第48話 「もちろん手段は選んでないですし」
ローゼリア様から与えられる、特別なご褒美。
具体的にそれが何なのかは、私達は知らされていない。
けれど、その言葉の持つ甘美な響きはメイドリーを豹変させるのに充分だった。
「も、もう・・・無理ぃ・・・」
「ダメです!あと5周も残ってるんですから!」
「ふ、ふぇぇ・・・」
今日の練習はこれまでとは打って変わって、シンプルな走り込み。
基礎体力の強化が目的だという話だけど・・・学園の敷地内を何周も走らされて、私の体力は限界を迎えていた。
メイドリーは私を追い立てるように後方から、強い声を上げてきた。
「フォームがふらついてますよ!意識をしっかり持って!根性見せるし!」
「・・・はぁ・・・はぁ・・・そ、そんあ・・・」
フォームも何も身体はフラフラ、まっすぐ走るのも精いっぱい。
速度だって、歩くのと大差ないんじゃないだろうか・・・それでもメイドリーは休ませてくれなかった。
今までだったら無理のないように適切に休憩を挟んでくれて・・・足が痛いと言えばマッサージまでしてくれたのに。
「まぁ、あれは噂の大和撫子ではなくて?」
「運動は得意ではないと聞いていたけれど・・・おかわいそうに」
今回に関しては場所も良くなかった・・・日本人の私は行く先々で注目されてしまって・・・これじゃ学園中の晒し者だよ。
今も練習中の他の生徒が気の毒そうな顔をして追い越していく・・・その速度差といったら、兎と亀のよう。
いくら体育祭で勝ちたいからって、こんなのあんまりだよ・・・
「め、メイドリー・・・私・・・本当に・・・もう・・・」
「ダメです!・・・そんな弱音を吐くなら、コースを変更して山まで走ってもらいます!」
「えぇぇぇ・・・」
そう言いながら、メイドリーは私の進路上に割り込むと・・・強引に学園の外へと向かわせた。
学園の外に出た私はふらつきながら湖沿いを走っていくと・・・やがて山へと通じる上り坂が見えてくる。
まさか本当に山まで・・・し、しんじゃう・・・私しんじゃうよ・・・
「・・・はぁ・・・はぁ・・・メイドリー・・・助け」
「この辺で大丈夫です、座ってください」
「え?」
風光明媚な湖沿いの道の脇にはベンチがあって・・・メイドリーに言われるがまま私は腰を下ろした。
よくわからないけど、やっと休める・・・ああ・・・このままベンチと一体化しそうだ。
「お水です、ゆっくり飲んでくださいね」
「あ・・・うん」
水を受け取ると、メイドリーは私の足元に屈みこんで・・・わ、くすぐったい。
びっくりして危うく水を吐き出す所だったよ。
「め、メイドリー?!」
「動かないでください・・・だいぶ無理させてしまいましたね、少し冷やしますよ」
メイドリーが私の靴を脱がして足先までマッサージを・・・あ、冷たい。
氷か何かの魔法を使ったようで、なんかひんやりと冷たい感触に足が包まれていく。
「魔法はあんまり得意ではないので・・・冷た過ぎたら言ってください」
「だ・・・大丈夫・・・気持ちいい・・・くらいで・・・でも」
勝利に囚われたメイドリーによるスパルタ訓練・・・そう思っていただけに、この展開は意外だった。
いつも以上に丁寧に、メイドリーは私の足を気遣ってくれて・・・
「でも・・・何ですか?」
「あ・・・その、私・・・てっきり・・・メイドリーが・・・勝つ為に手段を・・・?!」
手段を選ばなくなったんじゃないか・・・そう言おうとした私の目の前で、メイドリーが笑みを浮かべた。
微笑みとかじゃなくて、もっとこうニヤリと、悪そうな感じの・・・なんか悪い顔だ。
「ふふふ・・・もちろん手段は選んでないですし」
「え・・・」
「ニホン国の高貴な令嬢、大和撫子・・・決して自ら動くような御立場ではないので運動も苦手・・・それが皆の認識です」
「・・・そ、そうなんだ」
相変わらず物凄い誤解をされてるけど・・・さすがに私も慣れてきたよ。
実際に運動も苦手だ、さっきだって大勢の生徒達に醜態を・・・
「そこへ、実際にフラフラになって走る姿を見せると・・・これは体育祭も無理だなって皆が思います」
「う、うん・・・そう・・・だね」
「ふふふ・・・ふふふ・・・ふっふっふ・・・」
そこでまたメイドリーが悪い顔をして笑った・・・ちょっとしつこいくらいに。
いつまで笑っているんだろうと様子を伺っていると・・・メイドリーは急に真顔になった。
「もちろん、私達の対戦相手もです・・・これは楽勝だなって思ってるはずです」
「対戦・・・相手・・・」
「そう、勝負はもう始まってるし!・・・ナデシコが出来るようになってる事は当日まで隠す・・・これで私達は有利に戦えます!」
そう言って、メイドリーは得意げに胸を張った。
そっか、対戦相手・・・これまで全然気にしてなかったけれど、競技である以上は戦う相手がいるはずで。
じゃあメイドリーは対戦相手を意識して、あんな事を・・・
「じゃあ・・・さっき、走らされたのは・・・油断させるための・・・」
「はい!・・・ですので、念の為これからは体育の授業も手を抜いてください」
「あ・・・うん」
手を抜くも何も・・・連日の筋肉痛で、私の体育は散々だった。
きっと明日も・・・この足が痛みだすんだろうな。
しかし・・・手を抜かないといけないほど、私は出来るようになっているんだろうか・・・正直実感がない。
「ナデシコはちゃんと力をつけてます、安心してください」
「そ・・・そうかな」
「大丈夫、私達なら勝てます・・・絶対に」
そう語るメイドリーは、ギラギラと瞳を輝かせて・・・すごく自信に満ち溢れて見えた。
ひょっとしたら、本当に・・・私でも出来るんじゃないかって気にさせてくれた。
昔から競争をすれば最下位が定位置だった私だけど、今なら・・・きっと。
・・・でも、この時の私は気付いていなかった。
私には無理をさせない、その分を、メイドリー自身が補おうとしていたという事に。
見えない所で蓄積されてきたそれは・・・よりによって、一番肝心なタイミングで・・・
「め、メイドリー?!」
「こ、これくらい・・・へいぎだし・・・う゛」
体育祭当日、決勝の舞台を前にして・・・不自然に足を引き摺るメイドリーの姿。
・・・その足首は私が見てもはっきりわかるくらいに、赤く腫れあがったいた。




