。
「でも王族に限っては例外があります、4代前の女王がそれで・・・奥方を迎えてます」
「へ?・・・」
「当時の王家は男子に恵まれなくて・・・王位を継ぐにあたって、お相手が男性ではよろしくない、と・・・」
「・・・」
「もしも、ローゼリア様が王位を継ぐのなら、同じように奥方を迎える事になるかと・・・てっきり、ナデシコのアレはそういう意味では・・・」
「?!」
(・・・ありがとうナデシコ、貴女の覚悟・・・確かに受け取ったわ)
私の頭の中で、ローゼリア様の言葉が繰り返される・・・いつになく真剣な声色をしていて・・・
ま、まさか・・・あれ・・・兄王子を相手に王位を取りにいく、という解釈が・・・がが・・・
「う、うわぁぁぁ・・・私なんてこと・・・ど、どうしよう」
「がんばってください・・・相手がナデシコなら、私も応援するし!」
「ふ、ふぇぇ・・・」
激しく動揺する私の手を、勘違いしたままのメイドリーがぎゅっと握る。
明日、学園でどんな顔してローゼリア様と会えばいいのか・・・私がそんな心配をしていた、その時___
___王宮では、私の心配とは全く異なる、想像もしない事態が進行していたのだった。
「お父様もご覧になったでしょう?・・・ナデシコは全てを知った上で、自らを・・・」
「馬鹿な・・・そんな事はあり得ん!・・・あの事は王国でも極一部の者にしか・・・」
「陛下、及ばずながら・・・ニホン国の皇族は神の末裔と伺っております・・・そして、かの国では古の時代、女王が占術を以って国を治めていたと・・・それは千里眼の力とも言われており・・・」
「だから何だというのだ?! ライゲンよ、それらが事実としてあの娘とは関係ないだろう?」
「大和撫子・・・その高貴なる血の中に、かの女王の力が眠っていたのではないか・・・充分に考えられる事です」
「・・・?!」
「お父様・・・いえ国王陛下、やはり私は反対です・・・あの子を、あんなに優しい子を犠牲になど、したくありません」
「だがローゼリア、それではお前が・・・ならん!ならんぞ!」
それは、私の全く知らない所で・・・私は何ひとつ知らないまま・・・
「あの子は覚悟を見せてくれました・・・だから、私も・・・」
私が贈った『なんでもする券』を握りしめ・・・ローゼリア様は、その意志を固めたのだった。




