第69話 「まるで妹が増えたみたい」
・・・隠し通路の仕掛けが、作動しない?
床から60㎝程の長さで突き出た金属製のレバー・・・それが仕掛けを動かすスイッチらしい。
メリアーナは先程からそのレバーをガチャガチャと何度も動かしている・・・けれど仕掛けが動く気配は一向にない。
原因はおそらく先程の地震・・・地震で取り乱したメリアーナの反応から察するに、ここは地震があまりない地域みたいだから・・・耐震とか考えられてないんだ。
「ダメだわ・・・レバーにも手応えがない・・・はぁ」
メリアーナは諦めたのか、雑にレバーを押しやると・・・その場にへたり込んでしまった。
目の前の石壁は重く、私が押した所でびくともしない・・・そもそも、どの方向に押すのが正解なのかもわからない。
仕掛けがどのように動いて開くのか・・・それは設計者でもないとわからないんじゃないだろうか。
「あ・・・あの・・・メリアーナ」
「・・・何よ?」
「下の、宝物庫の・・・出入り口からは・・・」
「・・・はぁぁぁ」
しゃがみこんで、体育座りのような姿勢になったメリアーナは、私の言葉にため息で答えた。
あ、ダメなんだ・・・やっぱり宝物庫だし、厳重に鍵が掛かっているんだろう。
「宝物庫の扉を内側から開ける手段はないわ・・・中で大声を出してもダメ、警備がいるのは3重の扉の先だもの」
「・・・」
さすが王国の宝物庫、思った以上に厳重に守られている。
メリアーナの話によると、月毎に開けられる日も決まっていて、それ以外で開けられる事はないのだとか。
そして、その開けられる日というのは、月末・・・状況は絶望的だ。
「・・・出られた所で、外の世界は滅びているのかも知れないけど」
「いや、あれは・・・地震って言って・・・」
自暴自棄になりかけるメリアーナに、私は地震についての説明を試みる。
日本では毎年のように大小様々な地震があちこちで起きている事、私自身も体験した大きな地震や、その被害について・・・
あ・・・これが一番大事だ、さっきの地震はそこまで大きくない、っていう事も・・・
口下手な私だから、どうしても説明はたどたどしくなる。
けれど、メリアーナはもう喋る気力もないのか、余計な口も挟まず無言のまま・・・いや、そこで私が不安になっちゃダメだ。
ちゃんと聞いてくれてるって信じて、私は説明をひと通り続けた。
「だから・・・外の人達はきっと無事・・・物が壊れたりとかはするかもだけど・・・」
「・・・この仕掛けみたいに・・・って事ね」
説明を終えると、メリアーナが軽口を返してくれた・・・少しは元気が戻ったみたい。
仕掛けが動かないのはどうにもならなそうなので、私達は宝物庫に戻る事にした。
さっきは座るのも気が引けたお高い椅子だけど・・・今は非常事態だ、遠慮なく座って体力を温存しなきゃ。
「せっかくだから、さっきの続きをしましょ! 次はナデシコの先攻で」
「う・・・うん」
他に出来る事もなさそうなので、その対局に付き合う事にした。
計らずとも実現した、メリアーナが望んだ展開・・・私は先攻、黒い石を打つ。
パチン…
こんな事態でも真剣勝負・・・両者無言で・・・石を打つ音だけが響く。
「メリアーナ・・・あのね・・・」
今度の沈黙を破ったのは私・・・彼女に伝えたい事があったのを思い出したのだ。
ローゼリア様に招待された、今日のお誕生会・・・この地震のせいで台無しになってしまったかも知れないけど。
どれだけの貴族や著名人が集まるのかと、不安になっていた私の質問に・・・
「ローゼリア様がね・・・言ってた・・・『大切な家族だけの誕生会』だって」
「・・・」
「紹介したいんだって・・・大切な家族と、大切な友達を・・・」
「でも、どうせ私はその中には・・・」
「入ってるよ」
私にしては珍しく・・・自信を持って即答した。
だってあの時のローゼリア様は、すごく優しい顔をしていたもの。
大切な誰かを思う時の顔・・・大切な家族・・・そこにメリアーナが入ってないわけがない。
私の仕掛けた一手を、メリアーナが見落とした・・・その内心の動揺は、対局にはっきりと表れて・・・
「きっと今も・・・ローゼリア様は私達を探して・・・きっと」
「それは無理よ、レーネフィールに誤魔化すように言ってあるもの・・・いくらお義姉様だからって」
「そう・・・かな?」
むしろ私は、ローゼリア様が私達を見つけてくれる・・・って確信めいたものを感じていた。
