閑話 樹籠りのシィリオ
私の記憶の中のフィーラ姉様は、緑葉の儀・・・深緑の衣を纏った姿だった。
それはエルフ族に古くから伝わる大人になる儀式。
じぃじ・・・エルフ族の族長が、跪いた姉様の頭に花の冠を乗せる。
冠から花弁が零れて・・・姉様の周りを蝶のように舞い踊った。
「緑は、金に・・・」
族長の祝詞と共に、姉様の身を包む衣の色が金色に染まり輝きを放つ・・・金の光に包まれた姉様はとても綺麗で、古の女神様のよう。
幼い私は、無我夢中でその光に手を伸ばして・・・じいじにすごく怒られた。
大事な儀式の邪魔をしてはいけないって・・・あんなに怒らなくてもいいのに。
「シィリオ・・・いつか貴女の番も来るからね、今は我慢して」
「私も・・・姉様みたいになれるの?」
「ええ、きっとなれるわ」
私が緑葉の儀を受ける、その時は・・・私の頭に冠を乗せるのは、姉様だったら良いな。
姉様は頭が良くて、一族の歴史とか文化とか、たくさん教えてくれた・・・半分も覚えられなかったけど。
姉様は琴の達人でもある、エルフ族に伝わる霧弦琴を弾かせれば、姉様の右に出る者はいなかった。
姉様が弓を放てば百発百中・・・1年の間に250もの獲物を仕留めた記録は、まだ誰にも破られていない。
そんな姉様だから、エルフ族の代表として人間の国に留学するという話も当然の事。
姉様に会えなくなったのは寂しいけれど、森の暮らしは人間の技術で豊かになった・・・全部姉様のおかげだ。
いつか留学を終えて帰ってくる姉様は、きっともっと凄いエルフになっているんだろう。
その時は私も成長して・・・姉様から緑葉の儀を受けるんだ。
人間の国で勉強する姉様には及ばないけれど、森に来る人間から色々教わったりした。
苦手な歴史の勉強もがんばっていたんだけど・・・姉様はなかなか帰ってこない。
そればかりか・・・じぃじは私を族長にするとか言い出して・・・姉様がいるのになんで。
しきたりだなんだと、どんどん厳しくなっていく勉強の日々。
姉様みたいになりたいとは言ったけど、こんなのは違う・・・気付いたら私は森を飛び出していた。
森の外は私の知らない人間の国・・・でも私は知っている。
姉様が留学したのは王都っていう所で、そこに行くには大きな道を進めば良いって。
そして辿り着いた大きな街では、大勢の人間達が集まって、何かお祭りのような事をしていた。
道を埋め尽くすような人だかり・・・いったい何のお祭りだろう?
小さな身体を滑りこませて、人混みの先へと向かった私が見たのは・・・大きな建物の中で弓を構える姉様の姿だった。
「標的は全部で30・・・フィーラ、半分ずつで良い?」
「・・・20くらい引き受けても良いけど?」
姉様と同じように弓を構えた人間の子供と背中合わせに、次々に現れる的を射抜いていく。
その姿は私の記憶の中の姉様と全く変わっていない。
冴え亘るその弓の腕に、大勢の人間達から歓声が沸き上がる・・・さすが姉様、人間達に大人気だ。
その後も姉様達は泳いだり走ったり・・・よくわからないけれど、それが競争で、姉様が勝ったのだけは私にもわかった。
森の大人達が言った通りだ、姉様はエルフ族の誇り・・・なんだか私まで誇らしい気分になる。
その後、姉様達が意気揚々と行進していく・・・その先に留学先の学園というのがあるらしい。
人混みのせいで姉様を追いかけるのは難しかったけど、場所さえわかればいつでも会いに行けるだろう。
そう思ってたんだけど・・・私はすっかり油断していた。
・・・まさか大人達が森から追いかけて来るなんて。
護身用に持ってきた痺れキノコの粉で一度はやり過ごしたけれど、見つかって捕まるのは時間の問題。
私は幸運を空に任せて、姉様のいる学園に向かって一直線に走った。
「助けてください、追われているんです!」
「・・・へ?」
・・・そして空は私に味方した。
入り口の所にいた人間の子供に縋りつくと、その子は私を学園の中に入れてくれた。
学園の中に入ると、すぐに分かった・・・姉様の気配だ。
隠れるように言ってくれた人間の子に感謝しつつ、私は姉様の気配を追って中へと進む。
中庭に生えた一本の大きな樹・・・姉様の気配はそこから濃厚に漂ってきていた。
樹の中に造られた生活空間・・・間違いない、姉様はここで暮らしているんだ。
「姉様・・・私、会いに来たよ」
柔らかなベッドに横になると、疲れが一気に押し寄せてきて・・・
懐かしい姉様の匂いに包まれながら、私は深い眠りに誘われたのだった。




