第05話 「私、日本から、来た、留学生」
『キノコの山』
それは日本のお菓子メーカーが生み出した世紀の傑作商品だ。
甘いミルクチョコレートと、さくさくのクラッカーの組み合わせで「一粒で二度美味しい」を実現。
傘のついたキノコを模したかわいらしい造形には、手にチョコがべとつかないという機能性を兼ね備えている。
数十年の長きに渡って日本で愛されてきた、正にお菓子の王者。
だから異世界留学のお供として、私がリュックに入れておくのも当然の品だと思う。
そして今、この『キノコの山』が、私の窮地を救うかのようにリュックから飛び出してきたのだった。
「これは・・・ニホン国のお菓子?」
「は、はい・・・私、日本から、来た、留学生」
外国人のような片言になってしまったけど、私の言葉はしっかり通じたらしい。
ローゼリア様はまるで見比べるかのように、私と『キノコの山』を交互に見て・・・首を傾げた。
「・・・ニホン国から留学生が来るとは聞いています・・・けど、貴女が?・・・本当に?」
ジト・・・っという音が聞こえてきそうな、いぶかしげな目つき・・・まだ信じて貰えていないようだ。
けれど変な疑いを晴らすには、ここで私が異世界人だと信じて貰うしかない。
私は、慣れた手つきで『キノコの山』を開封して見せた・・・ポイントは内袋だ。
↑↑矢印の方向に開けてください↑↑
プリントされた文字の所をしっかりとつまむ。
その文字通りここから開けられるようになっているなど・・・初見ではわからないはずだ。
ローゼリア様から良く見えるように箱を構えると、私は内袋をピリピリっと開封した。
「ほ、ほら、私、日本人、開け方わかる」
「・・・?」
渾身のドヤ顔と共にアピールした・・・んだけど、ローゼリア様は首を傾げたまま。
まさか・・・通じてない?! こんなに綺麗に開封出来たのに・・・
「・・・いい匂い」
アピールが通じず私が絶望しかけた瞬間・・・ローゼリア様が表情をやわらげた。
内袋を開いた事で、袋の中に閉じ込められていた芳醇なチョコの香りが一気に放たれたのだ。
ローゼリア様と言えども女の子・・・香りに釣られて、興味深そうに箱の中身を覗き込んでいた。
これはチャンスだ、いけ・・・キノコの山のマスコットキャラ、キノ山さんの声が聞こえた気がした。
「お、おひとつ・・・いかがでしょうか!」
「ええ・・・いただくわ」
ローゼリア様の白い指先が、キノコに触れる。
そして、誰に教わるでもなくクラッカー部分を掴んだ・・・正解だ。
そのままローゼリア様はしばらくキノコを観察した後・・・ぱくりと口へ放り込んだ。
クラッカーがかみ砕かれるサクサクとした音が響く・・・私も食べたくなってきた。
はたして・・・ローゼリア様のお口に合うのか・・・彼女がタケノコ派でない事を祈るしかない。
やがてサクサク音は聞こえなくなり・・・ローゼリア様はカップを手に取ると紅茶を一口含んだ。
その感想やいかに・・・ゴクリ。
「・・・すごく美味しいわ、これが日本のお菓子なのね」
「で、でしょう?!」
すごく美味しい、頂きました!
