第65話 「その、プレゼントは・・・?」
招待状___
シンプルにそれだけ書かれた封筒の中身は、純白のレースに包まった一枚の手紙。
私への宛名書きと、用件だけの簡潔な文章。
文末には第一王女ローゼリア様のサインがフルネームで書き込まれていた。
「その手紙を持っていないと王宮には入れないから、決して失くさないでね」
・・・そんな注意喚起までされてしまった。
さすが王女様のお誕生会、普段以上にセキュリティが厳重なようだ。
手紙に記された日時は6月1日の夕刻・・・あれ・・・たしかメイドリーから聞いたローゼリア様のお誕生日はその翌日の6月2日だったはずだけど。
ローゼリア様に限って書き間違いをするとは思えない、なにしろ自分の誕生日だし・・・
それでも念のため、夕食の時に直接本人に聞いてみる事にした。
「間違いじゃないわ、誕生会は2日間の開催なの」
「ふ・・・2日間・・・」
夕刻からってあたりで、日付を跨いで深夜まで続く会なのかなって思っていたけど。
まさか翌日に続くタイプだったとは・・・さすが王女様、私達平民の誕生会とはスケールが違う。
「そう、だから・・・」
まるで夕飯の買い物を思い出したかのような気軽さで、ローゼリア様は言葉を続ける。
けれど、その内容は気安く聞き流せるようなものではなかった。
「・・・王宮に泊りがけになるけれど、ナデシコ達には来賓用の客室を用意するから心配はいらないわ」
「ふぇっ?!」
王宮に、お泊り?! 来賓用のお部屋?!
予想を上回るセレブリティなお話に、思わず変な声が出てしまう。
も、もしかして・・・VIP待遇ってやつなんじゃ・・・変な汗が出てきた。
「あ、あの・・・私達以外には・・・どんな感じの方々が、い、いらっしゃるのですか?」
それを知ってしまうのも怖いけれど、聞かずにはいられなかった。
きっと見た事もない上級貴族だとか隣国の王家の方だとか、層々たる面々が列挙されるに違いない。
果たしてどんな魔境に私とメイドリーは放り込まれるのか・・・そう思って身構えていると。
「ふふっ・・・それはね・・・」
「・・・?!」
顔を近付けてきたローゼリア様に、囁くように告げられる。
それは私が思っていたものとは全く違っていて・・・内容が想像がつかない。
「当日はきっと良い誕生会になるわ」
混乱する私を他所に、満足そうに笑顔を浮かべるローゼリア様。
けれど私は・・・ますます差し迫った事態に追い込まれた事を自覚したのだった。
な、なんとかしないと・・・
けれど、時間の流れというものは時として残酷なもので。
もう少し待って欲しいと切実に願っても、決して待ってくれるものじゃない。
1週間にも満たない日々は、それこそあっという間に過ぎ去ってしまう。
「ナデシコ、ついに今日だけど・・・その、プレゼントは・・・?」
「う・・・うぅ」
街では王女生誕祭で盛り上がる連休の朝。
学生寮の食堂で私とメイドリーは遅めの朝食を食べながら、誕生会に向けての作戦会議をしていた。
・・・主に、誕生日プレゼントの件で。
メイドリーが用意したのは、毛糸で編んで作ったローゼリア様のぬいぐるみ。
大きさはお茶会で使うティーポットくらい、ローゼリア様がよくデフォルメされている。
それを綺麗にラッピングした包みと共に鞄の中から顔を覗かせていた、かわいい。
対して、私が用意出来たのは・・・雑貨屋で見つけたガラスの小物入れ・・・キノコの形をしていてかわいい・・・と思ったんだけど、ローゼリア様ならもっと良い物をたくさん持っているに違いない。
それだけでは申し訳ないので、一応中に『キノコの山』を詰めてみた。
キノコ形の入れ物だけに相性はバッチリ・・・だけど、どうにも安っぽい気がして・・・
「こんなので・・・大丈夫かな・・・」
「だ、大丈夫だし!ナデシコの気持ちが籠ってるし!」
「そ、そうだよね・・・ありがとう」
どうしても不足を感じるけど、これはもう仕方ない、これが今の私の精一杯だ。
大事なのは気持ちだよ・・・うん。
