第54話 「一緒に森へ帰ろう?」
「・・・姉様?」
聞き間違えじゃない、エルフの女の子・・・シィリオはフィーラの事をそう呼んでいた。
姉様と呼びながら、フィーラに抱き着いて・・・猫のようにすりすりと・・・懐いてる?
「この子・・・シィリオは私の妹なのよ、昔はナデシコよりも小さかったんだけど、すっかり大きくなって」
「えへへ・・・もう緑葉の儀だって受けられるんだから」
フィーラに抱き着いたまま、得意げに笑うシィリオ・・・けど、今でも私の方が背が高いはず。
え・・・私ってあれより小さいって思われてるの?! さすがにそれは心外だよ。
恨めしげな視線をフィーラに送るも、向こうは妹の方に意識が向いてしまったようだ。
「けれど、貴女がわざわざ森から出てきて、こんな所にまで・・・いったい何の為に?」
「もちろん、姉様を連れ戻す為だよ」
「「え・・・」」
思わず口を突いて出た声が、フィーラと重なった。
連れ戻す? フィーラを? まさか、エルフの森に?
さすがのフィーラも、この妹の発言の意図が理解出来ないらしく、その表情に困惑の色を浮かべている。
「姉様、私と一緒に森へ帰ろう?」
「あのねシィリオ・・・今の私は、この王立学園に通って・・・」
「うん、知ってるよ・・・人間の文化を学ぶために、森の皆を代表して留学したんだよね?『フィーラはエルフ族の誇りだ』って皆が言ってたわ」
「・・・そ、そういう事になってるのね」
キラキラした尊敬の眼差しで姉を見つめるシィリオとは対照的に、フィーラは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
これは・・・どういう事なんだろう?
私の聞いた話では、フィーラは森のエルフ達に厄介払いされて・・・それがなぜ、エルフ族の誇りだ、なんて事に?
疑問の視線を投げかける私に、フィーラもわけが分からないとばかりに肩をすくめて見せた。
「それはそうとして・・・それなら尚更、私が勝手に森に帰るわけにはいかないんじゃないかしら?」
「それは・・・そうだけど・・・でも、だって・・・」
正論で妹を諭すフィーラに対して、シィリオは妙に歯切れが悪くなった。
仮にもフィーラはエルフ族の代表として学園に通う留学生だ、その理由が厄介払いだろうと何だろうと、そこは変わらないはず。
姉から視線を逸らそうとするシィリオを逃がさぬようにフィーラはがっちり掴まえて・・・
「・・・何か理由があるのね、シィリオ、話しなさい」
「う・・・姉様、怒らない?」
「いいから話しなさい」
何か後ろめたい事でもあるのか、怯えたような素振りを見せるシィリオ。
しかしフィーラは妹を甘やかさない教育方針のようで、厳しい顔のまま問い詰めた。
「あのね、じぃじがね・・・私を次の族長にするって言い出して・・・」
「族長が・・・シィリオを後継に?」
「うん・・・人間と仲良くするのに年寄りよりも若い長が良い、とかなんとかで・・・」
おずおずとシィリオが語り出したのは、エルフ族の・・・後継者問題?
よりによって、こんな小さい子を族長に?
いくら若い方が良いからって・・・シィリオはせいぜい中学生に見えるかどうかだ。
これはさすがに・・・
「若過ぎる・・・ような・・・」
「でしょっ!!」
ふと零れた私の小さな呟きに、シィリオが全力で肯定してきた。
さすがはエルフ、その長い耳は飾りではないらしい。
「私が族長とか100年早いと思うの、しかも姉様を差し置いてだよ?!」
「あ・・・」
・・・ひょっとして、そこから話が繋がるのか。
見た感じ、この姉妹の仲は良さそうだし・・・まだ幼い自分が族長に選ばれた事よりも・・・
「私なんかよりも、姉様が族長になった方が良いに決まってるの!・・・なのに皆、姉様は留学してるから無理だって」
「それで、私を族長にするために森に連れ戻そうと思ったのね・・・」
「そうなの! 決して、族長になるための勉強が嫌で逃げてきたんじゃなく!」
「・・・逃げてきたんだ」
「あっ」
とっさに両手で口を押えるシィリオ。
しかしもう手遅れだ・・・滑らせてしまった言葉は、私達がしっかりと聞いてしまっている。
なるほどね・・・本音はそっちか。
「・・・シィリオ」
「う・・・嘘じゃないもん」
呆れたようにジト目で妹を見るフィーラに、シィリオはまだ諦め切れないのか、不貞腐れて頬を膨らませながら・・・
「・・・姉様の方が相応しいと思ったの、嘘じゃないもん」
「・・・」
そう言われてしまうと、フィーラも複雑な気持ちだろう。
ついこの間の体育祭での活躍といい、学園でのフィーラを見ていると、かなり優秀な人物だと思う。
きっとシィリオの言う通り、族長に相応しいかも知れない。
けれど・・・だからこそ、フィーラは疎まれたんだ。
疎まれて、遠く離れた人間の国の学園に送り付けられた・・・族長になんてならないように。
その辺りの事情を何も知らず、ただ尊敬の眼差しで自分を見てくる妹に・・・フィーラは本当の事を言えるのだろうか。
結論から言うと・・・フィーラは言えなかった。
「・・・森へは、貴女1人で帰りなさい」
「姉様?!」
「その様子だと、許可もなく勝手に飛び出してきたんでしょう? 早く帰りなさい」
そう告げるフィーラの声に表情はなく、ただ淡々と・・・しかし。
「そんなの嫌っ!」
「シィリオ?!」
それですんなり帰ってくれるシィリオではなかった。
フィーラの手を振りほどくと、シィリオは中庭の大樹の中へ・・・引き籠ってしまった。
「シィリオ!そこから出てきなさい!」
入り口はしっかり閉ざされてしまって、フィーラの力でも外から開く事は出来ないようだ。
姉妹だけあって、シィリオにもフィーラと同じような力があるのか。
あるいはそれ以上に・・・ひょっとしたら、次の族長に選ばれた理由の一端かも知れない。
『姉様と一緒じゃなきゃ、帰らない!』
大樹の中から、シィリオが叫ぶのが聞こえた。
「・・・シィリオ」
ピクリとも動かない大樹を前に、呆然と立ち尽くすフィーラ。
その背中にかけるべき言葉を・・・私は何も思い浮かばなかった。