思わず拳を握り締めてしまう・・・さすが『キノコの山』異世界でも通じる美味しさよ。
「・・・もう一つ、頂けるかしら?」
「は、はい、何個でもどうぞ!」
お代わりを求めてきた、これはお世辞じゃなく本当に美味しい証だ。
手に取りやすいようテーブルの中央に箱を置いて、私も我慢出来なくなったので一つ手に取った。
「ありがとう・・・このキノコの形がかわいいわ」
「はい、私もそう思います!」
「指先が汚れないように、と考えられた形なのかしら」
「おっしゃる通り!考えた人は天才だと思います!」
「先にチョコレートの部分だけ食べたりするのは、お行儀が悪いかしら?」
「それも食べ方のひとつです!ぜひお試しください!」
初めて出逢った日本のお菓子に、ローゼリア様はすっかり夢中になって。
こんなに楽しそうにキノコの山を食べる人は初めて見たよ・・・それどころか・・・
「・・・大丈夫? 貴女、どこか具合が?」
「え・・・」
急にローゼリア様が心配そうな顔を近付けてきた。
あれ・・・私、なんで心配されてるんだろう・・・わけが分からずにいると、その手がそっと私の頬に触れた。
「あれ・・・冷たい・・・涙?」
そうか・・・私、ずっとこんな風に誰かと一緒に・・・キノコを・・・
「本当に大丈夫? 医者を呼ぶべきかしら」
「えぐ・・・大丈夫なので、気にじないで・・・ぐだざい・・・じゅびび」
キノコの山をひと箱食べ終わる頃には落ち着いたので、医者を呼ばれる事もなく。
とりあえず日本人特有の生理現象だと言ったら、納得してくれた。
あ・・・日本人だって信じてくれてる。
「それで、私と、一緒に来た外務省の人、どこか、行ってしまって・・・」
「そう、迷子になったのね・・・」
本当は私が勝手に歩き回ったんだけど・・・話がややこしくなるのも良くないよね。
まだ片言になってしまうけど、ローゼリア様は私の説明を聞いてくれた。
やっぱり良い人かも知れない・・・いや良い人だ、キノコ派になってくれたし。
ローゼリア様が悪役令嬢だなんてとんでもないよ。
「ローゼリア様、信じてくれて、ありが・・・」
「ローゼリア様!どちらにいらっしゃられますか!」
聞き覚えのある大きな声・・・私を掴まえたセキュリティの人だ。
ローゼリア様の反応は早く、すぐに扉の向こうへと・・・私との会話は打ち切られてしまった。
「私はここです、何があったのですか?」
「ローゼリア様・・・ニホン国外務省の藤田という方が、先程の子供の件で・・・」
「あの子供でしたら、この部屋に・・・」
「撫子さん!こんな所に!」
「ふぇ?!」
凄い形相で藤田さんが部屋に入ってきた。
居なくなっていた私を探し回ったのだろう、息を切らしながら歩み寄ってきた。
「ごごご、ごめんなさい!」
「勝手に歩き回らないでください、何事も無かったから良いようなものの・・・」
「はは、はいぃ・・・」
その場で小一時間、お説教されてしまった・・・ごめんなさい。
その後、私は藤田さんに引き取られて、外へと連れ出される事になった。
「ローゼリア様、大変ご迷惑をおかけしました!」
「お、おかけしました」
くの字に腰を折り曲げて謝罪する藤田さんに倣って、私も頭を下げる。
そして逃げられないようにと、首根っこを掴まれながら私は建物を後にした。
「・・・まったく、国際問題になる所だったぞ」
「う・・・ごめんなさい」
「これに懲りたら、二度と王宮には忍び込まないように」
「はい・・・え・・・おう・・・きゅう?」
「本当に・・・王女殿下が寛大な方で助かった」
「おうじょ・・・でんか?」
そこで私は初めて知らされる事になったのである。
学園校舎・・・だと思い込んでいた建物が、この国の王宮だという事。
そして、ローゼリア様の正体を。
「ああ、知らなかったのか・・・彼女がこの国の第一王女、ローゼリア・アニス・フィーリス・フレスルージュ殿下だよ」
「な・・・」
悪役令嬢どころか王女様でした・・・それも第一王女。
ひょっとして、王位継承権絡みの問題で疑われたのかな・・・暗殺とか?
なんだか思っていた以上に危ない橋を渡っていたのかも知れない。
「王女様、か・・・」
綺麗な人だったけど、それも当然、住む世界が違うとはああいう事か。
きっともう二度と会う事も無いんだろうな・・・
この時の私はそう思っていた。
そして、この時の私は気付かなかった。
口を開いたリュックの中身・・・キノコの山の箱の下に隠された『アレ』に・・・
ローゼリア様がしっかり目を留めていたという事に。