第46話 「勝手に出るなし!」
次の日の放課後、私とメイドリーは川まで来ていた。
例の滝の絶叫マシン・・・もとい『昇降機』があるのとは別の、幅1~2m程の小さな川だ。
王都付近の山の中には、こういった小川が点在しているらしい。
澄んだせせらぎの音が耳に心地良い・・・時折水面から小さな魚が飛び跳ねるのが見えた。
日差しは暖かく、青い空には白い雲が流れて・・・ピクニック日和と言ったところ。
でも、もちろん私達は遊びに来たわけではない。
「この辺からで良いと思います、始めましょう」
「う、うん・・・」
土の地面の小径から外れて川原に降りると、足元はじゃりじゃりと音を立て始める。
大小様々な石が転がる河川敷・・・今日の練習内容はここを歩く、というもの。
もちろんメイドリー考案の練習プランだ。
「・・・と、とっ?!」
足元の石はなかなか不安定で、普通に歩こうとするだけで思わぬ方向に動いたりする。
普通の人なら違うのかも知れないけれど、運動音痴の私からしたらここを真っ直ぐ歩くのもひと苦労だ。
練習内容が走る、ではなく『歩く』だった理由はそういう事だろう。
「思ったよりも、きついでしょう?」
「うん・・・よいしょ、よいしょ・・・」
メイドリーは私の後ろから、一定の間隔を保ってゆっくりとついてくる。
と言うか、私の速度がゆっくりだからそれに合わせてくれてるんだ。
これ私の練習にはなってるけど、メイドリーの練習にはなってないんじゃ・・・そう思ってペースを上げようとした瞬間__
「・・・わわっ?!」
踏み出した足の下で石がごりっと横に滑って・・・私は思い切り姿勢を崩してしまった。
目の前の視界がぐるっと回って、綺麗な青空が・・・っと、そこで私の身体は止まった、メイドリーが受け止めてくれたのだ。
「だ、大丈夫です?!」
「あ・・・ありが・・・とう」
「念のため確認します、ちょっと足を見せるし」
思い切りいったのが逆に良かったのか、足を捻るような事もなく私は無傷だった。
それでもメイドリーは時間をかけて足をマッサージしてくれた・・・おかげで前よりも調子が良いくらいだ。
そのまま川沿いに進んでいくと・・・足元の様子が段々と変わってきて・・・
転がっている石に大きい物が増えてきた、大きい石は安定してて・・・なんか歩きやすい。
これなら少しは・・・と私がペースを上げると、メイドリーはもっとペースを上げて・・・ついには追い越されてしまった。
「あ・・・メイドリー・・・待っ」
このままじゃ置いて行かれる・・・そんな恐怖感に駆られながら必死に追いすがる。
けれど焦る私の気持ちとは真逆に、私の足はどんどん重くなっていく。
踏み出す一歩が、すごく重い・・・息も苦しくなってきた・・・我ながら身体の貧弱さに泣けてくる。
「め、メイドリー・・・」
涙ぐみながら彼女の名前を呼ぶ・・・滲んだ視界の中で割と目立つはずの彼女の髪色が見えない・・・この分だともうだいぶ先に行ってしまったんじゃないだろうか?
