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第40話 「魔力がないんでしょ?」


次の日。

ペイター君は学園を欠席していた。


「・・・」

「・・・まぁ、あんな事があったばかりだものね」

「うぅ・・・アクアちゃん」


まるで他人事のようにアクアちゃんは言い放つ。

・・・事情を知っているのは私とアクアちゃんだけだというのに。

私は恨めしそうにアクアちゃんを見つめた。


「もう・・・そんな顔したって・・・私に何しろって言うのよ」

「・・・お、お見舞い・・・とか」

「いや、病気じゃあるまいし・・・」


そうは言うけど、他に思いつく事もない。

クラスの男子達が言うには、ペイター君は男子寮の自室にも戻っていないようだ。

これはますます心配になってくる・・・まさかとは思うけど・・・


「ペイター君・・・思い詰めて・・・じ、じさ・・・」

「さすがにそれは・・・ありえるか」

「あ、アクアちゃん!」

「・・・もう、しょうがないわね」


万が一って事もあるから・・・ね。

私達が思い当たるのは、例のドワーフ工房しかない。

放課後、さっそく私達は工房まで様子を見に行く事にした。


「おお、坊ちゃんのお友達じゃねぇか!」


昨日の今日という事もあって、入り口にいたドワーフは私達の事を覚えていたみたいで。

思ったよりもすんなりと中に入ることが出来た。


「あ、あの・・・ここに・・・ペイター君は、いますか?」

「ああ、いつもの工房に籠ってるよ・・・いや~それにしても」

「?」


ドワーフは妙に機嫌が良さそうでニヤニヤと笑みを浮かべていた。

なんかちょっと不気味・・・いやそんな風に思ったら彼らに失礼だ。


「坊ちゃんの事、よろしくお願いしますっ!」


妙なテンションのドワーフに見送られ、私達は例の部屋を目指す。

工房の中は広いけど、ここには先日も来たばかり・・・私達が迷う程の事もなかった。


「ナデシコ・・・私が思うにアイツ、たぶん・・・」


アクアちゃんが何かを言いかけたのと、私がペイター君の部屋の扉に手を掛けたのはほぼ同じタイミングだった。

扉に鍵は掛かっておらず・・・開けるとすぐに部屋の隅で蹲るペイター君の姿が視界に入ってきて・・・

うわ・・・盗賊に荒らされたかのように散らかった室内といい、隅っこでの体育座りといい・・・身に覚えがあり過ぎて、身につまされる。


「・・・なんだ、お前らか・・・何しに来たんだよ」


そして、地の底から出したかのようにテンションの低い声・・・これまた身に覚えががが。

自殺を試みる程思い詰めていないのは良かったけど・・・これはどうしたものか。


「きょ今日・・・学園に、来なかったから・・・心配になって・・・」


そう話し掛けると同時に・・・不思議と私は返ってくるだろう返事が予測出来た。

心配してくれとか頼んでない、みたいな。


「別に・・・心配してくれなんて、頼んでないし・・・」


・・・ですよねー。


床に散らばった鉱石を踏まないように気を付けながら、ペイター君の方に近付く。

思い出せ私・・・こういう時、こういう時はどんな言葉をかけて欲しかった?


「・・・」

「・・・」


ダメだ、何も思い浮かばない。

そんなだから小中で友達が作れなかったんだよ・・・

そうだ、アクアちゃん・・・アクアちゃんなら何かいい言葉を・・・期待を込めて彼女を見つめる。


「え・・・」


・・・すごく嫌そうな顔をされた。

それでも何かは考えてくれているみたいで・・・しばらくの後。


「うーん・・・あんな人の言う事なんて、気になくて良いんじゃない?」

「お前・・・喧嘩売りに来たのか?」


アクアちゃん?! ペイター君にとっては憧れの人だよ?! そりゃペイター君も怒るって。

まぁたしかに、いきなりあんな事を言うなんて酷い、とは私も思ったけど・・・

そういえば、レギオラさん最後に妙な事を言ってたっけ・・・ええと、たしか・・・


(理由は・・・彼自身が一番わかっていると思うよ)


実力不足的な事? 才能がないとか?

でもいきなりそんな事を言える程、ペイター君を知っているようには見えなかった。

他に何か、まずい理由があるんだろうか・・・


「あ、あの・・・レギオラさん、が最後に・・・」


あの人の言った通りならペイター君自身が何か知っているはず・・・

彼に直接聞いてみようとした時、横からアクアちゃんが核心をついて来た。


「ペイター、アンタ・・・魔力がないんでしょ?」

「へ?」


私の方が反応してしまった。

アクアちゃん? 今、魔力って言った?

