第45話 「ナデシコ、早く脱ぎなさい」
「ナデシコ、ファイトー!」
「う・・・うぅ・・・」
メイドリーの声援を受けながら、私は目の前のロープを強く握り締めた。
今、私の目の前にあるのは、身長ほどもある大きな岩・・・この大岩を乗り越えて、上に進まないといけない。
一歩踏み出した瞬間に足元がぐらりと揺らいだ・・・ごつごつとした石の足場は、迂闊に体重をかけると簡単に崩れてしまう。
握り締めたロープを頼みに体勢を持ち直す・・・この細いロープだけが私の命綱だ。
「大丈夫、落ち着いて・・・最初の一歩をしっかりと!」
「う、うん・・・」
ロープの向こうから聞こえてくるメイドリーの声・・・彼女が上からロープを引いてくれているのだ。
岩の凹凸を探って、足を掛ける・・・滑らせないように慎重に。
この一歩目がしっかりハマったのを確認して、ロープをクイクイッと引いて合図すると・・・ぐいっと身体が重力に逆らって持ち上がるのを感じた。
「ふぁ、ふぁいと―!」
気合の叫びと共に、岩の上で足をもう一歩、二歩と進める。
しっかりロープを引っ張って貰っているおかげで、今の私の体重は0に近い。
三歩目にはもう大岩を乗り越えて、勢いが付いた私の身体をメイドリーが受け止めた。
「っとと!・・・セーフ」
一瞬バランスを崩しそうになりながらも、なんとかメイドリーは持ちこたえた。
私を引っ張り上げて、受け止める・・・結構大変な役割だと思うけど、メイドリーはしっかりと務めてくれていた。
「ふぅ・・・ナデシコは大丈夫?」
「うん・・・ありがと」
どことは言わないけれど、貧相な私と違って発育の良いメイドリーの身体は高いクッション性を発揮してくれた。
おかげで私の方は安心して身を任せていられる。
・・・もっとも、これが『本番』ともなれば、そんな悠長な事は言ってられなくなるんだろうけど。
『ダブルロックラン』・・・私達が選んだ体育祭の種目は、岩場を進む障害競走の一種だった。
選手2人は一本のロープで繋がった状態で、助け合いながらコースを攻略するというもの。
なんだけど・・・私が一方的に助けられる形でも進められると言うのが、この種目が選ばれた決め手だ。
一方的に助けられる、と言っても練習は必要なわけで・・・
今私達は、学園の近くの山に来ていた・・・幸い山の国であるフレスルージュ王国はこういった岩場には事欠かない。
ちょうど良く練習に使えそうな岩場はすぐに見つかった。
「じゃあ続けて降りる方、いきますし!」
「う・・・うん」
岩を上った後は、逆に今上った所を降りる練習になる。
自分の身長ほどの高さとは言え、こっちはちょっと怖い。
「ロープはしっかり持ってるから、もっと思い切って降りてください」
「で、でも・・・」
こういうのはロープに身を任せて、リズミカルに降りていくのが理想的な動きなんだろう、それは私でもわかる。
けれど、理屈ではわかっていても・・・どうしても腰が引けてしまう、怖いものは怖いんだ。
私はへっぴり腰のまま、少しずつ下に降りる事しか出来なかった。
「ご・・・ごめん」
「気にしないでください、こういうのは慣れですし」
落ち込む私を尻目に、メイドリーはロープ無しでも危なげのない動きで難なく降りてきた。
アクアちゃんじゃないけど、なかなかの運動神経を感じる。
これでパートナーが私じゃなかったら・・・もっと活躍出来ると思う、申し訳ない気持ちだ。
「少し休憩を挟んで、もう一回やりましょう」
「・・・うん」
「お水もしっかり飲んでくださいね、身体を動かすと水素が逃げていくので」
メイドリーは私の体力まで考えて、細かく休憩を挟んでくれていた。
なんと言うかすごく気の回る、出来た子だ・・・私なんかには勿体ない。
「あの・・・メイドリー、ありがとう」
これまたメイドリーが用意してくれたお水を、ちびちびと飲みながら・・・私は改めてお礼を言った。
いくら感謝しても、感謝し足りない。
「私の方こそ、ナデシコさm・・・ナデシコには感謝してます、おかげでローゼリア様とお話出来ましたし」
「いや、それは・・・」
ローゼリア様なら、たぶん私がいなくてもお話くらい出来たと思うよ?
やっぱり、メイドリーはローゼリア様が目当てで、私に良くしてくれるんだろうね。
それはそれで構わない、私自身は彼女に何もしてあげられないし・・・せめてそれくらいはないと。
だから私は、練習帰りにメイドリーを誘う事にした。
「に、日本の・・・お菓子があるんだけど・・・一緒に食べない?」
「ニホン国のお菓子?!良いんですか?」
「うん・・・寮の、私の部屋で・・・」
メイドリーも女の子、日本のお菓子と言ったらすんなり釣られてくれた。
果たして『キノコの山』はメイドリーの口に合うだろうか?
