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第67話 「ここが、フレスルージュの宝物庫よ」


プレゼントのキノコをパクパクと平らげた第2王女メリアーナは、それだけでは満足しなかった。


「この私が命じるわ、ナデシコ、着いて来なさい!」

「ふぇっ・・・」


飲みかけの紅茶が零れるのも厭わず、私の手を掴んで無理矢理立たせてくる・・・これからどこかに移動するようだ。

着慣れないドレスのせいで動きにくい・・・私は思わず足をもつれさせてしまった。


「あっ・・・はわっ!」


絡まった足が重力から解き放たれ、バランスを失った上体が床への放物線を描いたその瞬間。

私のお腹と胸のあたりに、グッと体重が掛かる・・・少し遅れて、宙に浮いていた足がもう一度床に触れる感触。

倒れかけた私の上半身を支えたのは、細い二本の腕・・・メリアーナが苛立たしげにつぶやく声が上の方から聞こえた。


「もう、どんくさいわね・・・私の手を煩わせないでよ」

「ご、ごめんなさ・・・」

「ほら、こっちよ」


なんとか体勢を立て直した私の腕にスッと潜り込むように絡みつくと、そのままグイグイ引っ張ってくるメリアーナ。

特に抵抗もせず、引っ張られるまま・・・まるで彼女の手荷物になったかのような気分でついて行く。

サラサラを私の鼻先を舞う長い髪・・・爽やかな初夏の花の香りがした。


「こ、この部屋は・・・」

「・・・ふふん」


連れて来られたのは、すぐ隣の部屋・・・豪奢な部屋に大小さまざまテーブルが並ぶ様はレストランを思わせる。

しかしそれらのテーブルの上に並べられているのは様々な高級料理ではなく・・・小さな人形に、馬車、船、動物の模型?・・・玩具の数々?

この異世界にあってもだいぶ現実離れした光景・・・息を飲む私に、メリアーナは得意げに胸を張った。


「私の遊戯室へようこそ、ナデシコ・・・たっぷり遊んでもらうわ」

「え・・・えぇぇぇぇ?!」

「まずは・・・これが良いわ」


メリアーナの視線がいくつかのテーブルを行き交い、ひとつの卓に留まる。

そのテーブルには陸上のトラックのような楕円形のコースが緑色で描かれていて・・・それぞれ異なる色で塗られた鳥?の模型がいくつか置かれていた。

楕円のコース上は細かく区切られていて・・・双六のように見えなくもない。


遊戯室・・・遊ぶ・・・なんとなくだけど、メリアーナが私に何を求めているのかを察した。

ゲームの対戦相手だ・・・その証拠に、いつの間にか席に着いた彼女の手にはトランプのようなカードの束が握られている、間違いない。


「あ・・・あの・・・」

「助けを期待しても無駄よ、レーネフィールには誰かが探しに来ても誤魔化すように命じてあるわ・・・さっさと席に着きなさい」

「あ・・・はい」


メリアーナに促されるまま、対面の席に着くと、彼女がシャッフルしたカードが配られた。

色と数字が記されただけのシンプルなカード・・・これと鳥の駒を使って遊ぶゲームのようだ。


「これは『バッフターロレース』・・・文字通りバッフターロのレースを再現した遊びよ、まず自分の色を選びなさい」


バッフターロのレース・・・そんなのがあるんだ。

見た目がダチョウみたいな感じだし、走らせると速いのかも知れない。

そういえば、街のどこかにレース場もあった気がする・・・っと、色を選ぶんだっけ。

配られたカードの色は見事にバラバラ・・・でも黄色のカードだけ数字が大きかった。


「え・・・じゃあ、黄色で」

「私は赤を選ぶわ・・・次に1着になるバッフターロを予想、これはチップを伏せておくの、レースが終わるまで隠すように」

「よ・・・予想・・・」


片面に色の付いた5枚のチップが手渡された。

自分のバッフターロの色を選ぶ、という点はさっきと同じような気がするけど。


「このゲームはレースで勝つだけじゃなく、1着を当てるゲームでもあるのよ、もちろん同じ色を選んでも良いわ」

「・・・??」


よくわからないから、同じ黄色を選んでおこう。

シンプルにレースで勝つ事だけ考えればいいんだ。


「後は順番にカードを出し合うだけ、バッフターロは色に対応した数字の分だけ進むわ、使いたくないカードは代わりに捨てる事が出来る」

「・・・ふむふむ」


黄色のカードを出せば黄色の駒が進む。

メリアーナの選んだ色は赤だから、赤のカードは出さずに捨てれば良い。

カードの中には2色や3色のカードもあるらしいけど・・・それらも同じように対処すれば良いだろう。


そしてレースが始まり・・・1着は黄色でも赤でもなく、黒のバッフターロだった。

2着は青で、私の黄色が3着、赤は4着だ・・・1着は逃したけれど黄色が先着してるから、私の勝ち?

