第68話 「こ、コミ・・・6目半・・・」
金色の輝きは、文字通りの金塊。
大きさ毎に分けられた金のインゴットが整然と並び。
色とりどりの宝石、魔力を秘めた晶石が、これまた種類や等級毎に分けれて収納されている。
奥の方で布を被せられて保護されているのは美術品・・・だろうか。
これが、国家の財産が納められた宝物庫・・・
金貨や財宝が山積み、みたいな印象とは違って、随分と整理整頓が行き届いている。
さすがは国が管理する宝物庫・・・あるいは特別几帳面な誰かが管理しているだけかも知れないけど。
「ええと・・・確か・・・この辺りに・・・」
そんな宝物庫の中を、ためらいも遠慮もなく、ずかずかと・・・メリアーナは奥の方へと進んでいく。
王女様だから、良いのかな・・・自分の家の倉庫みたいな感覚なんだろうか。
私なんかは畏れ多くて、迂闊にその辺の物に触れないように隅っこを探して・・・あ、ダメだ何か置いてある。
「あった・・・ナデシコ、そんな所に突っ立ってないで、こっちに来なさい」
「え・・・えぇぇ・・・」
何か見つけたらしいメリアーナは、それを持ってくるのではなく。
私に、来いと・・・ここ、歩くだけで怖いんですけど・・・
間違っても転んだりしないように、ゆっくり、慎重に。
「はーやーくー! そんなんじゃ日が暮れちゃうわ」
コンコンコン…
「ひ、ひぇぇ・・・」
苛ついたメリアーナが何かを叩いて催促する音が聞こえた。
まさか、その辺の美術品を?・・・傷とか付いてないと良いんだけど。
逸る気持ちを堪えながら、なんとかメリアーナの元に辿り着く。
・・・と、そこには、見た事のある四角い物体が置かれていた。
高級そうな木材で出来た、ほぼ真四角の立方体・・・その上面には黒い線でびっしりとマス目が描かれている。
それが2つ・・・よく見るとマス目の細かさが違う・・・ぱっと見だと区別が付かないかも知れないけど、それらを私は知っていた。
「将棋盤・・・と、碁盤?!」
どちらも丸い器が付属していて、中に将棋の駒と碁石が入っているだろう事がわかった。
盤の大きさと言うか・・・分厚さから察するに、どちらもお高い品だ・・・私が日本で見たのは、もっと薄っぺらい板だもの。
近くで見ると、四隅に龍を象った脚がついてる・・・これ絶対お高い。
「将棋盤と、碁盤ね・・・ひと目見ただけでわかるなんて、さすがニホン人だわ」
私の小さなつぶやきは、メリアーナの耳にしっかりと届いていたらしい。
いや・・・日本人でもわからない人はわからないんじゃないかな・・・将棋盤はともかく、碁盤は。
「この2つは昔ニホン国から贈られた『ニホン国のゲーム』だと聞いているわ」
「え、ええ・・・まぁ、確かに」
そうは答えておくけど、ちょっと自信がない。
たしか『日本生まれのゲーム』じゃなかったような気もするけど・・・日本のゲームって感じはする。
少なくとも平安時代にはあったわけだし・・・
私のその答えにメリアーナは満足げに頷くと、盤を・・・とりあえず近くにあった碁盤を掴んで動かそうとして・・・
「・・・ナデシコ」
「あ・・・はいっ」
そうだよね・・・すごく重いよね。
慌てて反対側を持つと、2人掛かりでなんとか動かす事が出来た。
宝物庫の中でもちょっと開けた空間があって、2人でなんとかそこまで運ぶ事が出来た。
「はぁ・・・はぁ・・・」
碁盤を運んだだけで、すっかり息が上がってしまって・・・もうへとへと。
さすがに将棋盤まで運ぶのは勘弁してほしい・・・そう思った所に・・・
「ありがとうナデシコ、これに座ると良いわ」
「あ・・・うん・・・って?!」
すごく疲れていたので、勧められるまま・・・メリアーナが持ってきた椅子に腰を下ろしたんだけど。
これ・・・宝物庫にあったやつだよね?!
