第07話 (ふ・・・不良だ!)
この異世界でも太陽は日本と同じく、東から上り西へと沈むらしい。
現に今も部屋の東側にある窓から朝日が目一杯差し込んできていた。
太陽の光を浴びてまどろむこの時間が・・・すごく心地良い・・・私は太陽の子・・・
ドンドンドン…
ドンドンうるさいなぁ・・・激安ジャングルじゃないんだからドンドン言わないで。
ちなみに、うちの地元のドンキーは夜遅い時間までやってて便・・・利・・・
ドンドンドン…
「撫子ちゃん! 早く起きて!みんなもう学園に行ったよ!」
「学・・・園?」
寝ぼけた頭の中に、『学』と『園』の文字がぴょんぴょんと踊る。
やがて二つの文字が合わさって・・・ハッ・・・学園?!
ガバッと飛び起きる・・・愛用の目覚まし時計は・・・慌てて見回した室内には、未開封のダンボールが転がっているだけだった。
「そうか・・・私・・・」
ようやく自分の置かれた状況を理解した。
私の名前は田中撫子、交換留学生として異世界にやってきて、今は2日目の朝。
そして今日は、私が通う事になる王立学園の・・・入学式の日だ。
「撫子ちゃん! 早く行かないと遅刻するよ!」
先程から部屋の扉を叩いていたのは長久保さんだ。
私がなかなか起きてこないから心配して起こしに来てくれたのだろう。
「あ、あわわ・・・ど、どうしよう・・・」
私も急いで学園に向かわないと・・・でも、王立学園ってたしか・・・
机の上に置かれていた学園の資料をめくると、学園の制服らしき画像が現れた。
白地に赤という、日本の学校ではあまり見られない配色のブレザータイプ。
でもそんな制服を受け取った記憶はない・・・ど、どうすれば・・・
「撫子ちゃん?!」
「せ、せせ・・・せい・・・ふくが・・・制服ががが・・・」
「制服・・・? それならクローゼットの中に!」
縋りつく思いで扉の向こうにいる長久保さんに声を掛けると、察しが良いのかすぐにこの状況を察してくれた。
クローゼット・・・そういえばそんなのあった、すっかり背景の一部になっていたよ。
クローゼットを開けると、制服が一揃いハンガーに掛かっていた・・・サイズも小柄な私の身体に合わせられている。
「見つかった? 早く着替えて!」
言われるまでもない・・・私史上最速での早着換えを敢行した。
中学の頃もブレザーだったので、着替えるのには何も困らない。
ボタンを全部閉めるのは後回しにして、雑に上着を羽織りながら・・・私は勢いよく部屋から飛び出し・・・
ボスッ
「うぐっ!」
部屋の前にいた長久保さんに思い切り頭突きをかましていた。
私の姿勢が低くなっていたのに加え、元々身長差があるので、ちょうど鳩尾のあたりに私の頭がめり込んで・・・
「あ・・・ああ・・・ご、ごめんなさ・・・」
「い・・・いいから・・・はやく、行くんだ・・・」
「はいぃ!」
必死の形相で痛みを堪える長久保さんをその場に残して、私は寮の階段を駆け下りた。
走りながら、制服のボタンを閉めるのも忘れない。
そのまま寮の外へと飛び出し、城門・・・じゃなくて校門を潜り抜けると、中世のお城のような校舎がそびえ立っていた。
たしか、入学式は別棟の講堂で行われるはず・・・
この時間だと直接講堂に向かった方が良さそうだ・・・けど講堂って、どこにあるんだろう?
別棟と言うからには、目の前のお城とは別の建物のはずだけど・・・そう思ってお城の側面へ回り込むと、前方に同じブレザーを着た人影が見えた、きっとここの生徒だ。
「はぁ・・・はぁ・・・たすか・・・」
「?・・・なんだ、お前も遅刻か?」
振り返った生徒は鋭い目つきをした男子だった。
ボサボサの茶色い髪には、メッシュが入っていて一部分が燃えるような深紅になっている。
よく見るとブレザーの上着は肩に羽織っていて・・・シャツのボタンも胸のあたりが全開になっていた。
これでもかという着崩し・・・派手な色に染めた髪・・・鋭い目つき・・・こ、これは・・・
(ふ・・・不良だ!)
