第70話 「貴女、すごい人だったのね!」
ローゼリア様のおかげで、私達は無事に宝物庫から外に出ることが出来た。
例の仕掛けは簡単には直せないみたいで、このまま封鎖されるらしい。
おかげで機密を知った部外者の私も、お咎めなしで済むとの事。
地上ではすっかり陽が沈んで、薄紫色の空が次第に夜の闇へと変わっていく、その途上といった所。
フレスルージュの王都は山に囲まれた高地なので、この夜へ移行する時間が長めに感じられる・・・って授業で習ったのを思い出した。
少しずつ暗くなっていく西の空に星が瞬くのが見えた、一番星、二番星・・・日本とよく似た感じの異世界の星空。
下を見降ろせば、街にも明かりが灯っていくのが見える、その多くが魔法によって生み出された、異世界の街明かり。
お城の2階にある広いテラスは、そんな幻想的な光景を私達に見せてくれた・・・けれど。
「な、ナデシコ・・・わた、わたしの恰好、変じゃないですか?」
「大丈夫・・・よく、似合ってるから・・・」
「だって、ここ国王陛下が来られるし」
すごく不安そうな顔で私に尋ねてきたメイドリーは、薄い緑色のドレスを身に纏っていた。
ラインゴードさんが用意してくれたそれはサイズもぴったり、長いスカートの上で緩やかな曲線を描くフリルが大人っぽくも清楚な雰囲気を醸し出していた。
大胆に出した肩に、肘から先は同系色の手袋、胸元にはエメラルドのペンダントが控えめに輝きを放つ・・・どれもメイドリーによく似合っている。
どっちかと言うと、服装よりも髪型の方が・・・メイドリーは相変わらず私と同じ髪型だ。
もっさりとしたボリューム感くらいしか褒める所のない髪の上に、ちょこんと乗せられた欠けた月の髪飾り・・・それはちょっとかわいいかも知れない。
もちろんだけど、取り立てて問題があるような服装には見えない・・・むしろ私の方が不安になるくらいだ。
「・・・日本国から参りました田中撫子です、この国で精一杯学ばさせて頂いております・・・」
ローゼリア様のご両親・・・間違っても粗相のないように、前もって考えていた挨拶を小さく口ずさむ。
「大丈夫よ、2人ともどこに出しても恥ずかしくないわ、胸を張って」
「あ、ありがとうございます!」
さすがローゼリア様のお墨付きは効果覿面。
メイドリーもそこそこ身長があるから、背筋を伸ばして立つと様になる。
私は・・・うん、もうなるようになれ、としか・・・
「そこまで気にしなくても大丈夫よ、今日は公の場ではないから・・・」
メリア―ナも私達を励ましてくれるんだけど・・・その表情が硬い。
あ、そうか・・・彼女も両親と顔を合わせるのが不安なんだ。
宝物庫で見せた寂しげな表情が思い出される・・・今の彼女の心中を思うと、これくらいで緊張する自分が情けない。
「あ・・・あの・・・ローゼリア様」
助けを求めるようにローゼリア様の方を見ると・・・タイミングを合わせたかのように目が合った。
「ええ、わかってるわ・・・メリアーナ」
「へ・・・ちょ、お義姉様?!」
お姫様をエスコートするように、ローゼリア様がメリア―ナの手を取った。
・・・どちらもお姫様なんだけど。
「メリアーナ、堂々となさい・・・今日は貴女が主役なんだから」
「お義姉様・・・はい!」
華やかな王女2人の後に、おどおどとした足取りで私達が続く。
部外者の私達なんて脇役どころか添え物が良い所・・・添え物は添え物らしく、目立たないように。
むしろこのまま王女2人の陰に隠れてテーブルの隅っこに収まれば、無難にこの場をやり過ごせるんじゃないか・・・けれどそんな期待はすぐに打ち砕かれた。
「お父様、お母様・・・遅くなり申し訳ございません」
ドレスの裾を持ち、優雅に礼をする姉妹・・・両親へと語り掛けるメリアーナの声が震える。
テーブルを挟んで向こう側に立っているのが王様と王妃様・・・なるほど、王様はローゼリア様と、王妃様はメリア―ナと同じ色の髪。
2人は冠も被っておらず、豪華絢爛な服装でもなかった。
仕立ては良く気品も感じるけれど、だいぶ地味めな色合いの服装・・・事前に聞いていなければ国王夫妻と気付けるかどうか・・・公の場ではない、とはそういう事か。
「形式ばった挨拶など無用だ、こちらに来なさい」
「は、はい・・・」
うわ、地味な服装をしていても国王陛下・・・威厳に溢れるお声。
メリアーナは借りてきた猫のようにしゅんとしながら、請われるままテーブルの向こう側へと・・・
「きゃっ?!」
「メリアーナ、悪い子め、心配をかけおって」
メリアーナが近くに来るなり、王様はその手を引いて引き寄せた。