ところが、この決着にメリアーナは二ヤリと笑って・・・


「ここで予想チップの公開よ・・・私の予想は、もちろん・・・」

「え・・・」


勝ち誇った笑顔で、メリアーナがゲーム開始時に伏せて置いたカラーチップをめくる。

・・・その色は、黒。

自分のバッフターロは後着しながらも、見事に1着予想を的中させたメリアーナの勝利だった。


「言ったでしょ? これは1着を当てるゲームだって」

「・・・むぅ」


・・・そうか、このゲームは自分の色を勝たせるゲームじゃない。

互いの色のカードは警戒されて捨てられるから、隠してる予想の方が重要なんだ。


「ふふ・・・良い顔になったわね、どう? もう1レースする?」

「・・・うん」


再戦を問うメリアーナに対して、こくりと頷いて答える。

さっきまでは、なんとなくでプレイしててけど・・・今はこのゲームをちゃんと理解した、勝負はここからだよ。

次はちゃんと自分の色とは違う色を予想して・・・よしよし、予想的中だ。


けれど・・・またしてもメリアーナは二ヤリと微笑んだ。


「あら奇遇ね、私の予想も同じ色だわ」

「え・・・」


そう言ってメリアーナがめくって見せたのは、私の予想と同じ色のカラーチップ。

両者予想的中、という事は・・・自分の色の順位の勝負になって・・・

メリアーナの色は3着、対して予想の方に気を取られていた私は5着だった。


「惜しかったわね、もう1回やる?」

「う、うん」


勝てそうだったんだけどなぁ・・・次こそは。

続けて3レース、4レース、5レース・・・と何度も続けていく。

けれど・・・私は1回も勝てなかった。


「・・・」

「・・・ず、ズルはしてないわよ!」


うん、それはわかってる、全部私の作戦負けだ。

3色のカードがね、使うべきかどうか私を悩ませるんだ・・・そしてだいたい裏目に出てしまう。

それにメリアーナは自分の予想を隠すのが上手かった、対して私の予想は・・・


「ナデシコ、貴女、隠し事が出来ないタイプね・・・」

「うぅ・・・」

「いったん休憩にしましょう・・・レーネフィール、お茶を用意して」


さっきの部屋に戻ってメイドさんが淹れた紅茶を頂く・・・今度は違う茶葉みたいだ。

お菓子も用意されていて・・・ゲームで疲れた頭に糖分が染み込んでいく。

今度の紅茶はちょっと渋みを感じる味だけど、お菓子の甘さとよく合った。


「あの・・・メリアーナ・・・様?」

「そんな無理して様付けしなくても良いわよ・・・メリアーナで良いわ」

「あ・・・じゃあメリアーナは・・・ゲーム好き、なんだ?」

「うん、まぁ・・・それ程でもないけど」


少し照れながらメリアーナが答えたけれど、それはきっと謙遜・・・それ程だよ、あれは。

たぶんだけど、あの部屋のテーブルに置かれていたのは全部何かのゲームなんだと思う。

それだけでも結構な数だ・・・それも結構凝った物ばかり。

それこそゲーム好きじゃなかったら、あんな部屋が作られたりはしないだろう。


「やっぱり・・・ローゼリア様とも、ゲームで遊んだり?」

「お義姉さまと?・・・うーん、昔は・・・遊んだかも知れないわね」


そっぽを向きながら答えるメリアーナ・・・ちょっと歯切れが悪い。

なんだろう・・・私の誕生日プレゼントも食べちゃったし・・・姉妹で仲が悪いのかな。

首を傾げていると思わぬ所から補足が入った・・・メイドのレーネフィールさんだ。


「あれはたしか4年前・・・ローゼリア様に100連敗を喫したのが最後、と記憶しております」

「ちょっとレーネフィール!余計なこと言わないで!」

「・・・」


ゲームで100連敗・・・それで喧嘩になったんだろうか。

ローゼリア様はともかく、メリアーナはもっと幼かっただろうし・・・

全然勝てなくて腹を立てるメリアーナの姿を想像したら、結構似合っていた。


「ほら、変な想像されてる! 違うからね!」


私が何を考えていたのか、レースの予想よりもはっきり顔に出ていたようだ。

メリアーナは顔を真っ赤にして、猛烈に抗議を始めた。


「決してゲームに勝てないから遊ばなくなったんじゃないんだから! そんな恥ずかしい事しないから!」

「う、うん・・・」

「その顔、信じてないわね?!」

「ソンナコトナイヨ」