決して関わってはいけない人種に、入学早々関わってしまった。
「どうした・・・黙ってないで何か言えよ」
「ひ、ひぃ・・・わ、わた・・・」
「チッ・・・お前もか・・・まぁいい、講堂に急ぐぞ」
不良は私を一瞥すると、すぐに踵を返して歩き出した。
口ぶりから察するに、講堂には向かっているらしい・・・不良でも入学式はサボらず出るようだ。
周囲を見渡しても他には誰もいない・・・どうやら彼について行くしか選択肢はなさそうだ。
足早に進む不良に置いて行かれないように、私も小走りでついて行く。
「・・・」
不良は時折チラリとこちらを振り返ってきたが、それ以上何かしてくる事もなく。
やがて私達は教会のような建物の前に辿り着いた・・・どうやらここが講堂らしい。
そっと扉を開けて中の様子を伺うと、同じ制服を着たたくさんの生徒達が日本製のパイプ椅子に座って、それぞれに談笑していた。
幸いな事に入学式はまだ始まっていないらしい。
更に幸運な事に、パイプ椅子は最後列のうち3箇所が空席になっていて・・・うまくいけば気付かれずに紛れ込めそうだ。
中学時代には朝からいたのに「いつから教室に居たの?」と言われた事もある私だ、一番後ろの列だし、そんなに難しくないはず。
「お、おい、お前・・・」
意外と度胸がないのか、動く気配のない不良はその場に置いて。
そーっと、音を立てずに扉を一人分まで開き、足を進める・・・一歩、二歩。
狙うは女生徒が座る列の2席のうち近い方・・・なるべく物音を立てないように、それでいて動きは自然体で・・・速すぎず遅すぎず。
すっとパイプ椅子に腰をかけ、気付かれていないか周囲を伺う・・・よし、セーフ。
あとは最初からいましたって顔をしていれば問題ない・・・はず。
ふと振り返ると、私の成功を見てその気になったのか、さっきの不良が潜入を試みていた。
けれど私と違って身体が大きく、見た目も派手な不良は目立ちやすい・・・見つかってしまうのは時間の問題か。
焦っているのか、不良は足音を殺せず、動きも不自然・・・やはりこのままでは見つかってしまう。
そう思った瞬間・・・私の前の席に座る生徒のパイプ椅子に違和感を覚えた・・・この椅子、半端な所で金具が引っ掛かっていて、ちゃんと開いていない。
こんなの座った時にわかりそうなものだけど・・・異世界人だから日本のパイプ椅子の違和感に気付けなかったのか?
不良の方はもういつ見つかってもおかしくない。
仕方ない・・・私はそのパイプ椅子に手を掛けた。
ガチャン
「きゃっ!?」
私は何もおかしな事はしていない・・・半端な状態のパイプ椅子を正しく開いただけ。
それでもパイプ椅子は大きな音を立て、座っていた女生徒が発した悲鳴と相まって注目がこちらに集まった。
もちろん私はすぐに椅子から手を離しているし、半端なパイプ椅子が勝手にはまる事も珍しくない事。
注目も一瞬だけ、皆すぐに興味を失ってそれぞれの会話に戻っていく。
けれど、この一瞬の間に・・・例の不良は気付かれずに席につけたようだ。
これで貸し借りはなし・・・向こうもそう思ってくれると良いんだけど・・・
『皆さん、入学おめでとうございます』
そして入学式が始まった・・・さっそく校長らしき初老の男性が長話を始める。
このあたりは異世界の学校でも変わらないらしい。
あるいは・・・私は目の前のパイプ椅子に視線を向けた。
背中の部分に日本のメーカーのロゴが刻印されている・・・間違いなく日本製だ。
ひょっとしたら、私の留学に合わせて日本から提供されたのかも知れない。
・・・同じように日本の文化みたいなものも輸出されている? さすがに考え過ぎかな。
それから特に何事もなく、入学式はつつがなく終わり・・・
教室に向かう生徒達の中に紛れ込んだ私は、無事に自分の教室に辿り着いた。
そして・・・
「あれが、大和撫子・・・」
「ニホン国の姫・・・そう言われて見ると、どことなくミステリアスな雰囲気ね」
「あ・・・ああ・・・」
周囲から刺さる視線が辛い・・・ど、どうして・・・
クラスの自己紹介タイムが終わると、明日から始まる授業についての軽い説明と教科書の配布が行われた。
そして担任の先生が去った後はもう自由時間だ・・・親睦を深めるようにとは言われているけど、帰宅も許されている。
もちろん私は寮に帰宅・・・
「撫子さん!」
「は、はひ・・・」
帰宅・・・させて貰えなかった。
瞬く間に周囲を取り囲まれて、私は逃げ場を失ってしまった。
「ニホン国の事に興味があります、ぜひお話を聞かせて頂きたい」
「好きな食べ物は?」
「ご趣味は?」
「ニホン国に恋人とかいるんですか?」
「あ・・・あわわ・・・わ・・・」
360度全方向からの質問攻め・・・もう身動きすら出来ない。
1対1ですら緊張してしまうというのに・・・いったい何人いるのかもわからない。
あ・・・視界が・・・歪む・・・ぐにゃあって・・・
「そこまでになさい!」
その時、教室内に凛とした声が響いた・・・あれ・・・なんか、聞き覚えがあるような。
デジャヴ?・・・いやいや、すごく最近に聞いた声だ。
その声がした方へ私が振り向くのと同時に、周囲の生徒達がその名を口にした。
「「ローゼリア様?!」」
ローゼリア様・・・見間違いではなく、ご本人だ。
昨日私が王宮で出遭った、この国の第一王女様が、この学園の制服を着て・・・私のクラスの教室に・・・
カツコツ…
ローゼリア様が一歩足を進める度に、周囲の生徒達が左右に分かれて道が出来る。
そして、私の元まで辿り着くと・・・ローゼリア様は薔薇色の唇を綻ばせ・・・
「皆様、遅れてしまい申し訳ありません、このクラスで一緒に学ばせて頂きます、ローゼリアと申します」
重心を落とし、優雅な仕草で一礼した。
こ、このクラスで・・・一緒に?!王女様が?!
あまりの事に呆然と立ち尽くしていると、ローゼリア様は優雅な姿勢を保ちながら、私の手を取った。
「また会えたわね、ナデシコ・・・嬉しいわ」
「!!」
「ローゼリア様があんなにも親しそうに?!」
「やはり大和撫子、高貴なお生まれなのね」
「わ、我々如きが・・・軽々しく話しかけてはいけない存在ッ!!」
教室中にどよめきが巻き起こる中。
ローゼリア様は私の手を引いて、教室の外へと連れ出すのだった。