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第06話 「ここって通ってないんだ、電気」


「君が撫子ちゃんか、フレスルージュ駐在員の長久保です、よろしくっ」


長久保と名乗った外務省の人は人当たりの良さそうな微笑みを浮かべた。

藤田さんと比べてだいぶ若い・・・20代に見える。

駐在員と言うからには、ここでの暮らしも長いのだろう・・・西洋風の衣服がよく馴染んでいた。


「この長久保は、これから君が暮らす学生寮の事務員を兼任している・・・こちらでの暮らしで困った事があれば、彼に相談するように」

「は、はい・・・よ、よろしくおねが・・・します・・・」

「うんうん、なかなか可愛い子じゃないか、お兄さんになんでも相談してくれよ」

「長久保、未成年に手を出すんじゃない」

「わかってますって藤田さん、そんな怖い顔で睨まないでくださいよ」


言う程藤田さんは怖い顔をしてなかった、それに語気も荒くないと言うか・・・親しみのようなものを感じられる。

・・・この二人、年が離れている割には結構仲が良さそうだ。


「色々と不安が残るが・・・ここから先はお前に任せる、私は急ぎ上に報告書を提出しないといけないのでな」


ああ、王宮での件か・・・藤田さんには多大な迷惑をかけてしまった。

ここまで同行してくれた彼がいなくなるのは私も不安だけど、ここで文句を言う資格はない。


「じゃ、撫子ちゃんは俺についてきて・・・王立学園は・・・今日はもう時間が遅いから道案内だけかな」

「ご・・・ごめんなさい」


気付けば、もう日が暮れようとしていた。

今は何時くらいなんだろう・・・そもそも異世界だと時間の流れ方が違ったりとかあるんだろうか。

学校の入学時期は同じみたいだけど、季節とかもまだよくわかっていない。


長久保さんに連れられるまま『門』からも見えた大きな池に沿うように引かれた道を進んでいく。

レンガのよる舗装は新しくて綺麗で池の周りの風景にも良く馴染んでいる・・・この道も観光客を意識したものかも知れない。

そのままレンガの道を進んでいくと、先程は池の向こうに見えていたお城のような建物が近くに見えて来た。


けど、さっき私が迷い込んだ王女様がいた場所が王宮で・・・なら、こっちは・・・??

その答えは、すぐに明らかになった。


「ここが、明日から君が通う事になる王立学園・・・お城みたいだろ?」


城門・・・のように見える校門の前で、長久保さんははっきりとした声でそう言った。


「こ・・・ここが、王立学園・・・」


異世界の学校は思った以上のスケール感だった。


「まぁ、びっくりするよなぁ・・・こう見えて中は割と狭いんだ、迷子になる心配はしなくて良い」

「そ・・・そう、なんだ」

「一応、見取り図と学園の資料は寮の方に用意してあるから、詳しくはそれを参照してくれ」

「は・・・はい」

「・・・で、学生寮はこちら・・・っと」


そのまま校門を通り過ぎると、曲がり角になっていて・・・城壁?に隠されていた向こう側に、その建物はあった。

王宮と学園・・・すごい建物を続けて見たばかりなので、多少のスケールダウンを感じるものの。

もしも日本にあったら観光名所のひとつにはなっているんじゃないか、少なくとも私の地元なら間違いなく名物扱いになるだろう。

・・・そんな風格を持つ西洋風の・・・


「お、おやし・・・」

「正解!・・・と言いたい所だけど残念、半分正解って所だな」


思わずつぶやいた私に対して、少し・・・いやだいぶ食い気味に。

まるでクイズ番組のようなノリで長久保さんが解説を始めた。


「元々ここはとある大貴族の屋敷として建てられたからお屋敷であってる、でも100年以上も誰も住んでないんだ」


100年以上も・・・こんな立派なお屋敷なのに・・・


「その貴族は没落して、長い事王家が管理してたけど・・・豪華すぎて使い道に困ったんだろうな、あまり使われる事がなかったらしい・・・そこへ王立学園が作られる事になって、せっかくだから学生の為に使おうって学生寮に生まれ変わったわけだ」

「・・・へぇ~」

「寮の中は左右対称になっていて、女子生徒は東側だ・・・間違えて男子の方に迷い込まないようにな」

「う・・・」


そんな間違えはしないと思うけど・・・今日の事があるから何も言えない。

東側が女子・・・しっかり覚えておこう。


「ではお待ちかね、撫子ちゃんのお部屋にご案内~」


私の部屋は201号室・・・2階の角部屋だった。

絨毯の敷かれた広い部屋の真ん中には、予め家から送った荷物入りの段ボールが2つ・・・もっと多かったはずだけど、無事に審査を通ったのはこれだけらしい。

そして勉強用の机が2つ、クローゼットが2つ、ベッドが2つ・・・2つ?


「あ、あの・・・も、もしかして・・・あ・・・あ・・・」


どこからどう見ても、この部屋は2名様用だった。

学生寮だし、1人部屋ではない可能性は充分あったけど・・・いきなり誰かと相部屋というのは、ちょっと心の準備というか・・・


「ああ、この部屋は撫子ちゃん1人で使ってくれて大丈夫だよ・・・今日の所は」

「そ、そうです・・・か・・・」

「基本的には寮は全室2人部屋になってて、誰か他の生徒と一緒に使う事になっているんだけど・・・撫子ちゃんは異世界からの留学生だからね」

「・・・ホッ」


よかったぁ・・・人と話すのも苦手なのに、同じ部屋で暮らすとかハードルが高すぎるよ。

こればかりは異世界の留学生で良かった、と心の底から思った。


「この寮の間取りとかはそこの机の上に、王立学園の資料も一緒になってる・・・ええと、あとは・・・」


言われた通り、机の上に紙の束が置かれていた。

しかし、そろそろ日も沈んで、部屋の中も暗くなってきた・・・明かりのスイッチはどこだろう。

照明のスイッチを探して部屋の入り口付近の壁を探っていると・・・そんな私の姿から何かを思い出したように長久保さんが声を上げた。


「あ、ごめんごめん・・・大事な事なんだけど・・・ここって通ってないんだ、電気」

「・・・へ?」

「電気とかガスとか、こっちの世界には普及してなくてね・・・水道はあるけど、井戸も珍しくない」

「い、井戸・・・」

「たしか・・・撫子ちゃんは地方の子だよね? 多少は慣れてると思うんだけど・・・」

「な・・・なな・・・な」


・・・どんな秘境の生まれだと?

たしかに都会とは言えないけれど・・・そこまで酷くないよ。


「とりあえず、明かりはこれを使ってもらえるかな・・・そのうち学園で教わるとは思うけど」


そう言って長久保さんが手渡してきたのは・・・ちょっとアンティークなオイル式のランプと、点火用のマッチだった。

可愛いらしいデザインではある・・・お洒落な小物だと思ったかもしれない・・・こんな状況でさえなければ。


「じゃ、俺は基本事務室にいるんで、何か困った時はいつでも相談においで」


パタン…


それだけ言い残して、長久保さんは去って行った。

すっかり暗くなった部屋で、私は1人・・・点け方もよくわからないランプを片手に呆然としていた。

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