前を見ると、ちょうど碁盤を挟んで反対側にメリアーナが自分の椅子を持ってきた所だった・・・やっぱり高そう。
「はわ・・・はわわわ・・・」
「緊張してないで、はやく遊び方を教えなさい!」
思わず椅子の上で身を小さくしていた私に、メリアーナの叱咤が飛ぶ。
彼女は早く遊びたくてしょうがない、という顔だ。
けど、よりによって囲碁の方か・・・これ結構難しいんだよね。
幸いな事に、私は囲碁の漫画にハマっていた時期があった。
結構人気のある漫画で、ちょっとしたブームも起こった・・・はず。
漫画はすごく面白かったんだけど、影響を受けて実際に囲碁をやる程の子は周りにはいなかった・・・私以外は。
地元の養老会でも一番の碁打ちと呼ばれたおじいちゃんを祖父に持つ私は、囲碁を教えてもらったんだ。
おじいちゃんは教えるのも上手いみたいで、私はぐんぐん実力を着けていった。
最終的にはおじいちゃん相手に勝ったり出来るくらいに・・・だから囲碁にはちょっと自信がある。
まさか異世界で王女様相手に、私の棋力を見せる時が来るとはね。
でも大丈夫かな・・・囲碁はルールを理解するまでがなかなか・・・
「うん、だいたいわかったわ、始めましょ」
「え・・・」
相手より多くの陣地を取る、相手の石に囲まれてしまうと石を取られる。
まだその辺の説明を終えたあたりなんだけど・・・メリアーナは自信ありげにそう言った。
「あ、あの・・・本当に?」
「うん、石を取られないように2ヵ所空ければ良いのよね? そこから自分の陣地を・・・」
「・・・」
とてもわかってらっしゃる。
囲碁の基本戦術である『目』については、まだ説明してないはずなんだけど・・・この子、天才か?!
「ほら始めるわよ、先攻後攻はどうやって決めるの?」
「め、メリアーナが先で・・・」
「そう・・・ふーん」
囲碁は先攻が有利なゲームだから、初心者のメリアーナに先攻を・・・そう思ったんだけど。
メリアーナは軽く盤面を見渡すと・・・迷いのない手つきで石を置いた。
そこは碁盤の線上に描かれた9つの黒い点・・・星と呼ばれる場所のひとつ、右上の星・・・初手として申し分のない手だった。
た、たまたまだよね? 黒い点が気になったとか・・・とりあえず私も左下の星に石を置く。
パチ…
間髪入れずに石の置かれる音・・・今度は左上の星・・・の隣、1マス分だけこちら側。
こ、これは・・・やっぱり・・・この子、わかって・・・
「ほら早く次・・・まだ考えるような時間じゃないでしょ?」
「う、うん・・・」
そう、序盤の石はなんとなく互いの領域を主張する感じに置かれるだけ。
戦端が開かれるのはもう少し先・・・メリアーナはそんな事まで察しがついているかのよう。
こ、これは・・・手加減なんてしてられる状況じゃない?!
「・・・」
「・・・」
互いに無言のまま、石を置く音だけが宝物庫の中で響いていく。
囲碁は時間のかかるゲームだ、置かれる石が増えるにつれて考える時間が増えていく。
初心者が相手とは思えない真剣勝負・・・重苦しい沈黙が場を支配して・・・
「ねぇ、ナデシコ・・・」
次の手を考えていると、不意にメリアーナが沈黙を破った。
重苦しい空気に耐えかねたのか・・・碁打ちの中には、対局中によく喋る人がいるっておじいちゃんが言ってたけど、まさかメリアーナがそのタイプ?