私も連敗中だからね、その気持ちもわかる。

さすがに100連敗はきついと思うよ・・・ローゼリア様も手加減とか出来なかったのかな。

いや、そういうのは相手に失礼だと思ったか・・・それはそれでローゼリア様らしい。

あまりからかうのも悪い気がしてきたので・・・少し話題を変えてみる。


「じゃあ・・・普段は、そのメイド・・・レーネフィールさんと?」


しかし私のその質問にメリアーナは肩をすくめながら答えた。


「レーネフィールはダメね、わざと負けるんだもの、ぜんぜん面白くないわ」

「・・・」


・・・手加減してもダメなタイプだった。

これはローゼリア様は悪くない、きっとなるべくしてなった100連敗だ。

かと言って、メリアーナも決して弱くないわけで・・・これは不幸としか言いようがない。

やっぱりこういうゲームって、同じレベルで勝ったり負けたりする相手が必要だよね。


「だから最近は私1人で・・・あっ、そうだ!」

「・・・??」


なんとなく寂しげな事を言いかけたメリアーナだったけど、途中で何かに気付いたように大きな声を出した。

なんだか表情が活き活きして・・・勢いよく席を立つと、また私の手を引っ張った。


「ナデシコ、来なさい!」

「ま、まだ紅茶が・・・ふぇぇ」


飲みかけの紅茶も食べかけのお菓子もお構いなし。

メリアーナは思い立ったら即行動するタイプみたいで・・・私は彼女に引っ張られるまま部屋を出た。

部屋の外・・・そのまま王宮の中を速足に駆けていく。


「め、メリアーナ?!・・・ど、どこに・・・」

「ふっふっふ! 内緒っ!」


内緒の割には随分と大きな声で・・・周りには誰もいないけど。

辿り着いた先は・・・書斎?図書室?

薄暗い部屋に、なんだか難しそうな本の数々が収められた本棚が壁一面に並んでいて・・・メリアーナはその中の1冊をおもむろに掴みかけて・・・


「ナデシコ・・・ここから先は誰にも内緒、いい?」

「う・・・うん」

「本当の本当に内緒だからね?」


念を押すようにメリアーナはそう言うと、掴んだ本を・・・本棚の奥に、押し込んだ。


ガコン…


重たい音が響いた・・・その直後。

本棚がゆっくりと動き出した・・・こ、これって、何かで見たことある!

どこかで歯車が回るような音を小さく響かせながら、本棚が壁の中に収納されて・・・空いたスペースには、想像した通りの・・・


ゴクリ…

私の喉が鳴る。


本棚の代わりに現れたのは下りの階段・・・それは絵に描いたような隠し通路だった。


「中は暗いから、気を付けて着いて来て」

「う、うん!」


メリアーナが魔法で生み出した小さな明かりを頼りに、階段を下っていく。

私達の背後でまた歯車の音・・・本棚が閉じたようだ。


「・・・!」

「内側からも開けられるから大丈夫よ」

「・・・そうなんだ」


一瞬閉じ込められたかと思ったけれど、そんな事はなく。

どこまでも続くかのような階段を下りていくと・・・先の方に光が見えた。

それは最初、まるで星のように瞬いて・・・近付いていくにつれて数が増えていく。


どうやら魔法の明かりが何かに反射しているみたいだ・・・なんかキラキラとして・・・


「・・・綺麗」

「ふふ・・・初めてここに来たときの事を思い出すわ」


メリアーナは楽しそうにそう言っただけで、それが何かは教えてくれない。

果たして、隠し通路の先で私達を待っていたのは・・・


「あ・・・あの・・・こ、ここって・・・まさか・・・」


私としては、腰を抜かさないのが精一杯だった。

・・・隠し通路って時点で、ある程度の覚悟はしていたつもりだったけど。

目の前に広がるこの光景を見せられたら、誰だって同じ反応をするに違いない。


前方左右180度・・・全てが光り輝いていた。

金色・・・メリアーナの髪と言うよりも、ローゼリア様のそれに近い金の色。

ほんの小さな、魔法の明かりだというのに・・・照らされて、こうも輝くものなのか。


「そう・・・ここが、フレスルージュの宝物庫よ」


光り輝く黄金、財宝の数々の中心へ・・・踊るような足取りで。

メリアーナは軽やかにくるっと回ると、私の方を向いて得意げに微笑んだ。


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