第38話 「手を・・・握らせて・・・」
YAMAWA 鍵盤楽器 A-37P
この度は本楽器のご購入ありがとうございます。
このA-37Pは従来のAシリーズの技術をベースに、フレスルージュでの使用を目的に再設計された最新機種となります。
フレスルージュ音楽の要素を取り入れた事で実現した軽快な音色をお楽しみください。
この楽器の使い方
まず初めに
付属のマウスピース、もしくはホースを本体左側に接続してください。
マウスピース、もしくはホースから息を吹き込む事で、内部の空気室に空気が送られます。
その状態で鍵盤を押す事で、それぞれの鍵盤に対応した気道が開きます。
これにより内部の空気室から空気の流れが発生し、鍵盤に対応した笛が鳴ります。
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「これは・・・」
カバーが外され、露出した本体の内部を前にペイター君が息を飲む。
さすがに私も驚かずにはいられなかった・・・ピアニカの中ってこんな風になってるんだ。
本体の内部にはびっしりと・・・おそらくは鍵盤の数と同じ数の笛が、明かりに照らされて銀色の輝きを放っていた。
それぞれサイズダウンしているけれど、音楽の授業で渡されたのと同じ羽根を思わせるデザイン・・・どうりで同じような音がするわけだ。
それらの笛には金属製の管が生えており、他の管との干渉を避けながら鍵盤のある方へ伸びている。
なんと言うか、工場を連想させる見た目だ・・・たしかに、仰々しい楽器・・・かも。
アクアちゃんはこれに気付いてたのだろうか?・・・そう思ってアクアちゃんの方を振り返ると、目が合った。
アクアちゃんは信じられない物を見る目で、私を・・・ピアニカの方じゃなく私?
「ナデシコ・・・アンタ何者なの?」
「え・・・なにものって・・・言われても・・・」
「だってこんなの・・・ああ、ニホン国の大和撫子だったわね・・・ごめんなさい、アンタの事侮ってたわ」
「え・・・えええ・・・」
アクアちゃんはそう言うと、苦々しい表情を浮かべながら引き下がった。
いやいや、アクアちゃん、そこで納得されても困るんだけど・・・
その一方でペイター君はすっかり夢中になって、内部構造をスケッチしていた。
「うん、間違いない・・・一つの音を出す為だけに、笛が一つ使われてる・・・でもこれで充分な音を出すには、かなりの・・・」
これは・・・しばらく声を掛けない方が良いのかな。
しばらく後ろの方で大人しくしてよう・・・そう思った所に声を掛けられた。
「ナデシコ、この状態で音を出すって出来るか?」
「え?・・・ええと・・・」
「別に無理ならいいんだけど・・・」
この状態で・・・カバーを外したままでって事だよね。
笛部分はしっかり固定されてるっぽいけど・・・さすがに手に持って使うのは危なそうに見える。
でもそこはピアニカ、やりようはあるんだ。
本体からマウスピースを取り外して、代わりにホースを接続。
これなら置いたままでも使えるので・・・私はホースを咥えて、鍵盤を押さえた。
ピアニカもそれで壊れるような事はなく、綺麗な音色が鳴り響いた。
「他の音も、同時に鳴らしてみてくれないか?」
「ん」
ホースを咥えたままなので碌に返事も出来ないけど、鍵盤を同時に押せばいいんだよね。
複数の鍵盤を押すと、押した分だけ音色が増えた・・・鍵盤を選ばず適当に押したので、ちょっと耳障りな音になるけど。
2つ、3つ、4つ・・・今のところ音はしっかり出ている。
両手が使えるから、このまま10ヵ所まで・・・いや、手のひら全体でいけばもっと押せるのでは?