もっとも、今回の場合それはオマケに過ぎなくて、本命はもちろん・・・
「ただいま、ローゼリア様」
「お帰りなさい・・・あら、その子はたしか・・・」
「ろ、ローゼリア様?!」
今更だけど寮の私の部屋・・・それは同時にローゼリア様の部屋でもある。
たまに王宮の方の用事で居ない事もあるけれど・・・今日はしっかり部屋に居てくれた。
「練習の帰りに・・・誘っちゃったんですけど」
「ああ、そうなのね・・・どうぞゆっくりしていらして」
「あ・・・はは、はい!」
固まってしまったメイドリーの背中を押して、椅子に座らせる。
私が『キノコの山』を取り出すと、察しの良いローゼリア様が紅茶を淹れ・・・ようとして、ふと動きを止めた。
なんだろう・・・こっちの方を見て、なんかすごく渋い表情を・・・
「ナデシコ・・・その・・・先に、汗を流した方が・・・」
「あ・・・」
全然自覚してなかったけど、汗臭かったみたいだ・・・練習でたっぷり汗かいたもんね。
この学生寮には大きな大浴場があるんだけど、部屋の方にも一人用の小さなお風呂・・・というか浴槽のない洗い場が付いていた。
用途としてはシャワールーム・・・なんだけど。
「ナデシコ、来なさい」
「え・・・ローゼリア様、ちょっ・・・!」
「そんな臭いではお客様に失礼よ」
ローゼリア様に引っ張られるようにして、シャワールームに押し込まれてしまった。
このシャワールーム・・・ちょっと問題があって・・・水道が通ってないんだ。
ならどうやって使うかと言うと・・・それはもちろん・・・
「ナデシコ、早く脱ぎなさい」
「は、はい・・・」
防水素材の薄いカーテン1枚で仕切られた洗い場のすぐ外で、ローゼリア様が急かしてくる。
メイドリーを待たせては悪い・・・それもわかるんだけど。
しかしローゼリア様に逆らえるわけもなく・・・私は身に着けている物を脱ぐとカーテンの隙間から外に出した。
『温水、放射』・・・すかさずローゼリア様が魔法を紡ぎあげ・・・天井からお湯がシャワーのように降り注いだ。
熱すぎず温過ぎず、適温だ・・・この辺の温度調節も人によって変わってくるらしい。
ローゼリア様の出した温水は、いつまでも浴びていられる心地良さ・・・でも今はメイドリーを待たせてるから急がないと。
手早く身体を洗い終えると、魔法のお湯が止まった。
薄いカーテン越しに、中の様子はある程度わかってしまうのだ・・・これがちょっと恥ずかしい。
逆にこっちからも、ローゼリア様がタオルを置いて外に出たのが見えるので・・・カーテンを開けて身体を拭く。
「お・・・お待たせしました」
着替えを終えてシャワールームから出ると、メイドリーは驚愕と羞恥が混ざったような表情で私を凝視していた。
「な、ナデシコ・・・いつも、ローゼリア様と・・・こんな」
「ち、違うよ?!・・・ほら、私・・・魔法、使えないから・・・」
明らかに妙な誤解をしているメイドリーを必死で宥める。
けれど、メイドリーは想像力を働かせてしまっているようで・・・なかなか冷静になってくれない。
「おふたりは仲がよろしいとは聞いていたけど、まさか、そんな・・・」
「いや・・・だからね・・・あ、そうだ」
助けを求めるようにローゼリア様を見た瞬間、私に1つの案が思いついた。
論より証拠、百聞は一見に如かず・・・日本にはそういう言葉があるもんね。
「ローゼリア様!・・・メイドリーも、汗を、流した方が!」
「え・・・ええ、そうね・・・」
私の必死さに気圧されながらも、ローゼリア様は納得してくれたようだ。
シャワールームの扉を開けて・・・メイドリーを手招きする。
「メイドリー、こちらへいらっしゃい」
「____!!」
日本には、尊死という言葉がある。
尊いと思う気持ちが許容限界を超えた時に、まるで昇天するような死をもたらす・・・という概念だ。
私は生涯忘れる事はないだろう。
今、この瞬間にメイドリーが浮かべたその表情は、まさしく、その・・・
・・・まぁ、さすがに死んではいないんだけど。
半ば意識を失ったメイドリーは、この時の事を『夢か現実かわからない不思議な体験だった』と後に語ってくれた。
その後のお茶会でも、メイドリーはずっとぼうっとしたまま・・・心ここにあらずという状態。
今のメイドリーにはちょっと刺激が強過ぎたみたい・・・こ、こういうのも慣れだよ・・・ね?