気を取り直してプレゼントを鞄に詰めると、私達は街へ出掛ける事にした。
「うわ・・・すごい人・・・」
元から賑わっている王都だけど、お祭りとあって更なる賑わいを見せていた。
大通りなんてもう満員電車みたいで・・・警備をする人達も大変そうだ。
「あれはパレード目当てですね、ひと目見ようと国中から人が集まって来るんです」
「パレード?」
「はい、ローゼリア様が馬車に乗って・・・去年のパレードがそれはもう素敵で・・・」
去年のパレードを思い出しているのか、メイドリーはうっとりした顔で熱く語る。
今日はそんなのもあるんだ・・・言われてみれば道りの真ん中のあたりは警備の人達によって隔離されており、ちょうど馬車が通れるくらいの空間が確保されていた。
ここをローゼリア様の乗った馬車が通るみたいだ。
「ちょっと見てみたいかも・・・」
とは言え、今はもうパレード見物に集まった人々が大通りを埋め尽くしていて、とても見物なんて出来る状態じゃない。
特に私は身長が低いので・・・馬車が来ても何も見えないんじゃないだろうか。
「さすがに今からじゃ厳しいと思います、朝一番に場所取りしないと」
「うわ・・・そうなんだ」
「去年の私なんて、陽が上る前から馬車のルートを予測してポジション取りを・・・」
まるで花火かお花見か・・・日本でも人気のイベントだとそんな感じになるよね。
去年のメイドリーの武勇伝を聞いていると、大通りの向こうから歓声が沸き上がった。
これはひょっとして・・・馬車が来たのかな。
「あ、来たみたいです・・・今年はここが最初か・・・」
ガラゴロと馬車の立てる音が次第に大きく聞こえてくる。
集まった人々の熱気が空気を震わせる・・・間違いない、ローゼリア様が来たんだ。
どんな感じなんだろう・・・体育祭の時みたいに巫女や女神に扮してたりするのかな。
「みえ・・・見えない・・・」
やっぱりと言うか・・・どんなに飛び跳ねても、私の視界は人混みを越えることが出来なかった。
こういう時ほど自分の低身長を呪う事はない。
馬車の音でわかる・・・ローゼリア様はすぐ近くだって。
でも・・・その姿は見えな・・・?!
「メイドリー?!」
「く・・・見えますか?」
不意に私の身体が後ろから捕まれ、持ち上げられた。
俗にいう『高い高い』の状態・・・持ち上げているのはメイドリーだ。
少しでも高く持ち上げようと腕を伸ばして・・・あ、ぷるぷると震えてきた。
「な、長くは・・・もたないし!」
「う、うん!」
慌てて開けた視野を見回し、ローゼリア様の馬車を探す・・・あった。
屋根のない馬車の上で、真っ赤なドレス姿のローゼリア様が手を振って・・・あ、こっち見・・・
「・・・!」
「もう無理・・・ごめんなさい・・・はぁ、はぁ・・・」
見えたのは一瞬だけ・・・一瞬だけだった。
けど・・・ちゃんと見えたよ。
「ローゼリア様・・・綺麗だったね、メイドリー」
「うん・・・良かった・・・ふぅ」
「あ、ありがとう・・・大丈夫?」
息を切らせたメイドリーを休ませるべく、近くのお店に入って昼食を頂くことにした。
とは言えお祭りで人がごった返す中、都合よく席の空いているお店なんてあるわけ・・・あった。
なんか小汚い雰囲気のお店だけど・・・生憎私達はそれで気にするような身分でもない、迷わず入って席に着く。
「・・・空いてて良かった・・・メイドリー、ゆっくり休んで」
「もう、ナデシコったら大袈裟だし」
私達が席で落ち着くと、パレードを見終わった人々が続々と店内に・・・空いてたのは単にタイミングが良かっただけみたいだ・・・皆考える事は変わらないね。
見た感じ大衆向けのお店なんだろう・・・メニューには知らない名前の異世界の料理が並んでいる。
メイドリーならわかるかな? そっとメニュー表をメイドリーの方に押し出す・・・と、察してくれたみたいだ。
「ええと・・・ここは魚料理が多いみたいです」
「ふむ・・・」
「あ、ニホン国風のがありますね・・・サシミって、知ってます?」
「うん、じゃあ・・・それにする」