私の聞き間違えじゃなければ、魔力がないって・・・


「・・・そうだよ、クソッ!」


アクアちゃんのその言葉を肯定するように・・・ペイター君は心底悔しそうに握り拳を壁に叩きつけた。

当然ながら石煉瓦で出来た壁はびくともせず、音のひとつも発生しない・・・震える拳がちょっと痛そうだ。


「僕には魔力がないから笛ひとつ鳴らせない・・・いくら努力しても無駄だから、もう諦めろって事だろ」

「・・・っ!」


・・・そこで私は初めて知る事になった。

この異世界において音楽とは、魔力によって奏でられるものだと。


学園で配られた笛も、フィーラが使っていた琴も、ローゼリア様が持つ王家の笛も。

あの『金の楽杖』の人達が使っていた様々な楽器達も。

全て、使用者の魔力によって音が鳴る・・・ある種のマジックアイテムみたいなものだったのだ。


「そんな・・・ことって・・・」


にわかには信じられない、けど思い当たる節はたしかにあった。

学園で貰ったあの笛・・・私には音を出すことが出来なかった・・・きっとあれは壊れていたんじゃなくて。


・・・日本人の私には、魔力がないんだ。


なんとなくだけど、その可能性はあるな・・・って思っていたせいか、不思議とそこまでのショックはなかった。

私なんかより深刻な問題として・・・目の前に悩みを抱えるペイター君がいたからかも知れない。

そうだ、ペイター君は・・・


「・・・わかったなら、もう放っといてくれよ」

「・・・」


ずっと憧れていた人に、その夢を否定されて・・・その絶望を思うと、かける言葉もない。

でも魔力がないからって、そんな事で諦めないといけない事なの?

だって、私のいた世界では皆・・・有名な音楽家やオーケストラが魔法を使ってるなんて事はない。


実際、日本で作られた私のピアニカは普通に演奏する事が出来た。

日本の楽器なら、魔力のないペイター君だって・・・


そこまで考えた時、私は思い出した。

部屋の隅に置いてある、あの木琴だ・・・授業で一緒に叩いた記憶がある。

そうだ、あの時は普通に音が・・・私の記憶違い? いやそんなことは・・・


「・・・ナデシコ?」


私は恐る恐る木琴の叩き棒を手に取り、木琴を叩いた。


コンコン…


子気味良く木の板が音を鳴り響かせる・・・やっぱり。


「ぺ、ペイター君・・・これ・・・音が」


笛を鳴らせられなくても、これなら音が鳴る・・・いけるのでは?