そのまま抱き抱えて、立派なお髭をすりすりと・・・ああ、アレ昔お父さんにされた事ある・・・ちょっと嫌なんだよなぁ。
でもメリアーナは嫌そうな顔をしていなかった。
「お、お父様・・・離して・・・」
「いいや離さぬ・・・この父に心配をかけた罰と知れ」
すりすり地獄はしばらく続くようだ・・・抵抗しつつもメリアーナはどこか嬉しそう。
よかった、ちゃんと愛されてるんだね。
「お、お母様・・・たすけて・・・」
「陛下、メリア―ナも嫌がってますから・・・その辺りで・・・」
「むぅ・・・仕方ない」
「お母様ぁ・・・」
名残惜しそうに王様がメリア―ナを解放すると、今度は王妃様の胸に飛び込んで・・・
こうして見ると普通に仲の良さそうな親子だ。
そのまま、夫妻の間の席にメリアーナが収まる・・・今日の主役たるメリアーナの為の真ん中の席。
そして、テーブルのこちら側にも椅子が3つ・・・席はそれだけだ、隅っこの席なんてなかった。
「お父様・・・この場に私のお友達を招待する事をお許しいただき、ありがとうございます」
「うむ・・・ローゼリアの学友達、今日はよく来てくれた・・・どうか楽にしてくれ」
「「は、はい・・・」」
そんな以前に満ちた声で、そんな事言われても・・・
私もメイドリーも、こんな状況で楽に出来るような図太い性格じゃなかった。
2人揃ってギクシャクと・・・まるでシンクロするような動きで席に着・・・あっ。
真ん中の、メリアーナの正面の席にローゼリア様が。
その隣、王妃様の正面の席にメイドリーが。
必然的に、残った私の席は・・・国王陛下の・・・
「ローゼリアとメリア―ナの父、ゴッタルド2世だ・・・名前を聞かせて貰えるかな」
「は・・・はひ」
わ、私の目の前に・・・この国の王様が・・・
前もって考えていた挨拶なんて一瞬で吹き飛んでしまった。
どどど、どうしよう・・・そうだ、名前・・・名前を聞かれてるんだった。
「た、田中、撫子・・・です」
「?!」
私がそう名乗るなり、王様の目が見開かれた。
と、同時になんかすごい圧力みたいなのが、私の全身を縛るみたいに・・・身体が、動かせない。
でもそれは一瞬の事で・・・私の体感では数秒くらいだけど・・・すぐに収まって・・・今のはなんだったんだろう。
王様が驚いた顔をしたのも一瞬で・・・すぐに穏やかな笑顔を見せてきた。
「・・・そうか、君がニホン国からの留学生、ナデシコ、か・・・ローゼリア」
「ナデシコは私の大切な、お友達です・・・お父様、よく、お見知り置きを」
私を紹介してくれるローゼリア様・・・なんとなく、その声がいつもよりも冷たいような・・・いや気のせいかな。
続けてローゼリア様を挟んで反対側から、私に負けず劣らず緊張したメイドリーのうわずった声が・・・
「め、メイドリーと申します・・・モラーナ家の・・・」
「ほう、そちらはモラーナ家の・・・2人とも今後もローゼリアと仲良くしてやって欲しい」
「「は、はい!」」
「ふふ・・・2人はまるで姉妹みたいね」
緊張のあまり全く同じ反応を見せる私達を見て、王妃様が微笑んだ。
この人がメリアーナのお母さん・・・とびきり美人というわけでもないけれど、まだ若い、優しそうなお母さんだ。
この場にローゼリア様のお母さんが居ない事から、なんとなく察してしまうけど・・・やっぱり後妻なんだろう。
「学園でのお話、聞かせて貰えるかしら?」
「あっ、はい・・・」
面子が面子なせいか、必然的に話題は学園でのローゼリア様の話が中心になる。
今日の主役のはずのメリア―ナが置いてけぼりにならないか、気になったけれど・・・
「あの時は、ナデシコが・・・」
「ナデシコが?! ナデシコが何をしたの? 詳しく知りたいわ!」
話題が私の事になった瞬間、メリア―ナが食いついてきた。
いや・・・そんなに根掘り葉掘り聞かないで・・・恥ずかしい。
「一緒に中庭にいたはずなのに、いなくなったから、びっくりしたの・・・どこにいたと思う?」
「うーん・・・学園の隠し通路を見つけたとか?」
「当たらずとも遠からずね・・・実は・・・」
中庭に引き籠っていたフィーラを連れ出した時の事。
生徒会に入るように迫ってきたジルノからローゼリア様を庇った時の事。
もちろん、メイドリーと一緒にがんばった体育祭の時の事。
この短い期間に起きた色々な出来事・・・メリア―ナはキラキラした瞳で『もっと詳しく』とそれらの詳細を聞いてくる。
当人としてはものすごく恥ずかしいんだけど・・・せっかくメリアーナが会話に入ってきてくれたのを無駄には出来ない。