しかし、次の瞬間・・・割とすぐ近くから返事が聞こえた。
「はい、どうぞ」
「・・・ふぇ?」
声が聞こえたのは、上の方・・・釣られて見上げると、私に向かって手が差し伸べられていた。
その手を掴むと、ぐいっと身体が引っ張られて・・・目の前の石・・・もう岩と呼べる大きさのそれを乗り越え、着地した。
「自分だけの力でだいぶがんばりましたね・・・いつ助けようか迷いました」
「・・・!」
その言葉で私は察した、メイドリーが先に行ったのは・・・上から私を引っ張り上げる為だったんだ。
足が重かったのも、段々と上に登っていたから・・・足元ばかり見てたから全然気付かなかった。
恐る恐る来た道を振り返ると・・・ひぇぇ。
「私・・・こ・・・こんなに・・・」
「あっ・・・ナデシコ?!」
思った以上の高さに驚いて、メイドリーにしがみついてしまった。
川のおかげで視界は開けていて、最初の方の川原が遥か遠く下方に見える・・・私、こんなに登ってきたんだ。
我ながら、ちょっとした感動を覚えていると・・・しがみつかれたままのメイドリーが身をよじった。
「いい加減、は、離すし!」
「あっ・・・ごめ・・・っ!」
慌ててメイドリーから身を離したけど、今度は足を滑らせそうになってしまった。
離れたはずのメイドリーが素早く動いて、私の腕を掴んでくれたから良いものの・・・ここで落ちていたらと思うとゾッとする。
足元の岩は川の水が撥ねたのか、少し湿り気を帯びていて緑色の苔のようなものも生えていた。
「そろそろ、引き返した方が良いですね」
「う、うん・・・」
さすがにメイドリーも今ので危険を感じたのか、今日はここで引き返す事に。
でも、ここから引き返すのか・・・登るよりも降りる方が大変とはよく言うけど、見下ろす先はだいぶ険しく感じられた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「落ち着いて、ゆっくりで良いですからね」
「う・・・うん」
メイドリーに掴まりながら一歩ずつ、来た道を引き返す。
登った時の何倍も時間が掛かっているけれど仕方ない、安全第一だ。
本当に、よくこんな所登ったよ。
「やっぱり、練習の成果が出てますね」
「そ、そうなのかな・・・」
自分でもちょっとそんな気がしてきた所に、メイドリーがお墨付きをくれた、嬉しい。
まだまだ道は長そうだけど・・・メイドリーが誉めてくれるおかげで、気分的に少し楽になるよ。
そこまで考えて気遣ってくれてるのかな・・・それなら本当に凄いな。
「まぁナデシコの場合は、元がだいぶ出来なかったから・・・」
「う・・・」
「ち、違うし!その分成長を実感しやすいって言いたかっただけで・・・」
すかさずフォローしてくれたけど、事実は事実だからね・・・うん。
でもメイドリーの言う通り、成長も実感出来てる・・・筋肉痛に耐えた甲斐はあったよ。
これも全部メイドリーのおかげだ。
「メイドリー・・・ありがとう」
「お礼を言うのは降り切ってからで・・・まだ半分も降りてないし」
「う・・・うん」
いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど・・・まぁいいか。
メイドリーの気遣いには本当に助けられてる・・・どれだけ感謝すれば良いのか。
もちろん私の為じゃなくてローゼリア様の為だよね・・・わかってる、わかってるよ。
だから私も・・・もっと、もっと。
コンコン…
いつもよりも早く起きた朝。
連日のように襲い来る筋肉痛に耐えながら、私はその扉を叩いた。
前回のアレはメイドリーには刺激が強すぎたので・・・今回は控えめに・・・朝食に誘う事にしたのだ。
「・・・だ~れ~?」
メイドリー・・・にしては随分気の抜けた声と共に部屋の扉が開かれた。
寝ぼけてるのかな・・・実は朝弱いタイプなのかも・・・
案の定と言うか、メイドリーはぼさぼさの髪で、着崩れた部屋着を正そうともしないまま・・・
「ちょ・・・メイドリー!・・・む、胸が・・・」
上のボタンが外れてて、だらしなく広がった部屋着の胸元から、豊満な胸が零れ落ちそうに・・・って、あれ?
メイドリー・・・いつの間にそんなに大きく・・・?
たしか、先日のお風呂の時はそこまでじゃなかった、と思う・・・いくら成長期でも突然そんなに大きくなるなんてあり得な・・・でも異世界だし、あり得る、のかな?
「?・・・ああ、そっかぁ」
激しく混乱する私を他所に、メイドリー(大)は何か納得したように頷いて、部屋の方へ振り返った。
「メイドリーちゃ~ん、お友達が来たわよ~」
「お姉ちゃん!勝手に出るなし!」
その後方から慌てて姿を見せたのは、私のよく知っているメイドリーだった。
と、いう事は・・・こちらの、大きなお方は・・・
「姉の、メイプルで~す、メイドリーちゃんがお世話になってま~す」
「「ああ・・・」」
姉と言われて納得した私の声と。
その場で頭を抱えたメイドリーの声が、綺麗に重なった。