期待を込めて彼の方を見ると・・・返ってきたのは盛大なため息だった。


「はぁぁ・・・そんなオモチャで楽団に入れるわけないだろ」

「お、おもちゃ・・・って・・・そんな」


そんなことない。

私のいた世界では木琴だって立派なオーケストラの一員だ。

子供のおもちゃとして扱われる事もあるにはあるけど、プロともなれば巧みな手捌きでこう・・・こう・・・


コココンコンコン、カコン…


プロ奏者の動きをイメージして連打を試みるも、残念ながら私はプロじゃなかった。

やっぱり両手を使って、っていうのがね・・・どうしても左手の動きがおかしくなって、釣られて右手まで・・・

それでも何回かやれば、まぐれで1回くらい・・・って思ったけれど、不協和音が鳴り響くだけだった。


「・・・ったく、お前何やってんだよ」

「だ、だって・・・上手い人は、ね・・・これを、こう・・・ね」


なんとかペイター君に説明しながら、素早く木琴を叩こうとするけど・・・やっぱりうまくいかない。

少しでも早く叩こうとして、今度は空振りになってしまった。


「うぅ・・・」

「もういいから、貸してみろ」


コココココン、カカカコン、ココンコンコン…


「・・・え」


目を丸くする私を他所に、ペイター君の演奏は続いた。


コココカンカン、カカカコン、コンコンコンコン…


まるで自分の手足のように・・・とはこういう事か。

二本の棒を自在に操り、木琴を弾くペイター君は、まるでプロの木琴奏者のよう。

同じ楽器を使っているというのに、私のそれとは音が違って聞こえる程で・・・


「す、すごい・・・すごいよ、ペイターく・・・」


やっぱり夢を諦めるなんてもったいない・・・充分通用するんじゃないか。

私がそう思った、その刹那・・・


コココ、ぽす、ぽす…


軽快な木琴の音色が、急に変わった・・・なにか、スポンジを叩いているかのような残念な音に。

ペイター君の動きには変わりはなく、今も的確に木琴を叩けている・・・それなのに。


ぽす、ぽす、すぅ…


木琴を叩く毎に音色はどんどんかすれていって・・・聞き取りにくいものになっていく。

自分の耳が悪くなったんじゃないか・・・そんな錯覚さえ覚えた。

しまいには、かすれるような音さえも出なくなってしまった・・・いったい何が起こっているのか、わけがわからない。


「ペイター君・・・こ、これって・・・」

「その楽器の音素が尽きたのよ」


私の質問に答えてくれたのはアクアちゃんだった。


「物を叩いた時に鳴る音も、その物に宿った音素によって発生する・・・教科書に書いてあったわ」


さすがは勉強の出来るアクアちゃん、音楽も予習してきているらしい。

音素・・・初めて聞いた言葉だけど、光素や風素などと同じく魔法に関わる元素なんだろう。

奏者に魔力がないと、打楽器ですら音を出せなくなる・・・ここはそういう世界なのか。


「・・・だから言っただろ、こんなのオモチャだって!」


ガシャン…


ペイター君が乱暴に押しのけた木琴が、台車ごと棚にぶつかって・・・棚からこぼれたいくつもの鉱石が床に散らばっていく。

中には衝撃で割れてしまった物まで・・・私にはよくわからないけど、貴重な物だったりしないのかな。

その中からリンゴくらいの大きさの鉱石がひとつ、私の方に転がって来て・・・


「わわっ・・・!」

「ちょっとペイター、気持ちはわかるけど物に当たらないでよ!」

「・・・ごめん」


危うくぶつかる所だった・・・もしこんなのが当たったら痣じゃ済まなそう。


「ナデシコ、大丈夫?」

「う、うん・・・私には当たってないし・・・あ・・・」

「?」


私にぶつかりそうになったその鉱石も、床に当たって真っ二つに割れてしまっていた。

割れてしまったのはしょうがないとして・・・その断面が、光ってる?