ローゼリア様も、メイドリーまでノリノリで・・・なんか話が誇張されてる感じもするけど、きっとメリア―ナにわかりやすく伝える為だろう。
「ナデシコ・・・貴女、すごい人だったのね!」
「いや・・・そ、それほどじゃ・・・」
「ついこの間もね、3人のエルフ達が大和撫子様!って・・・」
「ヤマト・・・ナデシコ・・・?」
「ええと確か・・・ニホン国の貴人の事だってライゼンが・・・ええと、ニホン国に詳しいクラスメイトが言ってたし」
「へぇぇ・・・へぇぇぇ!」
や・・・やめて・・・そんなキラキラした目で私を見ないで・・・
いや、でも・・・メリアーナが楽しんでくれるなら・・・が、我慢だ・・・少なくとも今日だけは。
私をネタにする事と引き換えに・・・和やかな時間が流れていく・・・気付けば夜も深い時間になっていた。
「申し訳ないが・・・今日はもう遅い、続きはまた明日としよう」
「えー、もっとナデシコの話を聞きたいわ」
誕生会の閉会を宣言する王様に、メリア―ナが不満の声を漏らす。
私としては、罰ゲームがようやく終わってくれるような、救われた気分だ。
「メリアーナ、いつもならとっくに寝る時間よ」
「むー・・・」
お母さんに窘められるもまだ不満そうな様子・・・こうして見ると子供らしい。
けれど次の瞬間、メリアーナの視線は王様が取り出した大きな包みに捕らわれるのだった。
「ああそうだ、日が変わる前にこれを渡さないと・・・誕生日おめでとう」
「あ・・・お父様・・・」
「ふふ・・・私達からのプレゼントよ、気に入ってくれると良いのだけど・・・」
「わぁ・・・ありがとう!」
メリア―ナが嬉しそうに包みを抱きしめる。
けれど、プレゼントはそれだけではなかった。
「私からもプレゼントがあるわ・・・受け取ってもらえる?」
「お義姉様・・・ありがとう」
ローゼリア様のプレゼントは小さな包み・・・けれど大きな愛情が籠っているに違いない。
ふたつの包みを両手に抱えて、メリアーナは幸せそうな笑顔を見せる。
「では私達は失礼する・・・お前達も早く寝るのだぞ」
「はーい」
「ふふ・・・もう、メリアーナったら」
すっかり上機嫌になったメリアーナを部屋まで送って、私達も休ませてもらう事にする。
部屋まで辿り着いて、おやすみを言おうとした所で・・・メリアーナは私を呼び止めた。
「あ、そうだ・・・ナデシコ」
「?」
「これ、返すわ・・・中身は食べちゃったけど・・・ごめんなさい」
・・・それは、半透明のキノコの小物入れ。
私がローゼリア様へのプレゼント用に用意した物だった。
そういえば、そんな事があったっけ・・・あの時はショックだったな・・・けれど・・・
「いいよ・・・メリアーナにあげる」
「え・・・だってこれは・・・」
なおも返そうとするメリアーナの口元に、人差し指を突き付けて・・・
私はその言葉の続きを奪った。
「これは・・・メリアーナへの、誕生日プレゼント・・・だから」
「・・・ナデシコ、いいの?」
大きな瞳を潤ませるメリアーナに、私は精一杯の笑顔で頷いた。
と、そこへ・・・メイドリーが息を切らして走ってきた・・・これまたプレゼントを抱えて。
どうやら慌てて部屋まで取りに行ってきたらしい。
「はぁはぁ・・・メリアーナ様・・・これ・・・私から・・・プレゼントです」
「え・・・」
それは・・・メイドリーお手製のぬいぐるみ・・・でも、私が知っているのと色が違・・・
「これ・・・ひょっとして私?」
「はい! がんばって作りました! お納めくださいっ!」
それはローゼリアぬいぐるみと似て非なる・・・メリアーナぬいぐるみ。
主に髪の色と髪型が違う・・・いつの間にこんな・・・
でもさすがはメイドリー、メリアーナの特徴をよく捉えていて・・・?!
「・・・あっ」
「・・・どうしたのナデシコ?」
その時・・・私は思い出した。
最初にメリアーナと出会った時に感じた、既視感・・・その正体に。
既視感があるはずだよ・・・見た事があったんだもの。
「メイドリー・・・パレードって、明日もあるの?」
「え・・・あ、はい・・・明日はローゼリア様のお誕生日ですし」
「まぁ私はもう関係ないけどね・・・お義姉様は人気者だから・・・」
それを聞いて、私は・・・メリアーナの手を握りしめた。
「な、ナデシコ?何?!」
困惑した様子のメリアーナ。
きっとこの子は何も知らないんだ・・・なら、教えなきゃ。
私はまっすぐ彼女を見つめて・・・そのための提案をした。
「・・・メリアーナ・・・明日のパレード、出よう?」