盤面上は既に黒が優勢・・・このまま手固く守れば私の勝ち・・・けれど、もう一歩・・・もう一手踏み込む。
「メリアーナ・・・あの隠し通路・・・見つけたのって、いつ?」
「え・・・あれは5年前・・・いえ6年前だったかしら? かくれんぼをしていて、たまたまあの書斎に・・・」
かくれんぼか・・・良いなぁ。
・・・友達も兄弟姉妹もいなかった私には、出来なかった遊びだよ。
6年前?・・・その時の光景が、私の脳裏にありありと浮かぶ・・・
かくれんぼの鬼から逃げる為に、メリアーナは書斎に隠れて・・・たまたまあの仕掛けを動かしてしまう。
これ幸いにと隠し通路の先、宝物庫の中に隠れた彼女・・・ここなら鬼に見つかるわけがない。
勝利を確信するんだけど・・・残念ながら鬼の方が一枚上手で・・・
パチン…
これで、詰みだ・・・勝利を決する最後の黒石を盤面に叩きつけ・・・私は席を立つ。
「・・・ナデシコ?」
急に席を立った私に不思議そうな顔をするメリア―ナをその場に置いて。
私は・・・何か適当な・・・美術品らしき物の陰に。
メリアーナはますます困惑した顔で見て来るけど・・・さすがに、そろそろ・・・
コツコツ…
「?!」
誰かが階段を下りて来る足音・・・それが誰かなんて、言うまでもない。
階段に近かった私の方が先に聞こえたみたいだけど、今はメリアーナにもはっきり聞こえているだろう。
「うそ・・・なんで・・・」
「やっぱり・・・ここに居たのね、メリアーナ」
驚愕するメリアーナの元に、駆け寄ってきて抱きしめるローゼリア様。
それはきっと・・・6年前の光景をなぞるように。
「心配したのよ、誕生会の主役がこんな所に隠れて・・・」
「お義姉様・・・ごめんなさ・・・私・・・うぅ・・・」
「もう・・・しょうがない子ね」
ローゼリア様の胸の中で、子供のように泣きじゃくるメリアーナ・・・
こうして見ると、やっぱり同じ色の・・・姉妹でお揃いのドレスなのがわかる。
メリア―ナの中にあったわだかまりが、ローゼリア様に解かされていく・・・そんな素敵な光景を、私は特等席で・・・
「・・・ナデシコ?そんな所で何をしているの?」
「え・・・あ・・・お邪魔かな・・・って・・・」
気配を消して隠れていたつもりなんだけど・・・すぐに気付かれてしまった。
中学時代には誰にも気付かれる事がなかった私の隠れ身も、ローゼリア様が相手では全く通用しないみたいだ。
さすがはローゼリア様・・・きっと刺客への対処とか、王族ゆえの訓練を積んできているに違いない。
「それはいいのだけれど、ナデシコ・・・それ国宝だから気を付けてね」
「ふえっ?!・・・わわっ」
慌てて美術品から離れ・・・その拍子に躓いてしまった。
あわや他の宝物を巻き込んでの転倒になる所を、ローゼリア様は素早い身のこなしで・・・そっと柔らかく受け止めてくれた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ・・・はい・・・」
あ、危なかった・・・心臓が止まる思いとはこのことか。
「そのドレス・・・メリアーナに借りたのね」
「え、ええ・・・たまたま・・・サイズが合って」
そこに至る経緯を思い出して、返答がぎこちなくなる・・・粗相をしてしまった事は知られたくない秘密だ。
さすがにあんな事があったなんて、ローゼリア様には知る由もなく。
薄紅のドレスを纏った私を眺めると・・・ローゼリア様はにこやかに微笑んだ。
「ふふっ・・・まるで妹が増えたみたい」
「・・・?!」
その言葉に、メリアーナがビクッと反応するのが見えた。
これは、ひょっとして・・・私が妹の座を奪うみたいな、形に・・・
メリアーナ・・・私、そんなつもりは・・・
しかし、メリアーナは二ヤリと笑みを浮かべて・・・
「ふふ・・・なら、私の妹でもあるわね・・・ナデシコ、私の事をお姉様と呼ぶのを特別に許可するわ」
「えっ・・・なんで・・・」
「えっ・・・」
素直に疑問で返した私に、メリアーナは意外そうな顔をして・・・
私・・・年上なんだけど・・・まさか、年下と思われて・・・
「ふふっ・・・もう、メリア―ナったら・・・ナデシコはね・・・」
「えええええええ!」
私の実年齢を知ったメリアーナは、今までで一番大きなリアクションを見せたのだった。
ちなみに・・・メリアーナに借りているこのドレス、彼女が11歳の時の物らしい。
うん・・・それは・・・年下と思われても仕方ないかも知れない。