知ってる料理名に安心感を覚えて、それを頼む事にした。
メイドリーは、この辺で一般的な家庭料理だという川魚の煮込み料理を。
出てきたのは名前通りのお刺身の盛り合わせ・・・日本での姿と同じだ、ちょっと懐かしさを感じる。
さすがに魚の種類は違うんだろうけど、味も食感も日本の物とそんなに変わらなかった。
「ん・・・美味しい」
「ニホン国って魚を生で食べるんですね」
「うん・・・寿司って言うのも、あってね・・・」
軽く日本食談義をしながら昼食を終えた私達は、王宮に向かう事にした。
誕生会の時間にはまだ早いんだけど、早く来ても構わないってローゼリア様が言ってた。
それに執事のラインゴートさんが滞在中の着替えも用意してくれてるって聞いたので・・・
王宮の正門で門番に手紙を見せると、呆気ないくらいあっさりと通して貰えた。
手紙が偽物なんじゃないかって疑われるかと、内心ヒヤヒヤしてたのに。
兵士達が配備されて厳重に警備されている外側と対照的に、王宮内はしんと静まり返っていて・・・初めてローゼリア様と出会った時の事が思い出される。
あの時は忍び込んだ泥棒か何かだと思われたんだよね・・・怖かった。
王宮に入ってすぐ、広々とした空間・・・大広間にはだれ一人おらず・・・私達はどうすれば良いのかと途方に暮れていると。
「ナデシコ様とメイドリー様でございますね?」
「「!?・・・は、はい!」」
音もなくスッと現れたのは見覚えのある老紳士・・・執事のラインゴードさん。
さすがにこの雰囲気の中で急に現れると心臓に悪い。
「本日はようこそお越しくださいました、まずはお部屋にご案内いたします」
ラインゴードさんは手慣れた所作で一礼すると、私達を先導して客室に案内してくれた。
かなり広い王宮の中、迷う事無く進んでいく背中が頼もしい。
案内されたお部屋は入り口からして立派で・・・私の身長の2倍はある大きな扉に、鳳凰みたいなのが描かれてる・・・ファンタジー世界なら不死鳥かも。
「こちらがお部屋の鍵でございます、お手洗いはあちらを曲がりました奥の突き当たりに」
「は、はい・・・」
部屋の鍵も美しい鳥の姿・・・さながら不死鳥の間と言ったところか。
さすがにメイドリーも一緒の部屋だけど・・・部屋の中はすごく広かった。
シミ1つない真っ白な壁、窓と暖炉の上にも不死鳥らしき彫刻が舞っている。
ベッドは天蓋付きで、それだけでも普通の部屋1つくらいの大きさ。
大きなテーブルが中央に、壁際にはアンティークな化粧箱の乗ったサイドテーブル。
私の身体くらいある大きな花瓶に、たくさんの花が飾られて・・・なんというか、室内のどれもが・・・
「な、ナデシコ・・・」
「うん・・・気をつけよう」
まだ何もやってないけれど・・・
壊した時のお値段を想像して、震え上がる私達だった。
「それではお着換えをお持ち致します、ごゆるりとお寛ぎください」
恭しく一礼して、ラインゴードさんが部屋を後にする。
ごゆるりと・・・と言われても、とてもとてもそんな気分には・・・と、ここで。
キュルキュル…
「・・・う」
「ナデシコ?」
突然、私の下腹部にキリキリとした痛みが・・・慣れない環境でお腹の調子を崩したのかな。
たしかにストレスを感じるには充分な衝撃だったけど。
それとも、まさか・・・食あたり?!
「ごめん・・・お花を、摘みに・・・」
心配するメイドリーにひと言告げて、私は鞄を持ったまま部屋の外に出た。
たしか・・・お手洗いは奥の・・・どっちだっけ。
襲い来るお腹の痛みと戦いながら、ぼんやりとする記憶を頼りに通路を進む。
たしか・・・角を曲がって・・・あの角かな。
お腹に刺激を与えぬよう、それでいて足早に・・・私は曲がり角を曲が・・・
「!!」
「ふぐっ?!」
曲がり角を曲がろうとして、何かに、いや誰かにぶつかった。
知らない人間・・・私より少しだけ背が高い・・・女の子?
ローゼリア様とは違う、くすんだ金色の髪・・・けれど私はその女の子に、どこかで見たような既視感を覚えた。