「私はね・・・出来損ないなの・・・出来損ないの第2王女って陰で言われてるわ」
そんな自虐的な事を言いながらも、打ち込んでくる手は鋭く・・・私が見逃していた隙をついてくる。
慌てて対処するけど、1手遅い・・・陣地を削られてしまった。
「私だってがんばったのよ? お義姉様に追いつこうと必死で・・・だって私が不出来だと、お母様が悪いみたいになっちゃうもの」
・・・ローゼリア様とメリアーナは母親が違うらしい。
優秀なローゼリア様に対して、妹のメリアーナが明確に劣っていては・・・その母親は気が気じゃないという事か。
教育熱心な感じで厳しく叱られたりとかしたのかな・・・よし、左側は守り切れた。
「お母様に叱られたとか思ったかしら? 逆よ、叱られた方がマシなくらい・・・お母様は私を放って優秀なお義姉様に夢中、自分の子でもないのに」
そっちか・・・まぁ親が厳しかったら、あんな遊戯室とか許されないよね。
親の関心を失ったメリアーナは何をしても叱られる事もなく、1人でゲームに・・・う、ちょっと身につまされる。
私の場合はそこまでじゃないけど・・・部屋でゲームしてると叱って来るし。
「お義姉様は勉強も魔法も何でも出来て、美しくて、皆に愛されてて・・・だから、一緒にいると辛いの」
こうして対局しているとわかる、メリアーナは頭がいい。
難しい囲碁のルールをすぐに理解して、次々に有効な手を打ってくる。
もう上の方はだいぶ黒石が広がって・・・まだ白石がなくはないけど、そこは捨てて他の場所を狙った方が良さそうだ。
「お義姉様がいると、私の居場所がなくなっちゃう・・・だから今日も仮病を使って、パレードをサボちゃった」
ああ、あのパレード、メリアーナもやるはずだったんだ・・・
言われてみればドレスの色も同じだし、姉妹でデザインを揃えたのかも知れない。
「ナデシコはパレードを見た? 誰も困ってなかったでしょう?・・・私がいなくても」
「そ、それは・・・」
パレードそのものは一瞬だけ・・・人混みでほとんど見えなかったけど・・・
街の人達の熱狂する様子、ローゼリア様の人気は見て取れた・・・けど、メリアーナの事は・・・
何せ本人と出会うまで、第2王女の存在すら知らなかったくらいで・・・あれ、でも・・・どこかで・・・
「『王女生誕祭』とか言っても、皆が求めているのはお義姉様だけ・・・今日がお誕生日の第2王女は、ここに居る事にすら誰にも気付かれない」
盤面は終局に向って行く・・・中央は両軍入り乱れた混戦状態。
左から下にかけては私の白石が、逆に右から上のエリアは黒石が・・・見た感じだと黒が多い印象を受ける。
ここまでくると盤面は大きく動かない・・・1目、と数える点数をちょっとでも稼ぐ為に、どこかに見落としがないかを見回す。
「もうすぐパレードが終わるわ・・・お義姉様が帰って来たら、王宮でパーティだったかしら?」
「う・・・うん」
あ、見落としを見つけた・・・ここで1目分稼げたのは小さいようで大きい。
盤面は黒が多いように見えるけど、実はかなり接戦のはずなんだ・・・この1目が勝敗を決めるかも知れない。
次にメリアーナが白石を置いたのは、何でもない場所・・・もう点数を左右する所が残っていない証。
「ふふ・・・ここで終わりかしら?・・・黒の方が6つ分広いはずよ、私の勝ちね」
「あ・・・」
「残念だったわね・・・それとも手加減してくれたのかしら?」
本来はここから陣地を整えて、数えやすくする作業があるんだけど・・・
メリアーナがそう言うなら、そうなんだろう・・・互いに取った石も加えて、陣地は黒が6目多い。
彼女が勝ち誇るのも無理のない事・・・でも囲碁のルールだと、それは・・・
「さ、もう1戦付き合ってもらうわよ、ナデシコ」
「え・・・それだと・・・お誕生会が始まって・・・」
「そうよ? ここが私のお誕生会・・・お友達と一緒に楽しくゲーム・・・それで良いじゃない」
「いや・・・それは・・・」
盤面に入り混じる黒と白の石を器用により分けて・・・メリアーナは次の対極の用意をしている。
でももう一局なんて時間はない、もうすぐローゼリア様が楽しみにしていたお誕生会だ。
