第66話 「『私の誕生日』なんだから!」
「痛たた・・・もうっ!貴女、なんなの?!」
私とぶつかった拍子に転んで、真っ赤な銃他の上に尻餅をつきながら、その女の子は悪態を吐いた。
転んで尻餅までは私も一緒だ・・・たぶんだけど、ぶつかった衝撃、ダメージは双方同じくらいだと思う。
ただ私の場合は、お腹に伝わった衝撃が更なる追い打ちを・・・うぅ・・・
「ちょっと!黙ってないで答えなさいよ!この私が聞いてるのよ?!」
張り上げた声が、鈴のように高く凛と響く。
気が強い・・・と言うよりかは、遠慮というものを知らない子供っぽさが感じられる。
おそらく私より年下・・・などと考えていられる余裕は、私から失われつつあった。
「名前くらい名乗りなさいよ! この私、メリアーナ・アルヴ・フローリス・フレスルージュが命じるわ!」
「・・・ぐ・・・うぅ・・・」
「・・・??」
女の子が流れるように綺麗な声で、メリアーナ?・・・なんだか、とても長い名前を名乗った気がするけど・・・もう聞いてる余裕がない。
今や襲い来る腹痛は、人生で経験した事のないレベルに到達・・・加えて私の脳内では、更なる悲劇への警報が鳴り響いていた。
例えるならそれは・・・降りやまぬ集中豪雨によって警戒水位を超えたダムのように。
ちょっとした刺激が決壊を招いてしまう・・・もはや指一本自由に動かすことが出来ない・・・私は身体を丸めて堪えるばかり。
「・・・ちょっと、大丈夫?!」
さすがに私の異常事態を察したのか、メリアーナ?は恐る恐る・・・私に近付いて様子を伺ってきた。
ぶつかったせいで怪我をしたのだと思ったみたいで・・・その長い髪が頬に触れる感触・・・彼女が私の傍に屈みこんできたのがわかった。
「ねぇ、どこか痛いの?・・・わ、私、そんなに強くぶつかってな・・・」
「お、お腹が・・・もう・・・」
「お腹ね?! 任せなさい!」
そう言ってメリアーナは私のお腹に手をかざした。
前に見た事がある柔らかな光・・・癒しの魔法だ。
キリキリと刺すようなお腹の痛みが引いていき・・・私のお腹の中が活性化していくのを感じた。
えっ・・・活・・・性・・・化?!
「ふぐぅ?!」
「な・・・なんで・・・?!」
刺すような痛みの代わりに、別の苦しみが私を襲う。
私の括約筋が、今こそ活躍の機会とばかりに脈動して・・・お、抑えないと・・・
「魔法の力が足りない?! も、もっと強く・・・強く!!」
「や・・・やめ・・・やめ」
「大丈夫よ!・・・わ、私にだって出来るんだから!!」
メリアーナが魔法の力を強めると、その分だけ私のお腹が元気になって・・・
だ、ダメ・・・もう、抑えきれない・・・!!