「ちょっと、ナデシコ?!」
「ん?」
「だ、大丈夫なの?」
「んー」
さすがに無理のある弾き方なせいか、アクアちゃんが心配そうに声を掛けてきた。
けれどピアニカの方は壊れる様子もなく、元気に音を出してくれている。
さすがは日本が世界に誇るYAMAWA、安心の品質は異世界でも健在だ。
「すごい・・・こんなに音が出せるなんて・・・」
ペイター君も満足してくれたようなので、私も鍵盤から手を離す。
このホースを使ったスタイルは両手が使えるんだけど、両手で弾く技術も要求されてしまうのが難点だ。
私としては片手弾きだけで許してほしい。
「ナデシコ・・・本当に大丈夫?」
アクアちゃんまだ心配してる・・・でも高そうな楽器に見えるし、その気持ちもわかる。
実際日本円でどれくらいするんだろう・・・さすがにこの内部を見ちゃうと、普通のピアニカの価格とは思えない。
たぶんだけど・・・吹奏楽部とかの高い楽器くらいの値段な気がするよ・・・取り扱いには気を付けよう。
「ペイター君・・・これで、いい?」
「あ・・・ああ・・・ありがとう」
なんか、心ここにあらずといった様子の生返事が返ってきた。
私がピアニカをしまうと、名残惜しそうにケースを見てくる・・・やっぱり弾かせてあげた方が良かったかな。
でも間接キスになっちゃうのは、ちょっと・・・申し訳ない。
「ペイター君、は・・・が、楽器が・・・好きなの?」
改めて部屋の中を見ると、隅の方に授業で使った木琴や、鉄琴らしき物も置いてあった。
工房って言ってたし・・・何かを作っているんだと思うんだけど・・・それって楽器なんじゃ・・・
けれどペイター君はその質問には答えず・・・
「お前達、まだ時間あるよな? ちょうど良いからもう少し付き合えよ」
「「??」」
そう言って連れてこられたのは・・・随分と豪華な建物だった。
ローゼリア様の件がなければ王宮と誤解したかも知れない。
真っ赤な絨毯が敷かれた入り口から、ペイター君は躊躇いなく中に入って・・・
「ちょっと待ちなさいよ! 私達こんな所に行くお金なんて・・・」
「あっ・・・」
どうやらアクアちゃんはここが何なのか知ってるらしい。
見た目通りと言うか、やはり結構なお金が掛かる場所のようだ。
お金なら例のお小遣いがなくはないけど・・・あんまり高いようだと・・・困る。
「余計な心配しなくていい、ここは僕が出す・・・その、楽器のお礼だから」
あ、奢ってくれるんだ。
あのアクアちゃんの様子だと結構な金額な気もするんだけど・・・良いのかな。
「早く来いよ・・・始まっちゃうだろ」
時間も関係するらしく、ペイター君が急かしてきた。
まぁ、お礼って言ってたし・・・ついて行こう。
建物の中に入ると、なんとなく私にもここがどこかわかってきた。
半円の放射状に並んだ客席の先に見えるのは、大きなステージ・・・劇場だ。
ペイター君が取ってきた席は、2階の正面の最前列・・・席のグレードとかわからないけど、安くはないんだろうな。
そんな事よりも、私には別の問題があって・・・
「あ・・・アクアちゃん・・・お、お願いが・・・」
「・・・?」
2階席に通じる扉を開けて中に入った瞬間。
私はすっかり腰が引けてしまった・・・高い、怖い、むり。
2階席と呼ぶにはあまりにも高すぎる・・・4階分くらいはあるんじゃないかな。
そして2階席エリアには強めの傾斜がついていて、通路はいつ踏み外してもおかしく凶悪な段差になっていた。
しかもその最前列・・・ステージがよく見えるようになのか、目の前には低身長の私から見ても低すぎる手すりしかない。
「て、てて・・・手を・・・握らせて・・・でないと、むり」
「・・・しょうがないわね、落ちないでよ」
「お、落ち・・・ひぃぃ」
アクアちゃんの腕にしがみつくようにしながら、なんとか席まで辿り着くけど・・・席に座ってもまだ怖かった。
もしここで地震とか起きたら・・・ひぇぇ、想像したくもない。
「は、離さ・・・ない・・・で、ね?」
「はいはい・・・もう」
隣の席のアクアちゃんの手をぎゅっと握って平静を保つ。
アクアちゃんからはすごく迷惑そうに睨まれてるけど、仕方ない・・・この手だけが今の私の命綱だ。
ペイター君はなんでこんな席を・・・は、はやく・・・ここから離れたい、もう帰りたい。
しかし次の瞬間。
雷のように轟いた楽器の音と・・・それに負ける事なく鳴り響いた歌声が、私の意識を掴んでいった。
金色に輝く多種多彩な楽器を携えた楽団、その中央に立ち堂々とした歌声を響かせるのは、長い金髪を結い上げた女性だ。
素人の私が聞いてもはっきりわかる圧倒的な技量、圧倒的な存在感___
演奏する彼らは、まるで光り輝いているかのように眩しく・・・いや魔法の光による演出だ。
音楽に合わせるように明るさ色が目まぐるしく変化して、ステージの上に1つの幻想、世界を作り出していた。
今ならわかる・・・ペイター君がこの2階席を選んだ理由が・・・目の前で繰り広げられるこの全てを見渡せるからだ。
彼らこそ現在のフレスルージュで最も高い実力を持つと評判の楽団『金の楽杖』
そしてその中心で歌う彼女の名は『光のレギオラ』歌い手であると同時に、王国最強と目される魔法使いの1人でもあった。