そろそろこの場所を出ないと・・・元来た抜け道を探して、私が辺りを見回したその時・・・私の手をメリアーナが掴んだ。
「い・・・痛・・・」
「ダメ・・・このまま私と遊んでよ、ナデシコ」
握る手の力は強く、痛いほど・・・絶対に私を逃がさないというメリアーナの意志が伝わってくる。
彼女も連れ出さないと・・・だってあの時、ローゼリア様は・・・
「だって・・・ローゼリア様が・・・おたんじょ・・・」
「それは明日でしょう? いいじゃない今日1日くらい、今日はお義姉様じゃなく、私の誕生日なんだから」
「そ、そうじゃなく・・・て・・・」
事情を説明すれば・・・メリアーナだってわかってくれるはず。
ちゃんとメリアーナに話さなきゃ・・・でも頭で思っているほど、私の口は上手く回ってくれない。
私を掴んだその手にますます力が入って・・・痛みが私の思考を更に鈍らせて・・・
「せめて、せめてゲームで私に勝ってから行きなさいよ!」
「こ、コミ・・・6目半・・・」
だから私はつい余計な事を・・・囲碁の勝敗なんてどうでも良かったのに。
彼女の知らない日本のゲームの用語・・・それでもメリアーナには、なんとなく意味が伝わったようだった。
先攻が有利な囲碁は、その分のハンデとして後攻に加点される・・・それがコミ6目半のルール。
さっきのに合計すると、私の半目勝ちだ。
「え・・・まさか・・・でも確かにその方が・・・」
やっぱりメリアーナは頭がいい。
ルールをすぐに理解して・・・自分の敗北を悟った。
私を掴んだその手からは力が抜けて・・・全てを諦めた、寂しそうな表情で私を・・・
「め、メリアーナ・・・あのね・・・」
伝えなきゃ。
(あ、あの・・・私達以外には・・・どんな感じの方々が、い、いらっしゃるのですか?)
(ふふっ・・・それはね・・・)
あの時ローゼリア様が言った言葉の続きを、メリアーナに。
力なく垂れ下がった彼女の手を、今度は私から握りしめて・・・
「ろ、ローゼリ・・・ふひゃっ!?」
しかし私は、そこで言葉を発する事が出来なかった。
なぜなら・・・
ゴゴゴ…
鈍い重低音が宝物庫に響く・・・
いったい何が起きているのか・・・それは日本人の私はすぐに理解した。
私の三半規管を襲う横に揺れる感覚・・・これは地震だ。
体感で言うと、震度3くらい?
そこまで大きな揺れじゃないけれど・・・メリアーナの反応は私と違った。
「な・・・なんなのこれ!? ま、まさか本当に魔の物が・・・」
たまたま手を握ったタイミングだったせいもあって、取り乱したメリアーナは私に抱き着いた。
「ナデシコ・・・せ、世界が・・・滅・・・」
「だ、大丈夫・・・大丈夫だから・・・」
地震の少ない地域に住んでいる外国人は、小さな地震でも取り乱すというけど。
私に縋りついたメリアーナは酷く怯えていて・・・なんとか落ち着かせようと、声をかけながら頭を撫でる。
この宝物庫は頑丈そうだし・・・物も倒れたり落ちたりしてない・・・大丈夫大丈夫。
揺れは思ったより長かったけど、次第に収まってきた。
メリアーナもおとなしくなったし・・・落ち着いてくれたかな?
とりあえずは私に抱き着いたままの彼女を、なんとか引きはがして・・・
「メリアーナ、一緒に外に出よう?」
「うん・・・ぐすっ・・・」
よっぽど地震が怖かったらしい。
引きはがしたメリアーナは、泣きべそをかいていて、なんだか・・・ちょっと可愛らしくもあった。
なんというか・・・守ってあげたくなる感じ。
素直にここから出てくれる気になってくれたのも有難い。
私達は降りてきた階段を昇って・・・やがて行き止まった。
目の前には頑丈そうな石壁・・・ええと、ここに来た時は確か・・・あ、仕掛けがあったんだった。
たしかこっち側からも開けられるようになってるって・・・どこかな、メリアーナならわかるよね。
「あ・・・あの・・・メリアーナ?」
「・・・」
仕掛けを動かしてくれるのを期待して、メリアーナの方を見ると・・・
その背中が・・・微かに震えていて・・・胸の奥から湧き上がってくる、すごく嫌な予感が。
そして振り返ったメリアーナは消え入りそうな声で、私にこう言ったのだった。
「どうしよう・・・開かなくなっちゃってる」