ダムに亀裂が走り・・・ついにその時を迎えてしまった。
「あっ・・・」
「・・・ふぇぇ・・・ぐすっ」
・・・初対面の、年下の女の子の前で。
・・・私は、とんでもない醜態を晒してしまったのだった。
「ぐす・・・ぐすっ」
「もう、悪かったわよ!・・・こんな事になるなんて」
ばつが悪そうな顔をしてメリアーナが呟く。
粗相をしてしまった私は、メリアーナのお部屋?に連れて来られていた。
幸いな事に、彼女の服のサイズが私のそれと一致したので・・・身長はメリアーナの方が高かったけど。
彼女のお付きのメイドさんの手で、私は可愛らしい薄紅のドレスに着替えさせられていた。
「今日1日それ着てていいから、もう泣き止みなさい!」
「う・・・うん・・・ありが、とう・・・」
ちょっと当たりは強いけど優しい子だ、癒しの魔法で助けようとしてくれたし。
今のメリアーナは深紅のドレスを身に纏っている・・・長い髪はサラサラのストレート、黒のレースが散りばめられて大人っぽい印象だ。
けれど、それはちょっと背伸びした感じ・・・私が着せられたこの薄紅のドレスの方が彼女には似合うと思った。
「レーネフィール、紅茶を淹れてあげて・・・何か落ち着くやつ」
「只今ご用意しております、お待ちくださいませ」
レーネフィールさんという名前らしい、メイドさんが淹れてくれた紅茶を頂いて、一息つく・・・
森の花の香りが、私の中に染み込んでいくようで・・・私を襲った悲劇から気を紛らわせてくれた。
「・・・ふぅ」
「やっと落ち着いたわね、そろそろ教えてくれるかしら? 貴女が何者で、何故この王宮に居るのかを」
「え・・・ええと・・・」
「まず名前ね、私はもう名乗ったんだから名乗りなさい」
あまり気が長い方ではないのか、メリアーナは急かすように言葉を重ねて来る。
思った以上に年下なのかも知れない・・・小学生なんて事はないと思うけど・・・
「あ、はい・・・な、撫子です」
「ナデシコ・・・貴女がナデシコなのね、ニホン国から来た・・・」
「はい・・・たぶん、そのナデシコです」
この異世界に来てからもう何度目かのこの反応・・・この子にはどんな風に伝わっているんだろうか。
お腹の痛みもなくなって、ようやく思考が回ってきたので・・・なんとなく彼女が何者なのか察しが付いた。
たぶん・・・『様』とか付けた方が良い身分の方だ。
「・・・それで、そのナデシコが何しにここへ?」
「お・・・王女様の、お誕生日のお祝いに・・・」
「ふーん、そうなんだ・・・レーネフィール、今の聞いた?」
「・・・はい、確かに」
・・・なんだろう。
今、一瞬だけど・・・メリアーナが悪い顔をしたような・・・こう、ニヤリと。
た、たぶん私の気のせいだ・・・今の彼女は子供らしい無邪気な笑顔を浮かべていて・・・
「じゃあ、誕生日のプレゼントとか持って来てるのよね?」
「う・・・うん・・・」
王女様へのプレゼントにしては、しょぼい品なんだけど・・・一応は。
自信なさげに、鞄から実物を出して見せた・・・その時___
「ありがとう! いただくわね!」
「えっ・・・」
さっとメリアーナの手が鞄に伸びると・・・一瞬のうちにプレゼントを持っていかれてしまった。
え・・・え・・・ど、どういう・・・
「見てレーネフィール、お誕生日プレゼント貰っちゃった」
「それはそれは、ようございました」
私が用意した『キノコ入りのキノコ』を手に、メリアーナが無邪気に微笑む。
いったい何が起こっているのか、理解が追い付かない。
今の私にわかるのは、ローゼリア様へのプレゼントを取られてしまった・・・という事実。
「か、かえして・・・」
「なんで?」
とっさにキノコへ手を伸ばす私に、メリアーナな不思議そうな顔で問いかける。
きょとんとした、悪意の見えない子供の顔。
いや、だって・・・それは・・・
「なんで・・・って・・・それは・・・」
「うん、これは・・・『王女様への誕生日プレゼント』なんでしょう?」
「うん・・・だから、かえし・・・」
「だから、返さない」
プレゼントの返却を求める私に、メリアーナはぴしゃりと言い放った。
「だって私はこの国の第2王女、メリアーナ・アルヴ・フローリス・フレスルージュで・・・」
絶対返さないとばかりに、メリアーナはぎゅっと『キノコ』を抱え込みながら。
私に向かって、得意げに宣言したのだった。
「・・・今日、6月1日は『私の誕生日』なんだから!」
「・・・!!」
・・・その時になって、私は初めて知ったのだ。
『王女生誕祭』がなぜ今日からなのか。
そして王女様の誕生会が、なぜ2日間も開催されるのかを。




