第39話 「君では無理だよ」
気付いたら、コンサートは終わっていた。
何曲も演奏されていたはずだけど、体感時間はあっという間で・・・もう終わりなの?って感じるくらい。
けれど時間の方はしっかりと進んでいて、容赦なく私を現実へと引き戻してくる。
「・・・すご、かった」
感想を言おうにもそれ以上の言葉が出て来ない・・・語彙力が、語彙力が足りない。
・・・それは元からか。
これまで学校の授業でしか音楽と関わって来ていない、ど素人の私だけど・・・音楽を聴いて感動する、とはきっとこういう事を言うんじゃないだろうか。
「・・・ふぅ」
隣の席ではアクアちゃんが呆けたような表情を浮かべ、ため息を吐いていた。
・・・きっとアクアちゃんもあの演奏の余韻に浸っているんだ。
私もそれに倣って・・・はぁ・・・本当に素敵だったなぁ。
「・・・小さい頃、うちの領地に来たんだ・・・あの人達『金の楽杖』が・・・」
余韻に浸る私達の横で、ペイター君が語り始めた。
なんかキラキラした純粋な眼差しで・・・なんか既視感を覚える。
「一曲聴いただけで、もう僕はすぐ夢中になった・・・憧れたんだ、僕もいつかあんな風に・・・って」
ああ、昔クラスの男子がスポーツ選手とかを語ってた時の顔に似てるんだ。
ペイター君にとっては、それがあの人達だったという事なんだろう。
それで私の楽器にも興味を持ったのかな・・・楽団の人達は色んな楽器を使ってたし。
「ペイター君は・・・あ、あの・・・『金の楽杖』だっけ?・・・に入るのが、夢なの?」
「そ、そうだけど・・・どうせ、僕なんかには無理だって思ってるだろ」
「そ・・・そんな事、ない・・・よ」
たしかに、あのレベルの演奏を聞いた後だと・・・すごく難しいだろうなって思う。
けど努力し続ければ、可能性はないわけじゃない・・・それを無理だなんて私に言えるわけがない。
「・・・お、応援するよ・・・がんばって」
「!」
私がそう言うと、ペイター君はそっぽを向いてしまった・・・まぁ・・・私なんかに応援されても嬉しくないかも知れない。
これがアクアちゃんなら違ったのかな、私と違ってかわいいし・・・そのアクアちゃんはと言うと、何やら驚いたような顔をしていた。
どうしたんだろう? アクアちゃんの視線は後ろの方に釘付けになっていて・・・あっ!
「れ・・・れれ・・・」
通路の方からこちらへ歩いて来る一人の女性。
地味目の普段着に着替えてはいるけど、溢れ出る存在感は変わっていない。
何より、ついさっきまでステージの中央に立っていた人だ・・・見間違えようがなかった。
「?・・・二人ともどうしたんだよ・・・って、レギオラ?!」
3人揃って驚きの表情を浮かべた私達の前までやって来ると、レギオラさんは紳士のような仕草で礼をした。
「ご歓談中の所、失礼・・・随分可愛らしいお客さんがいるのがステージから見えたのでね」
「そんな・・・わざわざ私に会いに?!」
アクアちゃん・・・そういう意味じゃないと思うよ。
間近で見るレギオラさんは、すっきりとした中世的な雰囲気の女性だった。
ステージにいた時はすごい美人さんって感じだったんだけど・・・衣装やメイクのせいかな。
「今日の演奏はどうだったかな? 喜んで貰えてると良いんだけど」
「は、はい!それはもう!最高でした!」
ペイター君が普段出さないような大きな声ではきはきと返事をした。
・・・憧れの人だもんね、ちょっと微笑ましい。
私は邪魔にならないように大人しくしていよう・・・そう思ったのもつかの間。
「君はどうだった? その手に持っているのは楽器だよね? やっぱり音楽が好きなのかな?」
「え・・・えっ・・・」
なぜかレギオラさんは私に向かって話しかけてくる。
あ・・・ピアニカを持ってるせいか・・・さすがプロ、ケースに入っていても楽器だってわかるらしい。
さすがに日本製の珍しい楽器だって事までは、気付いていないと思うけど・・・
「いや・・・その・・・私は、別に・・・つつ、連れてきて、もらった・・・だけで」
「ふぅン・・・そっか」
逃げ場を求めるも、ここは狭い客席で逃げ場がない。
せっかくなんだから私なんかよりも、ペイター君と話してあげてほしいのに。
ほら、ペイター君もお話ししたくてしょうがないって顔だよ。
「あ、あのっ!僕・・・小さい時から憧れてて、いつか僕も『金の楽杖』に入れたらって・・・」
「・・・君が?」
あ・・・
ペイター君の方を見たレギオラさんの雰囲気というか身に纏った空気というか、何かが急に変わった。
なんだか・・・すごく、ゾクゾクすると言うか・・・表情のひとつも変わっていないのだけど・・・怖い。
そう、怖い・・・なにこれ・・・
「はい!・・・い、今は無理でも・・・一生懸命努力して、いつか・・・」
このよくわからない怖さを感じているのは私だけのようで・・・
ペイター君は憧れの人に緊張しながらも、一生懸命夢を語っている・・・そこに恐怖の感情は見えない。
しかし、レギオラさんは次の言葉ではっきりとその意志を示してきた。
「・・・申し訳ないけれど、君では無理だよ」
「え・・・む、」
「聞こえなかったかな? 君は今ここで諦めた方が良い・・・私はそう言ったんだ」
「「な・・・」」
そう断じられたのはペイター君なのに、私まで反応してしまった。
憧れの感情で接してきた少年に対して・・・それはあまりにも非情な発言。
特に面識もないはずなのに、なんでそんな事を・・・レギオラさんの表情から真意は読み取れない。
「ああ・・・せっかく演奏を楽しんでもらったのに、白けさせるような事を言ってすまなかったね」
あまりの事に呆気に取られて、ただこの状況を見ている私達に、レギオラさんは頭を下げるとその踵を返した。
その後ろ姿に、私は・・・
「ど・・・どうして、そんな・・・」
掠れるような声でそう言うのが精いっぱいだった。
けれど、私の小さな声は彼女の耳に届いたらしい。
一度だけ、私の方を振り向くと・・・
「理由は・・・彼自身が一番わかっていると思うよ」
「?!」
それはいったいどういう事?・・・何が何だか、まったくわからない。
この時の私はまだ知らなかったのだ。
この異世界で音楽の道を志すペイター君の前に立ち塞がっている・・・どうしようもなく果てしない壁の存在を。




