閑話 楽しみは、こっそりと
それは、とある日の放課後の事___
「ローゼリア様、一緒にかえ・・・」
「ごめんなさいナデシコ、今日は王宮に用事があるの」
一緒に学生寮まで帰ろうという、ナデシコからの誘い・・・彼女とは寮で同室なので一緒に帰るのも珍しい事ではないし、そこに特別な意味合いはない。
けれど私がその誘いを断ると、ナデシコは捨てられた子猫のような表情を浮かべた。
そんな顔をされると、私も心が揺らいでしまう・・・けれど後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、私は足早に学園を後にした。
「お待ちしておりました、ローゼリア様」
「あまり時間に余裕がないわ、急いで」
「かしこまりました」
学園の外で、執事のラインゴードが用意した馬車に乗り込む。
急ぐようにと命令すると、彼は私の望んだ通りの速度で馬車を走らせてくれた。
王立学園はその名の通り、フレスルージュ王家が運営している学園・・・なので王宮との距離も程近い。
その距離を思えば、別に徒歩でも充分なのだけど・・・今日は少し急ぐ事情があった。
馬車は正門をくぐり抜けて、来賓車用のスペースに停車する。
「ローゼリア王女殿下に敬礼!」
馬車から降りた私が城内へと入ると、警備隊長の号令が飛び、警備の者達が一糸乱れぬ動きで礼をした。
私が来る事は事前に伝えてある・・・今日は正式な形での訪問、国王陛下への謁見だった。
「ローゼリア王女殿下、ご到着!」
「うむ、通せ」
父である国王の威厳に満ちた声が響き・・・謁見の間が開かれた。
学生服から着替えている時間はなかった・・・忙しい父が用意してくれた謁見の時間だ、無駄にしたくない。
それでもこの国の王女として恥じぬよう、私は胸を張って堂々と歩みを進め・・・国王陛下の前に跪いた。
「ローゼリアよ、王立学園体育祭の評判はこの耳にも届いている、まこと大儀であった」
「・・・ありがたき幸せにございます」
「うむ、政務で多忙とはいえ、そなたの晴れ姿をこの目で見れなかったのが悔やまれるぞ・・・して此度は何用か?」
一瞬漏れ出た父親の顔を引き締めて、再び威厳を身に纏った国王陛下は私に問う。
申し訳ありません、お父様・・・取り繕ったその威厳が脆くも崩れ去る事を確信しながら、私は本題を切り出した。
「本日はお願いがあって参りました、翌月に迫った私の誕生日に・・・」
「なんなりと言うがよい、この父がどんな望みでも叶えてみせよう」
「・・・」
私の言葉を遮る勢いで、お父様は一国の王にあるまじき返答をした。
その緩んだ表情はまさしく親馬鹿と呼ばれるもの・・・国王の威厳も欠片もない。
我が父ながら、この有様は少し不安になる。
どんな望みでも叶えると言った父のその言葉に偽りはなく・・・私の「我儘」は意外な程あっさりと叶えられた。
本当に、理由さえ尋ねられる事もなく・・・なんというか、先日クラスメイトから聞いた「鎧袖一触」というニホン国の言葉のようだった。
・・・私にとっては、とても都合が良いのだけど。
「きっと陛下は、ローゼリア様が学生寮に移られて寂しかったのでしょう」
「・・・王宮からは目と鼻の先のような距離でしょうに」
ラインゴードが言うには、それでも父には遠い異国のように感じたのだろうと。
ともあれ、せっかく許可を得たのだ・・・すぐに行動に移らないと。
「ラインゴード、私の部屋はまだ使えるかしら?」
さっそくラインゴードに確認を取る。
この場合の「部屋」とは寮ではない・・・寮の部屋だとナデシコがいるので。
まだ彼女には知られないように、こっそりと用意したい。
「いつお戻りになられても良いように整えてございます」
「ではそこで・・・手紙を書こうと思うの」
「手紙・・・でございますか?」
「ええ、大事な手紙を2通ほど・・・相応しい物を用意なさい」
「は、すぐにお持ち致します」
そしてラインゴードが用意した上質な紙に、私は「招待状」と書き記した。
贈る相手にはその時まで教えないようにしよう・・・きっと、さぞ驚くに違いない。