気になってその鉱石に手を伸ばしてみると、割れた断面には綺麗な円盤状の結晶のようなものが見えた。


「これ・・・宝石?」


ええと、原石って言うんだっけ・・・なんかそんな感じのやつを地元の山で見たことがある。

そういうのがよく転がってる場所があるんだ・・・質が悪くて売り物にはならないとかで放置されてるんだとか。

けれど今私の手の中にある原石は、それらよりももっとこう・・・透き通っていると言うか、光っているように見える。


「え、宝石?!・・・ちょっと見せて!」


宝石と聞いて、アクアちゃんは奪い取るような勢いで持ってった・・・そういうの好きなのかな。

割れたもう一つの欠片の方を拾ってみると、こちらの断面も同様に綺麗な結晶が光っている。


「・・・これ、宝石じゃなくて魔力結晶ね・・・初めて見るタイプだけど・・・ペイター、これどこで買ったの?」

「そこの鉱石は1年くらい前にドワーフ達が持って来たんだ、珍しい物が採れたって・・・その時は他にやることがあって、後回しにしてたんだけど・・・」


・・・ああ、積んじゃってたんだ。

あるある、後で読もうと思って置いておいたら、それっきり読んでない本とか、買ったきり遊んでないゲームとか。

この場合は積み鉱石?・・・なんか、見た目通り過ぎる呼び名だ。


1年も前の話じゃ、どこの何の石かもわからないか・・・こんなに綺麗なのに。

割れた石の断面はツルツルしてて、指で触れるとひんやりと・・・


キーン…


「えっ」


鉱石の断面を撫でるように私が指で触れた瞬間、音が出た。

一瞬、他の何かかとも思ったけど・・・耳を近付けると、まだかすかに音を鳴らしていて・・・やっぱりこの鉱石からだ。


「ナデシコ?!」

「ごめ、なんか・・・ここ、触ったら・・・」


キーン…


そう言って断面に触れた瞬間、また音が・・・ちょっと触っただけなのに。


「音が・・・これって、ひょっとして・・・」


恐る恐る・・・アクアちゃんも手にした鉱石の断面に指を伸ばし・・・


カーン…


やっぱり、そちらの石からも音が鳴り響いた。

音が鳴る魔力結晶・・・魔力とか魔法とか、まだ何もわかってない私だけど・・・これが何を意味するのか、それは察して余りある。

私と同じように足元に転がる鉱石を拾い上げたペイター君の表情が、みるみる期待に染まっていく・・・間違いない。


「これは・・・音素の結晶?!」


魔法の源となる各元素は時折結晶化して鉱石の形で産出される。

元素に応じて『~晶石』と呼ばれるそれら魔力結晶は、古来より術者の魔力の消耗を抑えるのに使われてきた。

中でも純度の高い物は、加工されて魔法具の材料になる事もあるらしい。


もちろん、それは基本の6元素に限った事ではなく・・・


『音晶石』・・・音素の結晶は、ひとつひとつ異なる音が結晶化しており、純度の高い物は触れるだけでも音が鳴るという。



「音晶石・・・これ全部が?!」


鉱石が零れ落ちてきた棚を調べると、音晶石は大小合わせて30個あった、割れてしまった物を含めると36個にもなる。

どれも未加工の原石の状態で大きさも形もバラバラ・・・素人の私達では他の鉱石とまるきり見分けがつかない。

これじゃペイター君が積んでしまったのも仕方ないんじゃないかな・・・きっとドワーフ特有の能力か何かがあるんだろうね。


「すごいぞ・・・こ、これだけあれば・・・ふ、ふふ」


音晶石を前に、ペイター君はギラギラとした目つきで・・・まるで人が変わったかのよう。

さっきまではこの世の終わりみたいに落ち込んでいたのに。

元気を取り戻してくれたのは良かったけれど、これはこれで・・・ちょっと怖い。


ペイター君はこれらの音晶石を作業机の脇に積み上げると、紙を広げて設計図のようなものを描き始めた。


「結晶の大きさは小さめに見積もって・・・まず最初は当たりだけ付ければ・・・」


なんかブツブツ言いながら・・・一心不乱になって図面を描き続けている・・・たぶん新しい楽器の。

もう私達の事も目に入っていないようで・・・今は下手に声を掛けるのも憚られた。


「とりあえず・・・もう心配はなさそうね」

「・・・そう・・・だね」


恐ろしい速さで初期の図面を描き終えたペイター君は次に音晶石の外側、石の部分を削り始めた。

ドワーフ製と思われる工具を使って、ひとつひとつ丁寧に・・・

結晶の部分が見えてきたら磨きの作業だ、研磨用の粉をまぶしてキュッキュっと・・・


「ナデシコ・・・帰ろっか」

「・・・うん」


これ以上ここに居ても、私達に出来る事は何もなさそうだった。

作業の邪魔をしないように、そっと・・・部屋を出ようとしたところ・・・


「ナデシコ、アクア」

「ふぇっ?」

「・・・な、何よ?」


ペイター君に呼び止められた。

作業に熱中するあまり私達の事が見えてない・・・というわけでもなかったようだ。

何も言わずに勝手に帰ろうとした所を見咎められたようで、なんかばつが悪い。


けれどペイター君に怒っているような素振りはなく・・・あ、でも顔が赤くなってる。

赤くなった顔で、微妙に斜め上の方を見ながら、彼はこう言った。


「・・・今日は、その・・・ありがとう」

「・・・」


一瞬、お礼を言われている事に気付かず・・・呆気に取られてしまった。

少しだけ遅れて、じわりと心が暖かくなるのを感じる・・・なんだか、むずがゆい。


「・・・もう二度と心配かけるんじゃないわよ、ナデシコに!」


今・・・アクアちゃんも同じ気持ちだったのかな。

いつもよりもキレのない強気な言葉の中に、アクアちゃんの照れ隠しを感じて。


「・・・ふふ」


小さく吹き出してしまったけれど、アクアちゃんは気付かなかったみたいだ。


「・・・アクアちゃん」

「なによ?」

「この後・・・笛の練習、するなら・・・付き合うよ」

「?!」


意表を突かれたように驚いた顔を見せた後・・・アクアちゃんは恥ずかしそうに頷いた。

あのペイター君見てたら、がんばりたくなったんだよね・・・やっぱり、同じ気持ちだ。



後日、ペイター君の楽器は無事に完成を迎えた。


魔力結晶を叩いて音を鳴らすという、世にも風変わりな水晶琴だ。

見た目も美しいこの楽器は、早くも学園内外の注目を集めているのだとか。

おかげで私のピアニカもその陰に隠れて、あまり目立たなく・・・なってると良いなぁ。

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